風が冷たくなってきて、もうそろそろ暖房をつけなくては家の中でも少し寒いな、そんんなことを感じるようになった11月後半。
大学帰りの電車で一人、優先席前に立って揺られながら端末でゆったーを眺めていれば、一通のメールを受信した。
メールは隼人の大学で使う用のメールではなく、秋城のメールに届いていて。なんだろう、なにかメールを送られてくるよう何かがあったっけ、と首を捻る。
(んー……コラボのお誘い……とかはDMだよな……?でも、なんだ?はっ、まさか……ついに企業案件、とかか⁉)
秋城のチャンネル登録者数も85万人、100万人を目の前に控えたVTuberだ、今のうちに繋がりを持っておこう、と考える企業があってもおかしくはないだろう。俺は頭の中でどんな企業が、なんて考えながらメールアプリを立ち上げる。
(秋城のイメージ的には、やっぱりトミートレジャーか?いや、カフェイン飲料系……はないな)
トミートレジャー、日本でのバトマスの販売を行っている会社だ、開発は外国の魔術師集団という会社がやっている。
そうして、メールアプリが立ち上がる。そこには。
「ああっ!」
思わず声が漏れてしまう。俺は声を漏らしてから恥ずかしくなり、咳払いをしてごまかす。メールを送ってきた主は金剛の大地05号さん。つまりは、セイラのモデラー兼秋城のモデルの作成を依頼したモデラーさんだ。
ラックでのモデル新調会議から秋城の3Dモデル化計画は順調に進んでいた。鈴羽からあるにゃママ様、世那から大地パパ様を紹介いただいて、メールでやりとり。既にあるにゃママ様から秋城の新規デザイン案は送っていただいている……つまり、あるにゃママ様は納品済みということである。そこからあるにゃママ様から頂いたデータを大地パパ様に送ったのがつい最近。
俺は内容をチェックすべく、メールを端末で開く。そこにはこう記されていた。
『秋城様
お世話になっております。金剛の大地05号です。
納品の目途がたちましたので、ご連絡いたします。
納品につきましては、12月の2週目あたりを予定しております。
ないとは思いますが、万が一遅くなるようなことがありましたらまたご連絡させていただきます。
引き続きよろしくお願いいたします。
金剛の大地05号』
毎回思うのは社会人としては当然なのではあるが、ゆったーとのギャップが凄い。
いや、ゆったーは基本独り言なので口調が緩くなるのは仕方ないというかそういうものではあると思っているのだが……やはり、普段のゆったーの呟きを見ているととてつもないギャップを感じてしまう。
それはそれとして、だ。ついに、ついに3Dモデルの納品の日程の目途が立った。その事実は俺の胸を湧かせるには十分だった。
というか、スピード感がありすぎませんか⁉あのラックの日からまだ1カ月とちょっとしか経ってないのにもう完成が目前だなんて。え、もっと半年とかかかると思ってたのにとてつもないスピードでできていくじゃないですか。俺はそのスピード感に震えながらも、沸き立つ胸を服越しに抑える。
俺は大きく深呼吸をして、体の内側から湧いては止まらない興奮をなんとか体の外に逃がしていく。
(マジで世那に感謝だな……)
あるにゃママ様と大地パパ様の依頼合わせて150万。世那はその金額が分かった当日……というか、連絡をした10分後。マジで150万をぽん、と俺の口座に振り込んできたのであった。改めてその金額の大きさに俺は動揺しながらも、それをあるにゃママ様と大地パパ様ご指定の方法で入金したのは記憶に新しい。ということで、俺は世那に15カ月各月10万の返済である。マジ世那に感謝だ。
さてさて、全身に興奮という名のパワーが溜まってきているのを感じながら、俺はメールを新規作成する。返信は家に帰ってからだが、下書きぐらいはしておいても問題ないだろう。
「「「おつうぃん~~‼」」」
『おつうぃん』
『乙』
『3人ともチャンネル登録しなければ‼』
『おつうぃん~~~~‼』
いつもの調子で放送が締められる。俺たち3人の放送もA-SUというタグで親しまれるようになってきたそんな日。
ちなみにA-SUはA(kisiro)-S(eira)U(
In)、略してA-SUだ。2018年ぐらいに流行ってた韓流アイドルのグループ名ぽくてかっこいいだろ?
