まあ、こんなところで。俺は顔面ドアップから画面を切り替えて、全身を画面内に収めて立ち上がる。そして、上半身トラッキングから全身トラッキングに切り替えて。
「ちなみに結構動く。かなり可動範囲が広い。此処は大地パパの腕だよな~」
本当に。ソーラン節を踊っても問題なく全身が動いてくれる。多分、なんかしらの事故が起きたときはモデル側ではなくパソコンやノルン側の問題になってくるだろう。そう思うぐらいに完璧なモデルだった。
「ということで、どれぐらい動くか見てもらうために……ラジオ体操をしようと思う」
『しようと思う(キリッ』
『ドヤ顔wwwwww』
『なんかもっとなかった?』
『何故ラジオ体操?ローション相撲とかやらない?』
「俺単独でのローション相撲は相撲じゃないし、成人男性が一人でヌルヌルしてるだけとか見たいか?」
俺が死んだ目で問いかければ———。
『鈴堂うぃん:はいっはーいっ‼1人でぬるぬるしてる秋城さんみたいです!』
『あるにゃ:(*´Д`)ハァハァお姉さんにヌルヌルしてるところを見せてもらおうか』
おう。うぃんたそはともかくあるにゃママに関して言えば下心が透けて見えてしまっている。
「ローション相撲はしません!1人でヌルヌルもしません!俺は!健全に!ラジオ体操をします!」
大量のブーイングコメント。いや、だって、1人でヌルヌルしても可動域見れなくない?俺は内心ツッコミつつ、十分に手の当たる位置に物がないかを確認してから、一回パソコンに近づく。そして、問答無用でラジオ体操第一の音声を流し始めるのであった。
『マジでラジオ体操をやりやがった』
『しかもキレッキレ』
『こいつ本当に運動ができるヲタクなんやな』
『そして、秋城の動きに事故ることなくついてくるモデルやべえ』
「ふぅ……ラジオ体操って見た目より割と疲れるんだよな」
俺がそう言いながら水を口に含めば。
『お水美味しいー?』
『おカフェイン飲料かもしれませんわ!』
『秋城の動きを逐一チェックできるようになったなw』
『く、なにか細長いモノを持っているのは分かるんだが』
「運動の後なので水デスネ。そうか、こういうのも今までは表情が停止するだけだったけど分かるようになるのか……これからはお水飲みまーすを言うようにするわ」
『カフェイン飲料飲むときはカフェイン飲料飲みまーすだぞ』
『視聴者がちゃんとカウントするからな』
『虚偽申告駄目絶対』
『飲んでるものをちゃんと申告するように』
「分かった分かった。虚偽申告はしねーよ。今回飲んでるのもちゃんと水だから安心してくれー」
そうして俺は水のペットボトルを空にして、ゴミ箱に投げ入れる。ナイスシュート。すると、コメントの流れが微妙に早くなる。
「ん?」
すると、コメント欄は———。
『え、秋城ヤバいぞ』
『秋城おめでとう‼‼‼‼‼』
『タイミング完璧か?????』
『おめでとう!』
「え、おめでとう……?」
大量に流れてくる「おめでとう」の言葉に俺が頭の上にはてなを浮かべて首を捻ると。
『鈴堂うぃん:秋城さん~~~~‼チャンネル登録者数見て!』
そんなうぃんたそのコメントを皮切りに一気にコメント欄もその方向を向く。俺はタブをもう一つ開き、自分のUtubeのチャンネルを開けば———。
「は、え、……え?」
素の。本当に、秋城というVTuberとしてではなく、高山隼人としての素がぽろり、と出てしまう。
「……おいおい、え、ええー……?マジ?」
繕うことはできなかった。それぐらいに衝撃的で、ついつい俺は配信中であることを忘れてその画面を見入ってしまう。
そんな永遠の一秒、そして、俺は配信であることを思い出して言葉を紡ごうとするも、上手く言葉の形を成さなくて。———そこにはチャンネル登録者数が100万人を超えた表示。
「は、え、はえー……え、夢……?」
そう言いながら俺が配信画面に戻れば。
『夢じゃないwwwwww』
『呆けるなwwww』
『星羅セイラ:登録者100万人おめでとう秋城くん!』
『月城アール:100万人達成したと聞いて駆け付けたよ!』
「お、おお……おおおおおおお!」
いろんな人間からのこの現実の肯定に俺は腹から唸り声を上げる。全身を駆け巡る血が熱くて、まるで喜びという液体が全身を駆け巡っているようで。
「いよっしゃあああああ!……ああ、ああ……」
『月城カリア:人間なら人語で喋りなさい』
『カリア様にアールまで来てるwwwwww』
『12月25日を秋城記念日にしよう』
