「こんセイち~今日もみんなボクのこと考えてくれた?」
歯の浮くような始まりの挨拶に俺はうすら寒いモノを感じて、ぶるり、と背筋を伸ばしながらセイラの自己紹介を聞く。
「ということで、星よ煌めけ!ボクが届けるみんなの願い星!星羅セイラだよ~」
『こんセイち~』
『こんセイち』
『こんセイちー』
『初コメです。こんセイち』
「わ、初コメさんコメントありがとう。ボクの放送が君の心に残ってくれると嬉しいな。……さて、今日は何をするか、みんな見てくれたかな?」
『セイちのいい悲鳴が聞けると聞いて』
『あれでしょ?新しく配信されたホラゲー』
『VR版が出たやつ!』
『んで、秋城が見守ってくれると』
「そうそう。この間出たばかりの……と言っても正確にはかなり前に出たゲームのリメイクのVR版なんだけれどね。それを今日は秋城クンに見守り配信してもらおうと思うよっ!ということで、見守りの秋城クン~」
「俺は現地キャスターか。……えーと、こんしろ~。セイラ枠での生放送はっじまるよー、ゆっくりしていってね」
ということで、今日はセイラの枠でのセイラのホラゲー見守り配信である。
「ちなみに秋城クンはこのゲームやったことある?」
「一応、VRじゃない方には軽く触れてきたぞ。操作はシンプルだが、物理的に逃げることができないっていうので結構ハラハラしながらやったな」
そう、今日やるゲームは逃げることのできないホラゲー。名前は「Five Nights at bears」。このゲームの主人公はとあるレストランの夜間警備アルバイトをすることになる。だが、その夜間警備は通常の夜間警備アルバイトではない。そのアルバイト中には主人公の命を狙う可愛い着ぐるみに身を包んだ化物たちが襲ってくるのである。そんな化物たちが監視カメラ室に入ってくるのを阻止し続ける———大体そんなゲームである。
ゲーム内でできることは、ライトをつける、扉を閉める、カメラを確認する、マジでそれぐらいのシンプルなゲームだ。主人公を動かして、化物を銃で殺す、なんてこともなく。ただひたすらカメラで化物どもが動いてないことを確認して、動いていたら化物が入ってくるであろう扉を閉める。それをひたすら5日間繰り返すゲーム。
「へえ~、でも、ボクも軽い操作説明だけ読んだけど、これ扉ロックし続けるだけのヌルゲーじゃない?」
「と思うだろ?」
『それが成立したらゲームじゃなくなるんやで』
『それができないようにちゃんとなってるんだなあ』
『来ました、セイちの舐めプ発言』
『これが出るということは今日もいい悲鳴が聞けるな』
「セイんちゅさんの言う通りそれはできないんだな。この監視カメラ部屋の電力は全て1個のバッテリーで賄われている設定だ。画面の端のバッテリーゲージが切れたら扉のロックも監視カメラをチェックすることもできなくなる」
「なんでバッテリー増設しないのさ」
「……予算の都合ですかね」
そこに突っ込んだらゲームが成り立たなくなるだろ、そんな内心のツッコミをしつつ、俺はカフェイン飲料に口を付ける。
「よし、おーけいおーけい。じゃあ、ボクが華麗にすべての化物たちを躱し続けて見せるよ」
「超きったねえ悲鳴を期待してるわ」
『今日は悲鳴で誰を呼ぶか』
『無難に今日は秋城やろ』
『セイちの汚い悲鳴待機』
『女の子に対する態度じゃねえ……』
ということで、いざ実践。セイラはVR機器を身に着け、俺にセイラが見ている画面を共有する。
「お、おー……結構薄暗いよ、秋城クン」
そこそこ不安そうな声を出すセイラ。画面上で見ている俺と違ってセイラはVR機器でその世界に浸っている状態だ。まあ、アレはちょっと不安にもなるよなあ。
「その中で、ゲーム内時間5日間だな」