「お疲れ様、今日の放送も無事終了よ」
鈴羽の声かけに空気が緩く弛緩していく。
「おちゅ~~~、すーちゃんも隼人も本当に助けてくれてありがと~~~‼」
泣きそうな声でそんなことを零す世那に苦笑の色を浮かべる。今日はわたあめ雑談配信だったのだが、何故だかセイラのわたあめだけ俺とうぃんたそのわたあめの順番と違うのに話題が微妙にかみ合ってしまい、最後の最後で読んでいるわたあめが違うことが分かる、なんて事件が起こったのだ。
「まあ、よかったよ。順番が違う程度で」
「そうね、没わたあめが送られてきたりしたら大事件だもの」
のほほんとした生配信終了後の雑談。それぞれお茶やお菓子を摘まみながらの緩い空気に和んでいれば、俺はふと思い出す。
「そういえば、す、鈴羽。世那。話したいことがある」
俺がそう切り出せば、鈴羽も世那も興味を示してくれる。俺は昼間の興奮を思い出すように両手をにぎにぎと握りながら切り出す。
「ついに大地パパ様から納品日の目途のご連絡が来たんだ」
「え、え~~~~‼」
「あら、早いじゃない」
2人のそれぞれの反応。だけれど、何処か自分のことのように嬉しそうな雰囲気の2人に俺の内側から再び興奮が溢れてくる。
「12月の2週目には納品できるらしい!これも連絡繋いでくれたり、依頼料立て替えてくれた2人のおかげだ。ありがとう」
俺はパソコン前で頭を下げる。別に鈴羽にも世那にも見えているわけではないが、気分的にだ。本当に感謝の印として頭を下げたかった。
「ま~連絡繋いだのも依頼料立て替えたのも隼人が私を助けてくれたからだし?私はそんな大したことしてないよ~?」
「そうね。私もママに仕事を紹介しただけよ。大したことはしてないわ」
鈴羽も世那も謙虚というかなんというか。俺が目頭を熱くしていれば、鈴羽が声を上げる。
「そういえば、納品は喜ばしいかもしれないけれど」
「ど?」
俺が聞き返せば、鈴羽は咳払いをしてから言葉を発する。
「当然、モーションキャプチャの機械類も用意してるわよね?」
「もち……え?」
時間が停止する。俺の口だけがだらしなく開いていく。そして。
「ああああああああああ‼」
モーションキャプチャの機械類、つまり3Dモデルと俺の体の動きを同期させる機械。これがなくては顔から上を動かすことはできるかもしれないが、3Dモデルの全身を動かすことはできない。以前、3Dモデルでの配信を要望されていた輪っかフィットなんかをやろうと思ったら絶対に必要になってくるモノだ。
それを、それを俺は失念していた。モデルの発注をやって満足してしまっていたのだ。
「やっちまったあああああああッ‼」
背もたれに全体を預けながら頭を押さえて叫ぶ。本当にやっちまった。そんな大事なことを忘れていたなんて。
「隼人うるさーい」
「隼人のボリュームキーはどこかしら?」
2人の呆れたような声に声は絞りつつ、頭を抱える。いや、えー……マジでどうしよう。
「マジで忘れてた……え、貯金足りるか?というか、どれぐらいなんだ……?」
モーションキャプチャの機械類と言えば、とんでもな値段が飛んでいくイメージしかなくて。俺がうんうんと唸っていれば、鈴羽が声を上げる。
「隼人、落ち着きなさい」
「いやいや、無理無理……マジでやらかした……久しぶりにド級のやらかしだ……」
「別にやらかしでもなんでもないわよ。買いに行けばいいじゃない」
「そんなほいほいと売ってないだろ?」
モーションキャプチャに関しては前世でちょっと興味を持って調べたことはあるが……まず、機械が一般流通していないので値段すら細かいモノは出てこなかった記憶しかない。つまりは、ほいほいと揃うものではない。そして、その時点でとんでもな値段が飛んでくるであろうことも予測できた。これを計画に組み込んでいなかった時点で俺の負けである。負けでいいですぅ。
