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第20章 秋セイビジネスてえてえってありですか?⑤

「……ふう、お疲れ様。世那、隼人」


 鈴羽が詰めていた息を吐きだすのを聞いて、俺も緊張の糸を緩める。ふぅ、今日も放送が終わった。そんなゆるゆるとした雰囲気の中、セイラのスイッチをオフにした世那が叫ぶ。


「ちょっと~~~すーちゃん最後凄いキラーパスしてくるじゃん!」


 多分、秋セイを推しだした理由を聞かれた下りだろう。確かにあれは答え方次第では炎上しかねないスレスレのキラーパスだったなあ。


「ちょっと気になっただけよ。他意はないわ」

「それでも‼ちょ~~~ハラハラしたんだから‼」

「でも、結果として秋セイも確立されたじゃない、ビジネスてえてえとして」

「む~~~そうだけど~~~~」


 まあ、結果論だけで言うなら丸く収まっているけど。まあ、この二人の信頼感の上に成り立っているプロレスなのであろうからこれは俺が口を挟むことではない。


「まあ、キラーパスをしたのは事実ね。お詫びに……ホテルのスイーツビッフェ食べ放題でも行く?」

「行く!」


 女性二人できゃっきゃっしているのは微笑ましいものがある。俺は頬を緩ませながら、二人を見守る。いつが空いているだのその日は収録だの、いやいや、微笑ましい。


「んで、隼人はいつ暇―?」

「へ、俺?」


 急に振られた話題に俺は端末を手に取ってスケジュールを確認しようとして、手を止める。


「ん?世那とす……鈴羽で行くって話じゃなかったのか?」


 最近ようやく鈴羽を呼ぶとき、声が上擦らなくなってきた。よし、確実に呼べるようになってきてるぞー。


「何言ってるのかしら?隼人も行くのよ?……それとも甘いものは嫌いかしら?」

「いや、そう言う訳じゃないが」

「じゃあ、決定」


 鈴羽が軽やかな声で言うものだから反論なんてできなくて。でも、俺もまんざらじゃなくて。そんなちょっと甘い空気にお構いなしに世那が口を挟んでくる。


「ていうか、そろそろ3人のLEINグループ欲しくない?」

「それもそうね。世那にグループの作成お願いしてもいいかしら?私、隼人のLEIN知らないの」

「いいよー」


 そうして、世那が爆速でLEINグループの招待を送ってくれる。招待の参加ボタンをぽちりと押して———。


「って、えぇ⁉2人LEIN交換してなかったの⁉普段連絡取るの超不便じゃない?」


 世那の驚きの声に、俺と鈴羽は淡々と返す。


「いや、Liscodeあったし……」

「LEINって交換しようって言い出しにくいわよね」


 分かる。Liscodeはうぃんまどの際に必要で交換したから自然な流れで交換したが、LEINってもっと仲良くなってから交換するものだ……そんな認識で月日が過ぎていた。


