そんなこんな歩いているうちに、とあるカードショップの前につく。狭いエレベーターに2人で乗り込めば、他に乗る人が居ないことを確認して6Fを押してドアを閉める。
「ドキドキしてきたわ」
「そんな気負っていくところじゃないぞ~」
俺にとってしてみればいつもの日常、だが、今日はそこに鈴羽が居る。その事実に緩みそうになる口元を必死に引き締めながら、前を見る。そうして、エレベーターは6Fに辿り着く。俺はエレベーターのドアの開くボタンを押しながら鈴羽に先に出るように促す。そして、鈴羽が下りればその後に続くように俺も降りる。そうして、開放されているカードショップのドアを2人で潜る。
「わあ……」
鈴羽が店の中をきょろきょろと見回す。俺にとってみればいつもの日常でも、鈴羽にとってみれば非日常なのだろう。
「ど、どこから見ればいいのかしら……」
「何を見たいかによるな。どんなん見たい?」
「……今流行りのデッキ、とかかしら?」
「おーけい」
そうして俺が案内するのは店の奥のショーケース。そこは大きめのショーケースにデッキ販売がされている区画だ。
「沢山あるわね……」
「まあ、今はいい感じに環境がバラけているからなぁ。いい環境ともいう。一定水準以上ならなんでも勝てる可能性があるからな」
「へえ……あ、このカード私持っているわね……」
そう、鈴羽が指をさしたのはもう軽く15年以上前に発売されたパックに入っていたカード。
「え、す、鈴羽今でもカード持ってるのか?」
「ええ、追加で買いはしなくなっただけで当時使ってたものは今でも持ってるわ」
「へえ……」
「あの時は秋城さんに凄いハマって、秋城さんがやっているバトマスって凄い楽しいゲームなんだろうな、ってお小遣い全部バトマスに注ぎ込んだのよ」
照れたように頬を掻いて笑う鈴羽。
「今でも、あの時のきらきらした気持ちを思い出したいときにたまに手にとっては眺めているわ」
鈴羽の語り口を聞いて、思う。どうして、俺の放送だったのだろう。しかも、鈴羽は伝説の放送、つまり俺の突然死している姿を見てから、過去のアーカイブを見ている。普通はどうしても忌避感が先に来そうではあるが。……聞いてみてもいいのだろうか。俺は、少し悩んでから、何気ない会話を振る様に聞く。
「そういえば、ちょっと気になったんだが」
「なにかしら?」
「どうして秋城にハマったんだ?秋城以外のVTuberなんていっぱいいただろ」
純然たる疑問。その疑問に鈴羽は目の前のデッキのカードたちのテキストを読みながら、少し考えるように喉を鳴らした。
「そうね……じゃあ、少し自分のこと語っていいかしら?」
「お、それは構わんが。……俺強引に話させてない?」
「そんなことないわよ。私が喋りたいから喋るだけよ」
「それならいいんだが」
俺がそう言うと、鈴羽はテキストを読み終えて、デッキの値段を見て一瞬肩を跳ねさせて、別のデッキの前に移動する。あ、思ったより高かったんだろうな。
「私、あまり外交的な子供ではなかったのよ。内向的で、友達が少なくて、小学校も2年生になったっていうのにまっすぐ一人で家に返ってくるような子供で」
それは今の姿からは想像もつかない、降夜 鈴羽の姿だった。少なくとも、俺は全然想像がつかなかった。
「正直子供の時からこんな私がこのまま生活をしていけるのか、凄く不安だったわ。そんな不安で押しつぶされそうなとき、小学校で『本当に人が死ぬ瞬間の動画がある‼』っていうので秋城さんの伝説の放送が話題になったのよ」
多感な時期の子供には大分センセーショナルな動画だが、センセーショナル故にそれを笑って見れれば少しでも大人に近づける、と思った子供たちの間で流行りでもしたのだろう。所謂、中学生が「俺エロゲやったわ」って言うのと大差がないやつだ。イキりって怖いよね。
「当時の私はそれを見れば、同年代の話題に入れると思ったの。馬鹿よね」
鈴羽が自嘲するように笑う。でも、俺は思う。その時の鈴羽は必死だったのだろう、と。
「でも、結果はあの時話したとおりね。人の死ぬ姿を見て、こんなに呆気なく死ぬということに絶望して、何日も寝付けなかったわ」
これ俺謝った方がいいやつ?どうだろう、俺のせい1割、クラスメイトが流行らせたせい9割な気がするが。
「で、それを見かねた母にお説教をされたのよね。「秋城さんはそんな姿を見せたくて配信したんじゃないよ、配信を見るならその人が見せたかった姿を見てあげなさい」って。で、そこから秋城さんの配信のアーカイブを最初から見たのだけれど」
