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第26章 乱入者ってアリですか?④


「ふう……お疲れ様、秋城さん、先輩方。えーと……素に戻って自己紹介、かしら……?」


 そう鈴羽が言えば、誰かの口を開く音。


「じゃあ、主催である俺から。月城アールの中の人、志藤 浅葱って言います。改めてよろしくしてくれると嬉しいです」

「カリアの中の人、志藤 在香です。突然乱入してすみません」

「いえいえ、秋城の中の人の高山 隼人です。今日は改めてコラボしていただき、ありがとうございました」


 ついつい猫を被ってしまう。パソコン越し、顔も見えないから緊張も倍だ。……そこで気づく。


「あれ、もしかしてリアル兄妹……?」


 2人が同じ苗字を名乗っていたことを思い出して呟けば、無音が訪れる。あれ、これツッコんじゃいけなかったか?


「……私は言わないわよ?在香か浅葱が言って頂戴」


 そんな鈴羽の声に、ごほん、と咳払いをしたのは在香さんだった。


「兄妹じゃない、じゃないけど……」

「あ、夫婦ですー」

「んんん⁉」


 サラッと浅葱さんによってばらされる、とんでも事実。俺は喉の奥底からの唸り声を上げる。


「え、え、……じゃあ、最初の炎上ってあながち間違いじゃなかったってコトか……⁉」


 思わずぽろり、と口から零れる言わなきゃいいこと。


「最初のって、デビュー当初のアレのこと?」


 ああ、拾われた。俺は気持ち縮こまりながら「そうです」なんて言葉を絞り出した。


「アレは超ひやひやしたやつ。在香がなんとかしてくれたけど」

「浅葱は私に一生感謝しなさい。……と、うん、高山さんの言う通り、アレは間違ってなかったやつ。これ秘密ね」

「あ、はい……。絶対に言いません……」


 言えるわけがない。突如頭の上から降ってきた爆弾に気持ち慌てながら俺は気分を落ち着けようと水を口に含む。


「というか、敬語やめよう。むず痒い。さっきまであんなに和気藹々と話してたのに。呼び方も浅葱、で構わないから」


 浅葱さん、浅葱の提案に俺はこの緊張は不必要だったか、と体にグッ、と力を入れて脱力する。よし、緊張もいい具合に解けてきた。


「じゃあ、浅葱で?」

「ああ、高山さん」

「いや、隼人だろォ⁉」


 ついついノリツッコミしてしまう。距離を縮めた後にダッシュで距離を離すな!


「はは、嘘嘘。よろしく、隼人」

「勘弁してくれよ……。よろしく、浅葱」


 これがリアルだったら握手でもしているんだろうけれど、それが叶わないのがネット越し。


「緊張は解けたようね。ナイスアイスブレイクね、浅葱」

「でしょ?隼人ならツッコんでくれると思ったんだ」

「一歩間違えば無茶振りだあ……」


 あ、なんか在香さんが頭を痛めている気配。うーん、これは配信と違って浅葱より在香さんの方が苦労人属性なのだろうか。しかし配信とのギャップが凄い、というか。現実に存在している人間なのだな、ということをしみじみと感じてしまう。


「あ、でも、既婚ってことは遊びに誘う際は気を付けた方がいいのか……?」


 ふとした疑問。それに答えたのは在香さんだった。


「それは大丈夫。私たちはお互いの行動は縛ってないから。何日でも浅葱を貸し出すよ」

「え、それはそれで俺悲しいな」

「なんなら高山さんが貰っていってもらっても」

「在香????」


 あ、これ在香さんも在香さんで滅茶苦茶強いやつだ。なにが、とは言わないが強い。苦労人属性なんかじゃ全然なさそうだ。


「ほどほどに……2泊3日ぐらいを限度にさせていただきます……」

「遠慮しなくていいのに」


 カラッとした笑みに、在香さんのさっぱりとしたところを知る。


「あと私にも気軽に接してくれると」

「あ、じゃあ、気軽に。名前はさん付けにさせてもらうが。俺が緊張するので」

「うん。それはご自由に」


 本当にさっぱりとした人だ。今までの交友にない人間のタイプに俺が驚いていれば鈴羽が声を上げる。


「合コンの仕切りのようで気まずいのだけれど、連絡先交換は大丈夫かしら?」


 鈴羽の声かけに全員でいそいそとLiscodeのフレンド登録をする。


「あ、隼人。LEINも交換しない?俺、CSの戦績とか送りたいんだよね」

「お、するする。というか、マジで出る気なんだな……身バレはしないように名前は変えろよー」


 言いながら俺は浅葱のLiscodeの個人ページにLEINのQRコードを張り付ける。


「流石に名前は変える変える。かっこいい名前考えなきゃな……」

「考えすぎて厨二病拗らせたみたいにならないようになー」


 本当に古くから知っていたようなノリで話せる。もしかしたらノリを合わせてくれているのかもしれないが、それはそれで感謝だ。いつか本当に浅葱が気軽に話せるようになればいい。


