俺はヘッドフォンを外して、椅子を引く。そして、机の横に置かれたノルンの箱を手に取り中から開封済みのノルンを取り出す。そして、手首足首に特殊ゴム製のバンドをつけて、頭に孫悟空のような輪を取り付ける。そうして、頭の輪の電源ボタンを押せば、ヘッドフォンから聞こえるパソコンに新しい端末が繋がった通知。俺は椅子に座りなおし、そして、ヘッドフォンをつける。
「戻ったぞ~、なんかこれすんげー落ち着かねえ……」
「あー、それは慣れるしかないよ。慣れれば全然気にならなくなるから」
そんな会話をしながら、パソコンひいてはわかVにノルンを検知させる。そうして、カチカチと認証をしていけば———。
「お、これで動くのか……?」
「そのはずよ」
鈴羽の声に覚悟を決めてモーションテストモードを全画面で映す。そこには、当然ながら———空中で座り姿勢をする秋城。
「「「ぶふっ」」」
3人、見事に吹き出す声が重なる。ロン毛のイケメンこと新規3Dモデルの秋城が空中に座っているのだ、その絵面のシュールなことシュールなこと。
「ふ、ふふ……そうね、そうなるわよね」
「なんかの罰ゲームかと思った、ははっ……」
「小物って大事なんだな」
マジで。小物大事。椅子がないだけでこんなにシュールになるとは思わなかった。それはさておき、だ。
「えーと、まずは……」
秋城の顔面を拡大する。そして、俺は目をきょろきょろと左右に試しに動かしてみる。
「おお!」
「動いてるわね」
すると、俺の動きに追従する秋城。お、おお、動いてる。
「隼人―!」
「お、なんだ、世那」
「1+1はー?」
分かりやすい笑えのフリ。そのフリに俺は若干の照れくささを感じながら不器用に笑えば、画面の中の秋城も不器用な笑みを浮かべる。その笑みは本当に俺の動きをトラッキングしていて。今までの秋城の0か100かの人間臭くない表情ではなく、俺が引き攣った笑みを浮かべているという微妙なニュアンスも拾っていて。
「ちょっ、なんで引き攣り笑い~ほれほれ、笑顔!」
「いや、強引すぎるだろ。振られてする笑顔難しすぎるわ」
とか言いながらも自然と頬は緩んで、そうすれば秋城も自然な笑みを浮かべて。これ、面白いな。
「鈴羽もなんか表情リクエストあるか?」
「……そのファンサは過激よ」
「すーちゃんめんどくさいヲタクじゃん~~」
「めんどくさくもなるわよ、最推しだもの」
分かる~。最推しだからこそ、感情も複雑になるし、唐突なファンサに死ぬ。
「まあ、私がリクエストしだしたら時間が足りないわ。それより、全身のモーションチェックをしましょう、時間も限られている訳なのだから」
そう。時間を取ってくれたと言っても、明日はある訳で。当然ながら寝る時間、終わりの時間は定められている。
「まあ、それもそうだな。といっても、モーションチェック……なにをすればいいんだ?」
俺の疑問に対して声を上げてくれたのは世那だった。
「あ、私は画面キャプチャしながらダンス踊ったよ~K-POPのダンスの動きに追従できるなら問題ないかなあ、って」
こういうところで世那が陽のモノだということを思い出す。
「私も似たようなモノね。K-POPではないけれど、その時流行ってたJ-POPのダンスをそのまま踊ってモーションが問題ないかチェックしたわ」
ほうほう。つまり2人の意見を統合するとダンス並みの激しい動きをすることが一番モーションチェックに適している、と。
さて、此処で1つ。
「……ダンス以外の方法ありませんか」
何度も言っているようだが、俺は個人、カードゲーム系VTuberであり、ダンスのレッスンやボイトレなどは一切受けたことがない。故に、ダンスを踊れと言われても無理である。
「え、それはダンスが嫌的な?」
「いや、鈴羽や世那みたいにレッスン受けている訳じゃねーから流石に難しいっていうか……」
「……難しくないダンスなら構わないのかしら?」
「難しくなくてモーションチェックに適しているダンスがあるのか?」
俺の問いかけに、くす、と鈴羽の笑う声。
「あるわよ、日本人なら大体踊れるのじゃないかしら?」
「そんなダンスが……?」
なんだ、盆踊りとかか?
