〈side:世那〉
その日、私はお母さんに一つ頼まれごとをしていた。お母さんの友人、というか幼馴染?がお家に遊びに来る、という。私はそれなら、と気遣って家の外で過ごそうとしたが、お母さんにむしろ家に居て欲しいと頼まれたのだった。
「え、私いない方が気兼ねなくない?」
そんな私の言葉にお母さんは頬に手を当てて言うのだ。
「それが、お母さんの友達がね、なんかUtubeのアカウント?のことで困っているらしくて。お母さんあまりそういうの詳しくないから……世那なら分かるかなあ、って」
なるほど。うん、確かにお母さんにその手のことの解決は無理だと思う。パソコンがインターネットに繋がるように設定をするどころか、テレビの配線すらできないのだ。
そういうことなら、まあ、私が家にいた方がいっか、なんて自分を納得させて、私はお母さんに呼ばれるまで自室で待機することにした。
そうして、ベッドの上でごろごろと端末を弄っているとお母さんからLEINが入る。どうやら、私の出番のようだ。私は自室の鏡の前で身だしなみをチェックしてから、自室から出てリビングに歩いていく。リビングに近づけば、母と母の友人の談笑する声。本当に仲がいいのだろう。私はわざとらしくない、けど、存在は主張する、そんな塩梅でリビングに入っていく。すると、向こうも私の存在に気づいてくれた。お母さんの友人は、母よりはちょっと若く、それでも30代後半ぐらいであろうことは感じ取れた。幼馴染と言っていたし、2人は一緒に歳を取ってきたのだろう。いい関係だなあ。
「あら、あらあら……そっくり、ではないけど若いころの加耶子を思い出させるわね!」
「そんなことないわよ~、世那の方が何百倍も可愛いわ」
「それは親の欲目もあるわよ。……でも、本当に可愛いわ。初めまして、私は都古、秋ヶ城 都古っていいます」
都古さんが近寄って来てにこ、と笑う。
「朝雉 世那です。なんか凄い褒められてて照れちゃいそうです」
私がそう頬を緩めながら言えば、都古さんは「事実よ、事実」なんて言いながらリビングのソファに戻っていく。私も都古さんの対面に座れば、都古さんが手をぱん、と鳴らした。
「さて、若い子の時間を占領するわけにはいかないわ、早速本題を相談させてちょうだい」
そう、都古さんは鞄をいそいそと漁りだす。そして、都古さんが取り出したのは、かなり古いiPhoneだった。プラスチック製ケースの裏には、古のアニメの絵(だろうか?とりあえず二次元の絵ではある)が描かれていて。30代後半の都古さんが持つにはちょっと不釣り合いなモノを感じを感じた。
そんなiPhoneを差し出して、都古さんは一回深呼吸をしてから口を開いた。
「これは……私の死んだ兄・秋都の使っていたiPhoneなのだけれどね」
死んだ、その言葉に私は反射のように身構えた。
「あ、いきなりごめんなさいね。こんな重い話……」
「い、いえ、ちょっと驚いちゃっただけです」
私はどうにかこうにか緊張を解いて笑う。こんなに緊張したのは……あれ、割と生放送中事故ってもこんなに身構えなかったかも?なんて考えながら都古さんの言葉に耳を傾ける。
「その、秋都は世那ちゃんと一緒で……Utubeで配信をやっていたのよ。その、自分を写さないでアニメ絵を動かしてやる……」
「VTuberですか?」
私は驚きながら問いかける。私の問いかけに、都古さんは深く頷いた。死んだVTuber……あれ、なんとなく最近聞いたようなワードだ。既視感を覚えるとでも言えばいいのだろうか。
「でね、これが秋都のアカウントなのだけれど……」
そうして、都古さんがiPhoneのサイドのボタンを押して、iPhoneを立ち上げる。パスコードは要求されない、これは都古さんがそう設定したのか元の持ち主、秋都さんが無頓着だったのか。
私は一体何を相談されるのか、心臓をばくばくとさせながら平静を装うために、両手をぎゅ、と握りこんだ。
「このアカウント……って言っても、こんな古い配信者なんて若い子は知らないわよね?秋都も無名だって言っていたもの」