「うぇ、気が滅入りひゃあっ⁉」
セイラの共有している視界が上下に揺れる。それと同時に鳴り響く電話の音。
『乙女セイちきた————ッ‼』
『ひゃあ、頂きました‼』
『これがホラゲーの醍醐味だよなァ‼』
『セイち可愛い、ハアハア』
「電話か!ボクをびっくりさせないでおくれ‼」
言いながら受話器を取るセイラ。すると、電話先の音声は英語で何かを伝えてくる。うん、洋ゲーだから仕方ないけど、英語で話されると何を言われているか分からねえな。
すると、コメント欄の有識者さんがなんとなく何を言ってたかを日本語訳して書いてくれる。
「『ハロー、ハロー。俺は君の前任者だ。これを君が聞いているということは俺は仕事を全うできたかバケモノどもにヤられたかだろう。いいか、俺からできるアドバイスは一つだ。すべての電源が切れたら動くな、それ以外は……幸運を祈っている』だそうだ、セイラ。和訳してくれたセイんちゅの方はありがとなー」
「し、死人からのメッセージってこと……?」
「生きて仕事を終えたと思おうぜ」
『でも、大抵こういうのって……』
『分からない。前任者が助けに来てくれるかもしれない』
『それは前任者に惚れちゃう』
『前任者:某ケイジ俳優だろ?』
「某ケイジ俳優ならもう化物共はいないはずなんだよなあ……」
ちなみにこのゲームはこのゲームの映画化と、このゲームのオマージュ映画が存在していて、某ケイジ俳優がオマージュ版の主人公だったりする。
「秋城クン!セイんちゅのみんなと戯れてないでボクの応援をしておくれ!」
「お前はカメラを見ろ。じゃないと、化物共が来るぞー」
「えー、でも、一日目だよ?チュートぎゃあああああああああああああッ」
それはカメラを立ち上げようとした瞬間であった、右の扉がセイラの視界に入る、そこには入ってこようとする鳥の化物、セイラが人間こんな速度で動けるのかという速度で扉を閉めてロックをする。
「あっ、あああっ、ああああああ~~~~」
「セイラ、壊れるな。まだ1日目だ」
『フラグ回収クソ早すぎwwwwww』
『コーヒー返せwwwwwww』
『草wwwwwww』
『wwwwwww』
閉めた扉に寄り掛かりながら、セイラの視界がぶるぶると揺れる———これ、セイラがガクブルしてるな?
「チュートリアルだよねえ⁉なんで化物来てるのさ!」
「チュートリアルだから、試しに襲いに来てるんだろ」
「もっと襲いに来るときはさ‼派手な音鳴らしてきておくれよ‼」
「そんな騒音ゲーは嫌だな」
『笑点のテーマで襲いに来る化物とか?』
『コミカルな追いかけっことか』
『↑お前絶対セイんちゅじゃなくてお前らだろ』
『なにがあっても生きて帰れそうな気がしてきた』
「えー……これ何時になったら一日目終了なの……?やだよーもー、助けて秋城クン」
視界が下に下がる。多分、セイラがしゃがみこんだのだろう。しゃがみこむほどのダメージを初手で受けたことに対して、この先が不安になってくる。プレイ中断とかにならないといいが。
「助け、は無理だがこうして喋ってやれるから頑張れ頑張れ。ちなみに、視界端の時間がAM 6になったら1日目終了だな」
「え、まだ、AM 2なんだけど……」
「まあ、実際の1時間を過ごすわけじゃないので」
『1日目だし、1回顔見せて終わりじゃないかなあ』
『とりあえず、セイちのいい悲鳴聞けたからよし』
『セイち今のうちに操作に慣れておくんや』
『日を追うごとにバッテリー消耗激しくなっていくからな』
VR機器の都合上コメントの追えないセイラにいくつか来たコメントを拾って読み上げれば、セイラが泣きそうな声で言う。
「そんなバッテリーは買い換えさせてくれないかい⁉」