「そのダンスは……」
ダンスは……?
「ソーラン節よ」
……あ、あ、あ~~~~~~。
「なる、ほど……!」
声を絞り出す。大胆な大きな動き、それでいて俊敏な動きを求められるが、日本国民なら大体踊れるであろう踊り。それがソーラン節。なるほど、意図は理解できる。それなら俺も踊れる、が。
「やば、秋城がソーラン節とか超ウケるんですけど~~~~!」
「そうね、私も多分笑ってしまうわ。あと、レアすぎるから録画して構わないかしら?」
そうなるよな~~~秋城が髪を振り乱しながらソーラン節踊るとかオモシロ映像でしかないもんな~~~。これ、どーすっかなあ!
「録画は……うん、いいよ。……よし!」
俺は勢いよく椅子から立ち上がる。たかだかモーションチェックにグダグダ言ってもしょうがない、別にこの醜態が全世界に晒されるわけではないのだから。俺は、Utubeからソーラン節の動画を引っ張ってくる。そして、Utubeだけをスピーカーモードにし……。
「ここでぐだぐだ言ってるのは男じゃねえよなあ!……つーことで、モーションに問題がないか2人の方でチェックお願いします」
「了解したわ」
「らじゃー」
「じゃあ、男秋城‼ソーラン節行くぜ!」
感想。この踊り全身にクる~~~~。ソーラン節を踊り終えて俺は椅子に全身を預けながら、ミニ冷蔵庫の中でキンキンに冷やした水を飲む。超美味い。
「あ~~~あ~~~あ————……。どうだ……?」
久しぶりのとんでも消費カロリーな運動に息を切らしながら聞けば、返ってくるのはカチッ、カチッ、というマウスの音。そして、ちょっと考えるような声。
「んー、私的にちょっと感度高すぎ感あるんだけど、すーちゃん視点どう?」
「そうね、同意だわ。感度を10弱下げて再チャレンジかしら」
「再チャレンジ⁉」
え、これ、もう一回踊るんですか?
「そだよ~じゃないと、配信中に骨折事故起こったりするんだから。秋城のwikiの新たな1ページ増えちゃうよ~?」
「うぐっ……」
それを言われると痛い。ただでさえネタに富んでいるwikiなのにこれ以上ネタが増えるのはちょっと避けたい。
「ぐっ、う……やります……」
俺が声を絞り出すように言えば、鈴羽が言っていた通り感度を10下げる。そして、Utubeのソーラン節の動画のキューを最初に戻して。秋城のソーラン節2ndが始まるのであった。
翌日。あのあとソーラン節を何度も踊り、その度に細かい調整を入れて、モーションが問題ないことを確認した俺は鈴羽と世那との通話の後、大地パパ様へ問題ない旨と感謝の言葉を綴ったメールを送信した。本当にこの件に関わってくれた人たちにはいくら感謝してもし足りない。そうして、あとは配信内容さえ決まってしまえば配信ができる、そんな状態になる。いや、配信内容も概ね決まっているのだが……。こういうのはいくら詰めてもいいものだ。
それはそれとして。12月の25日、クリスマス当日までもう残すところも10日。流石にそろそろ告知を打たねばならない。俺はそんな思いで今パソコンの前に座っているのだった。
胸の中は、クリスマスに配信来てもらえるだろうか、秋城の3D化を喜んでもらえるだろうか、そんな気持ちでいっぱいだった。
「ふー……」
俺は両の掌をすり合わせて、パソコンの画面に表示されたゆったーの画面をジッ、と見つめる。さてさて。
「でも、まあ」
こういうのってストレートに言う方がいいだろう。あ、でも、他のVTuberがクリスマス配信やっているのを考えて、少し時間はズラして……。
『【重大告知!】
2039/12/25 21:00~
秋城新モデル配信!