そう、都古さんが差し出したiPhoneには———秋城のUtubeの管理画面が表示されていた。
「……あ、えーと……」
思考が、止まる。これ、なんて言ったらいいんだ。えーと、えーと、こういうときは……。
「かなり前にバズってたVTuberさんですよね?その……その、動画は私も拝見しました……」
「そう、……見たのね。でも、それなら分る筈。このアカウントの持ち主は既に死んでいる」
「……はい」
「でもね、このアカウント最近動いているのよ」
私は、知ってます。という度胸は流石にない。ついでに、中の人は私の高校からの友人です、とも言えない。言ったらどんな反応をされるかも怖いしね。そんな私は息を飲むしかなかった。
でも、そんな反応を見て都古さんは「オカルト話だと思ったでしょ?」とどこか諦めたような表情を浮かべるのだ。
「ごめんなさい、オカルト話を解決してって話ではないわ。その……現実的にアカウントが悪用されているのなら削除した方がいいのか、もしくはどこか相談窓口があるか教えて欲しくて世那ちゃんに会えるよう加耶子に頼んだのよ」
(あ~~~~ん~~~~~~う~~~~~ん)
私は某刑事ドラマの刑事のように眉間をもみほぐしながら声を絞り出す。
「……10分ほどお時間いただいて大丈夫ですか……」
「ええ、大丈夫よ」
えーと……。私のお母さん、加耶子の友人兼幼馴染な秋ヶ城 都古さん。都古さんはお兄さん・秋都さんを亡くされていて、秋都さんはVTuberをやっていた。その秋都さんのアカウントが最近勝手に動かされているから、それを止めたい。で、その秋都さんのアカウントが秋城———隼人のアカウントな訳で。
(え、え……?)
正直、隼人の手前信じたとは言ったけど、心から転生を信じたとは言い難かった。それに現状の状況からだけで言うなら、隼人がアカウントを盗んで運用している線の方が正直現実味があるというか。
うーん、と心の中で零す。でも、同時に考え付くのはこれは本当に秋都=隼人なのかを確認した方がいいということ。そこ次第で対応は変わってくるし、隼人への見方も正直変わって来てしまう。
ということで、私の結論。
「纏まりました。都古さん、この件少しだけ私の方で調べてみて大丈夫ですか?」
「え、いや、どうすればいいかだけ教えてくれれば私が対応するわ。対応を世那ちゃんにお願いするのは流石に他人任せすぎるもの」
「いえ、あの……」
私は口籠る。どうする、どうする、どうやったら確認する時間を貰える?思考が追い立てられる、どうしたら、どうしたらいい。どうすれば、どうすれば……うーん、えい!
「その、私かなり有名なVTuberなんで、お兄さんのアカウントを勝手に使ってる人に接触できるかもしれないです」
というかできます。
「そこで平和的に解決できるなら解決します。駄目なら……アカウントを削除しましょう。多分、今の今まで都古さんがそのiPhoneを手にしているってことは都古さんは秋城さんのアカウントを消したくないんですよね?」
これが私にできる精一杯だった。もう情に訴えかけるしかない。ていうか、間違ってないよね?たまたま削除しないで放置してただけ、ってことじゃないよね?喉の奥まで心臓がせり上がってきているような感覚に普段より少し目を見開いてしまう。
すると、都古さんが悲痛そうな面持ちで目を伏せる。
「そうね……兄が居た証拠だもの。消したくないわ」
よかった、当てずっぽうだったが当たっていた。強張っていた体から少しだけ力が抜けていく。
「じゃあ、私にお任せください。決して悪い結果にはならない様、努力します」
両手を握りこんで、都古さんに笑いかける。すると、都古さんもどこか安心したように笑うのだ。
「じゃあ、お願いするわ。終わったら何かお礼をさせて頂戴」
「いえいえ、お構いなく。とりあえず、なにか動きがあり次第、随時報告させていただきますね。そのために、よかったらLEIN交換しません?」
そう自分の端末を見せる。すると、都古さんも応じてくれて自分の端末を出してくれる。そうして、LEINの連絡先を交換する。都古さんのLEINのアイコンはシオンの花だった。