「も~、この際だからちゃんと友だち登録しておきなよ~」


 そんな世那の声に緩く返事をしながら、鈴羽のアイコンをタップする。鈴羽のアイコンは白くてふわふわした猫の画像だった。


「猫だ……」

「あ、すーちゃんのアイコン?」

「そうそう。可愛いよな」


名前は「Suzuha.K」分かりやすい。そして、名前のすぐ下の友だち登録ボタンをぽちりと押す。これで少なくとも俺から鈴羽への連絡は取れるようになった。


「うちの猫よ。世那みたいな自撮りとかプリクラは恥ずかしくて……」

「すーちゃん可愛いんだから全然恥ずかしくないのに」


 それはそう。鈴羽は可愛い。口には出さないが俺は激しく同意しておいた。禿同。


「す、鈴羽の家猫飼ってるのか……、名前は?」

「アイコンの子はしらたまね。うち猫を2匹飼ってるの」

「え、もう1匹も写真みたーいっ!」


 世那が言い終わると同時にグループに送られてくる、しらたまと瞳の色が違う白いふわふわとした猫の写真。


「こっちはだいふく」

「か~わい~~~~」

「ふ、知ってるわ」


 見えなくても鈴羽が得意げな顔をしているのが伝わって来て、それもまた可愛らしいな、と思いながら俺は猫の写真を見る。


「青い目がしらたまで、黄色い目がだいふく……2匹とももちもちした名前だな」

「小学生の私がつけたのよ。2匹とも頬が凄くもちもちしてる、って」

「なるほど……それは俺ももちもちしてみたいな」


 猫を飼うことに憧れたことはあったが、前世は面倒を見切れなくて諦めたし、今世は自立もまだしてないし、早いだろうと見送っていたのだ。故に、ちょっと羨ましい。


「すーちゃんちでオフコラボすればモチれる?」

「……構わないわよ。ただ、うん、非常に言いにくいのだけれど……」


 鈴羽が言葉を区切る。なんだろう、家に来るのは構わないけど、非常に言いにくいこと。部屋が汚いとか?いやいや、あの身綺麗な鈴羽に限ってそんなことはないだろう……でも、他に何かあるか?


「端的に言うわ、とてつもない歓迎を受けるわよ、私の家族から」

「「とてつもない歓迎」」


 思わず復唱してしまう俺と世那。


「母がね、好きなのよ。人をもてなすのが。で、父も楽しそうな母を止めないのよ。……結果、私の家に来た友だちは例外なくとてつもない歓迎をされるわ。それがたとえゲリラ訪問でも」


 それ行ったら最後オフコラボどころではなくなるのでは?そんなことを考えていると、世那がふっふっふっ、と笑い出す。


「超興味湧いてきた!」


 忘れてた。世那は陽キャである。初対面の相手に臆するような性格ではないのだ。これもしかしたら鈴羽の母親と世那とでとんでもない化学反応が起きるのでは?そんな心配をしていると「隼人」と鈴羽に呼ばれる。


「その上で、隼人もだいふくとしらたまをモチりにくるかしら?」


 この流れで断ることはできない、というかそもそも断る気はない。推しの家に行くなんてヲタクとしての自分に殺されないか、ちょっと考えたい気もしたが……。ほら、世那が粗相をしてもやばいだろ?


「ご迷惑じゃなければ……?」

「ふふ、じゃあ、母と父に話しておくわ。友達が2人も来てくれる、って」


 友達。そっか、俺鈴羽に友達と認められているのか、と胸の内がほわほわと温かくなる。こういうの、幼いときは友達になろう、いいよ、で意思表示をするが、大人になってくると自然とそういうのはなくなる。だから、改めて言葉にされると、非常に嬉しいものがあった。



 そんなやり取りから1時間ぐらい話したところで今日はお開きになった。


「友達……だけどさ……」


 分かっている、すーちゃんに他意はない。むしろ、他意があるのは私だ。高校の時から好感は抱いていた。でも、恋愛とか正直全然わからなくて、ただ、心地いい今が続いてほしくて彼氏とかは作らなかった。……忙しかったのもあるけど。


「秋セイ、ビジネスになっちゃったな……」


 自分の部屋の大型クッションに身を任せながら呟く。隼人に人生相談をして、真っ直ぐ向き合って、本気で私を案じてくれる隼人を好きだ、と自覚した。6年一緒に居て、あ、これが好きなんだ、というのが分かった。だから、うぃんちゃんじゃなくてセイラを推してほしくなった。


「付き合ってる、訳じゃないんだろうけど」


 すーちゃんと隼人、付き合っているわけではないと確信を持って言えた。だけど、2人ともお互いに少なからずお互いを好いているのが分かって。でも。


「すーちゃんがなあ……」


 秋城を好きなのか、隼人を好きなのか、未だによく分からないのだ。正確には秋城のことは好きなのだろう、隼人のことはまだ、好きという風には至ってない。そもそもこの好きは恋愛の好きになのだろうか?


「んー……分からない……」


 自分の恋愛としての好きの形もやっと最近形成されたのだ、人の恋愛としての好きの形なんて分かるものか、と頬を膨らませる。だけど、確実に言えることはあった。


「隼人の隣は譲りたくない」


 隼人の隣に、これからもありたい。だから、もし、すーちゃんがライバルになるならその時は全力で戦う。秋城じゃない、隼人を好きなのは、私だ。


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