ついに秋城が新モデル配信だ!衣装じゃねーぞ、ここ重要だ。
要チェックしてくれ~!』
そんな文章にUtubeの配信予定地のURLを乗せて。不備がないか3回ぐらいチェックをした俺はそのポストをネットの海に放流する。すると、30秒も経たないうちにそのポストは大量に拡散されだして。
「お、おお……」
秋城のアカウントを使う度に思うのは本当に迂闊なこと言えねえな、ということ。いや、迂闊なこと言う気もないがな。そうして、拡散されていくポストを誰が拡散してくれたかをぼんやりと眺めていると。
「いやいや、早すぎだろ」
そこにはちゃっかりうぃんたそとセイラが居て。今日は2人はみっちり仕事の筈だ。たまたま俺のポストする時間が休憩時間だったのだろうか?
「でも、まあ、嬉しいわ」
頬をぽりぽりと掻いて、にやける。すると、どんどんリプライも届いて。
『新モデル、だと……⁉』
『ついに秋城が生まれ変わる』
『楽しみにしてる』
『うぃんたその放送後とは分かってるじゃまいか』
そう、配信は19時、20時の所謂ゴールデンタイムからはずらした。理由は2つ。秋城の視聴者層の年齢が高めだからちょっと遅めでも大丈夫だろう、というのが一つ。もう一つは、秋城の配信は割と信者やセイんちゅの方々が来てくれる。だから、視聴者が配信に来やすいように、の配慮だ。いや、俺がうぃんたそのクリスマス配信見たいって言うのもあるけどね。そんなことを考えつつ、繋がるリプライを見ていると、世那からLEINが入る。
『告知!見た‼‼‼』
『今@ふぉーむ本社ですーちゃんと居るんだけど、同時視聴、すーちゃんもOKしてくれたから!同時視聴の告知もしていい?もちろん、ミラーなしで秋城の方も見てもらえるようにするよ~』
おうおう。別にミラーリングはしてくれても構わないのだが……世那なりの配慮、ありがたく受け取っておこう。俺は端末をぽちぽちと叩き、世那に返事を送る。
『おう、問題ないぞ~。仕事頑張れな』
そんな返答に、あざらしのスタンプがそれぞれ送られてくる。ありがとう、そして、頑張る、元気溌剌な感じが世那本人を思い出させるスタンプだ。
そうして、もう一度パソコンの画面に視線を戻せば、あるにゃママ様や大地パパ様も拡散してくれていて。このふんわりとした匂わせ、いいよなあ、なんて思ってしまう。
ちなみに、配信当日までママやパパが誰かは伏せた方が盛り上がる都合上、配信終了までお仕事完了の報告ポストは待ってもらっている。くう、早く世に出したい。
そんなことを考えていると、ゆったーに流れてくるセイラのポスト。
『みんな、秋城くんの告知ポストは見たかい?
見てない?じゃあ、見てからこのポストは見ておくれ!
2039/12/25 21:00~
秋城くんの新モデルお披露目配信をうぃんちゃんと一緒に同時視聴するよ。
是非、ボクと一緒に新生秋城くんをチェックしよう!』
そして、仮サムネイルで押さえられた配信予定地のURL。俺はそれも静かに拡散ボタンで拡散して。そして、多分隣で一緒に打っていたのだろう、セイラのポストをうぃんたそが爆速引用する。
『みんな~うぃんたそのクリスマス配信のそのあと!
すぐにセイちと秋城さんの新モデル配信を同時視聴するよ~!
うぃんたそとの楽しいクリスマスの2枠目、一緒に見ようね!』
そんなうぃんたそのポストも爆速拡散されていく。ちなみに爆速拡散されていくと同時にコメントもついていて———。
『く、クリスマス配信2枠目は嬉しいが……』
『男絡みじゃねーかっ』
『秋城マジで羨ましいわ』
『うぃんたそ、本当に強火だなあ』
コメントは大半がクリスマス配信2枠目は嬉しいけれど、秋城絡みか~~~みたいなので埋め尽くされていて。まあ、そりゃそう。信者やセイんちゅの方々からしたらマジで俺が余計なんだろうな。でも、そんな信者やセイんちゅの方々が見ても面白かった、そう思ってくれる配信を目指すのが俺のやるべきことだろう。さあ、配信告知はした。あとは日々、細かいところを詰めていくだけだ。