どこか自嘲していた鈴羽の瞳に光が灯る。その時の気持ちを思い出しているのだろうか。
「その、気を悪くしないで欲しいのだけれど」
「ん?」
「隼人、秋城さんの最初の配信全然喋るの下手だったの覚えてるかしら?」
「あー……」
覚えてるもなにも忘れることはできない。俺の初めての生配信はぐっだぐだもいいところだった。そもそも練習もなしにコメント拾いながら、話題を広げていくなんてできないのだ。それをいきなりやろうとして、俺は失敗した。
「正直、最初は「え、これでVTuberなの?」って思ったわ」
そりゃそうだ!俺は突如掘り返された黒歴史の傷にうめき声を上げそうになりながら、必死に喉に蓋をする。
「でも、私はそれ以上に喋れなかったから馬鹿にできないな、なんて思って見ていたのよね」
鈴羽がしゃがんで次のデッキを見だす。
「でも、見ていくうちにどんどん喋りは上手くなっていって。でも、喋りが下手なときから上手になってからも一貫してバトマスのことを楽しそうに話すのよね。それがとてもきらきらと輝いていて、だから、私はバトマスをやれば秋城さんのようになれる、と思ったのよ」
子供らしい安直さ。憧れの人と同じことをすれば憧れの人に自分もなれるという幻想。だけれど、当時の鈴羽から見れば藁にも縋るような思いのだったのだろう。
「まあ、なれないのだけれど。でも、バトマスを始めて、少しずつ同年代の子たちとコミュニケーションを取れるようになっていったわ。そんな中、秋城さんのようになりたくて、幼い私は母に尋ねたの。「どうやったら、秋城さんみたいにきらきらになれるの」って」
鈴羽は恥ずかしそうに視線を逸らしながら、ショーケースを見つめなおす。
「そうしたら、母が言ったのよね。「どうして秋城さんはきらきらに見えると思う?」……当然答えられなかったわ。そして、母は続けたの「この配信には秋城さんの好きがこれでもかってぐらい詰まっているからよ」って」
好きが詰まっている。それはそうだ、というか、他の人にも、少なくとも鈴羽の母親にはそう見えていたことに胸がじん、と熱くなる。
「「だから、鈴羽も好きを集めればきっときらきらになれるわ」「それをどう発していくかを秋城さんから勉強すればいいの」そう、母に言われて。それがハマった……というか、推し始めたきっかけかしら。自語り、ご清聴ありがとうございました」
恥ずかしそうに茶化すように俺を見上げる鈴羽。きっかけはちょっとアレだったが、俺が俺の前世が誰かの人生の道しるべになったのだ、と思うと、それほど嬉しいことはなかった。
「……好きなことを語ってただけだったんだけどな」
「不快、だったかしら。勝手に人生の目標にされて、言ってもいない意義を見出されて」
「それはない。むしろ、俺の短かった人生で誰かに何かを残せていたんだ、って思うとなんつうんだろ……俺に残せたものがあったんだ、って嬉しい、とは少し違うような、いい意味で複雑な感情、だな」
こういうところが締まらない俺なのである。無念。
「でも、もしかして俺、思ってるより鈴羽の人生に影響を与えてる?」
自惚れるような言葉に言ってから若干の羞恥を感じながら言えば、鈴羽は俺をまっすぐに見上げて、その視線で俺を射抜いて言うのだ。
「そうね、きっと隼人が考えるより影響は大きいわ。配信者という形に落ち着いたのも結局秋城さんの影響なわけだもの」
「……責任重大?」
俺の問いかけに、鈴羽は口元に弧を描かせながら、目を細める。
「重大よ。ちゃんと責任取って私とてえてえし続けて頂戴?」
「え、え⁉」
「鈴羽、じゃないわよ」
「あ、ああ……」
俺、大困惑である。そらそうだ、言っているのはうぃんたそと秋城のことである。でも、一瞬、鈴羽に口説かれていると誤認しそうになった俺の心臓はかなり早鐘を打っていて。
「え……、隼人。このデッキ、まだ環境に居座ってるのかしら?」
そんな俺を置いてけぼりにしてデッキを物色する鈴羽。幼い時に見たデッキと似たデッキを見つけたのだろう鈴羽が指し示すデッキを見て、俺は思考を必死にバトマスに戻す。
「あ、あー……アナオーガか。これはメタカードが増える度に強くなるからな。時代と共に強化されていくタイプのデッキ故の残留だな」
「オーガでライフのカードを減らされて、何度泣きを見たか……今でも思い出すわ」
懐かしいモノを見る目でデッキを見つめる鈴羽を見ながら、それでもドキドキとし続ける俺の胸。俺は顔が赤くなってないことを祈りながら、鈴羽と談笑しながらデッキを見ていくのだった。