「浅葱は絶対やる、絶対読めない漢字羅列するよ」

「えー、それは偏見じゃない?在香」

「それかやたら難しい言葉のドイツ語訳とかにする」

「……ヤラナイヨ」


 やるな。やってるんだな。まあ、でも、人生は厨二病拗らせてるぐらいが楽しいか、なんて思いながら口を開く。


「まあ、外で大声で呼ばれて自分が恥ずかしくないならいいと思うが」

「ちなみに隼人はなんて名前なんだ?」

「俺は『鈴を鳴らす信者』だな」


 俺の返答に場が静まる。あれ、俺なんか不味いこと言ったか?


「うぃんちゃんのファン丸出し」

「うぃんのファンだって丸わかりね」


 在香さんと鈴羽の若干引いた声。え、そんな引くようなことか?なんて思いながら俺は声を上げる。


「推しは主張できるときにする、これがヲタクだろ?」

「ハッ、つまり俺も名前でカリア推しを主張すればいい……?」


 あ、やっぱり推しはリアさんなんだ。まあ、そりゃ妻がVTuberやっているなんて最推しにならない訳がないよなあ。くう、羨ましい。


「身バレ秒読みな気がするから却下、浅葱」

「……はい」


 なるほど、在香さん強い。でも、身バレ観点、カリア推しのバトマスやってる男性って括りなら結構いるからバレない気もするが……まあ、変なリスクは取らないに限るか。俺みたいな個人VTuberな訳じゃなくて浅葱は企業勢だしな。


「さて、雑談しているところ申し訳ないのだけれど、そろそろ私は落ちるわ。……此処のところ忙しくて睡眠時間足りてなくて……」

「年末のうぃんちゃんのスケジュール人が死ぬスケジュールしてるからね。無理しないように」

「ええ、本当に無理だったらマネちゃんに相談するわ、ありがとう在香」


 女の子同士の友情はいつ見ても心が温まる。そう俺が胸をほわほわと暖めていれば、浅葱が声を上げる。


「改めて今日は時間を作ってくれて助かったよ、鈴羽ちゃん。んじゃあ、俺たちも落ちるか在香」

「そうだね。お疲れ様でした、隼人さん、鈴羽」


 そうして、てろん、という音と共に退室する浅葱と在香さん。2人が去って、鈴羽と2人きり。なんの言葉もなく退室するのも素っ気ない気がして。


「鈴羽。年末年始のスケジュール全部こなしたらまた焼肉でも行こうぜ」


 俺がそう言うと鈴羽が笑う気配をヘッドフォン越しに感じる。


「ええ、楽しみにしてるわ。今度はどんなお洒落な焼肉に隼人を連れていこうから」


 鈴羽のそんなちょっとした意地悪な言葉に俺は苦笑してしまう。


「お手柔らかに」

「その時の気分次第ね。じゃあ、お疲れ様、隼人」

「ああ、お疲れ」


 てろん。そうして、鈴羽も退室して通話が終了する。音の消えたヘッドフォンを外して俺は放送終わりのルーティンとして伸びをする。


「は~……しっかし……」


 初めての、同性の、VTuberをやっている友達?友達と言っていいのだろうか?ができてしまった。いや、悪いわけではないのだが。俺は思い立って、今日の配信がなんてwikiで書かれてるのか気になって「秋城 wiki」と検索をかけて自分のwikiを表示する。そこにはさっそく今日の更新がされていて。


『初めての男V友達をぶっ壊す男』


 そんなタイトルと共に記事には今日の配信の詳細が書かれていた。起こったことをそのまま書いているはずなのに、面白おかしく書かれた記事は当事者の俺もついつい笑ってしまうぐらいだった。


「はは、はー……」


 一通り笑ったところでもう一回伸びをして俺は椅子に座りなおした。さて、そろそろ3Dモデルの納品予定日も近い、3D化記念配信の内容を考えなくては———。



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