「はあ、いつの話をしているのよ。今は2039年よ?トドバシカメラで普通に買えるわよ、モーションキャプチャの機械類」
「え?」
ガチぃ?そんな言葉が出そうになりながら、俺は固まる。
「うん、普通に買えるねー。慣性式ならお試しもできるし」
世那からもたらされる情報に俺は目を何度も瞬きをする。ほう。
「大きめのトドバシなら種類も多いし、なんならVTuber向けのコーナーが作られているわよ」
知らなかった。……と、いうもの俺は家電量販店に行くことが少ない。なんだかんだnamazonで頼んで家に届くのが楽すぎて、ずっとnamazon頼りだった。レビューも見れるしね。故に、そんなコーナーがトドバシにできてるなんて初耳だ。
「ん?そんな普及してるならもしかしてnamazonで買える……?」
思い至る。トドバシで売っているのなら、namazonでも売っているのでは?それを口にすれば、世那が割って入ってくる。
「超やめた方がいい」
「え、なんで?」
「どの方式のモーションキャプチャにするかは知らないけどー、お試しできるならちゃんとした方がいいよ。特に慣性式」
世那の意見に、鈴羽も「そうね」と同意を示す。
「一番手軽な慣性式だと体に直接つけるものだから、緩いきついはパフォーマンスにも影響するわ。一度、試せるなら試した方がいいわよ」
確かに、機械が落ちたりして放送中に関節が事故を起こしたりしたら大変だ。
「慣性式じゃないモーションキャプチャシステムにするんじゃ駄目なのか?それならnamazonでも問題ないんじゃないか?」
俺がそう質問すれば、世那が笑う。
「多分無理だと思うよ~。えーと、これ見て」
世那がチャットで送ってくるのは、モーションキャプチャの種類について、なんていうサイトのURL。俺はそれを開いて世那の指示通り目を通していく。
読了。世那の言葉の意味が分かった。モーションキャプチャには3つの種類があるらしいのだが、どうやら慣性式以外は部屋の広さを要求してくる。一方、慣性式は今やVR機器などにも採用されている、体の要所要所にシステムバンドをつけてシステムバンドの座標から動きを反映させる方式らしい。確かに、今の配信環境を考えるのなら、慣性式以外は難しそうだ。
「納得してもらえたようね、隼人。じゃあ、此処で私から提案」
「ん?提案?」
「今週末、一緒にモーションキャプチャの機械類を買いに行かない?私もシステムバンドが緩くなってきちゃったのよ」
そんな鈴羽からの提案、そして、響き渡る世那の声。
「え、え、ず、ズルい!私も行きたいんだけど!特に用はないけど!」
ないんかい。
「世那、貴方土日どちらもバラエティの収録が夜まで入ってたじゃない」
「うううううううぅっ……」
こういう時人気者はスケジュールの自由が利かなくてつらいよなあ。若干他人事にそんなことを思っていれば、世那が食らいつくように提案してくる。
「じゃ、じゃあ‼お仕事終わったらアキバ行くからご飯一緒に食べようよ~~、仲間外れは悲しいよ~~」
泣きそうな声でそんなことを懇願してくる世那。世那のそんな声にちょっと可哀そうなものを感じながら俺は口を開く。
「翌日に響かないなら俺は構わないぞ」
「そうね、仕事にも大学にも響かせないなら」
「やったあ———!あ、お店私決めていい?予約もやるよ~」
そうして、話はモーションキャプチャを買いに行く日のことに流れていく。主だった内容はモーションキャプチャの機械類を買った後の夕食についてだ。アレが食べたい、これが食べたい、立地が、個室が、大体そんな話。
そして、23時を回って明日のことも考えてその日はお開きとなった。