『マジおめでとう!秋城!』
「り、リアさんの言うとおりだわ。えー、いや、やっべえ……本当に登録してくれた人たちありがとうな。3Dのお披露目で100万人突破するとは思わなかった。これは、アレだな。100万人突破記念配信も別日にやるからそっちも見てくれよな!」
俺はパソコンから3歩ぐらい引いて、直立する。そして、そのままその熱をぶつけるように———。
「本当に、ありがっ」
頭を下げたら、そのまま床に叩きつけられるノルンヘッドセットとヘッドフォン。
「……へ」
俺は眼前に広がるヘッドフォンと微妙にねじ曲がったノルンをぎょっとして見つめる。そして———。
「おわああああああああああッ」
大絶叫を上げて、ハッ、とする。そして、恐る恐る配信している画面を見れば———。
「ぎゃああああああああああッ!」
ろくろ首のように首を地面に伸ばす秋城の3Dモデル。それを見てコメントをちらり、と確認すると。
『wwwwwwwwwwwww』
『今日はネタが豊富すぎるwwwww』
『まさかの首折れ事故wwwwww』
『初日にやらかすとはなwwww』
俺は大慌てで声だけ上げる。
「ちょっ、すまん!ちょっと待ってくれ!機材が取れた!すぐ付けなおす!」
そして、ノルンを装着しなおすも———首が地面に置かれたまま元の位置に戻らない。
「え、なんで?」
俺はヘッドセットの電源を一回落として再起動する。だけど、ヘッドセットだけ認証されなくて。
「ちょ、認証しねえ……え、もしかして」
『これは』
『すげえ音したし衝撃で逝ったんやろなあ』
『買って一年以内なら保証あるで』
『今日の配信でwikiのページが一新されるな』
「あ、やっぱり?やっぱりこれ逝ってる……?」
俺はヘッドフォンを付けなおし、ノルンのヘッドセットを机の上に置いて、ゆっくり椅子に腰かける。
「……すみません、大地パパッ、あるにゃママッ……!」
首が落ちたままの配信画面で俺は苦悶の表情を浮かべながら言うのだった。いや、トラッキングできてないから伝わらないんだけどね。四肢のノルンのパーツは生きてるから椅子に座ったことは伝わっただろうけど。
『金剛の大地05号:事故はしょうがない』
『あるにゃ:むしろ笑わせてもらってるから大丈夫』
「それにしても……どう配信すれば……」
俺のガチ困惑の声に、唐突に赤スパが滑り込む。
『鈴堂うぃん:トラッキングタブから外部入力じゃなくてwebカメラトラッキングに切り替えれば多分配信はできると思う!顔しかトラッキングできないけどね! 10000円』
「うぃんたその知恵助かる!一瞬、画面暗転させるなー!これで顔面を晒す事故まで重ねたら俺もうしばらく配信活動できなくなっちまうからな」
そうして、配信画面を暗転させてうぃんたその指示通り、わかVの入力方法をWebカメラ入力に切り替える。そして、首が元の……首の上に戻り、問題なく表情をトラッキングしていることを確認して、配信画面を戻す。
「ただいまー。いや、今日マジで色んなことがあったな」
『今度からヘッドセットはきつめにつけるんやで』
『ちょっと痛くても飛んで壊れるよりマシ』
『wiki、楽しみにしとけよ』
『醜態までお披露目していくとは流石』
「醜態を晒す気はなかったんだけどな!いや、まあ、完全なる事故配信だったが……お前ら楽しんでくれたか?」
『腹抱えて笑ったわwwwww』
『超楽しんだ!』
『改めて新モデルと100万人突破おめでとう!』
『100万人と言えば昔で言えば盾貰えてたよな』
「あー、盾な」
盾、10万人、100万人、1000万人の節目で以前は貰えたのだが……UtuberやVTuberの増加に伴い盾を貰えるシステム自体は2039年の今、もうなくなっている。
「俺も1枚はゲットしたかったなー。く、微妙に悔しいな」
『あれ、でも、10万人のときに銀盾貰ってるはずでは?』
『↑ヒント:10万人突破は死後』
『妹ちゃんが持っている可能性微レ存』
『妹ちゃんに連絡だー!』
「確かに……?うわ、妹のところに銀盾眠ってたらそれはそれで嬉しいな。今度連絡してみるか。えー……そろそろ時間だし。よし、最後はきっちり締めるところ締めていくぞー」
そうして俺が咳払いをする。俺の顔も、3Dの秋城の顔も真剣な表情で。
「多分多くの人は、伝説の配信、もしくは幕開け配信からの視聴者だと思うが……この中には本当に俺の最初からついてきてくれた人もいると思う」
伝えたいのは、ありったけの感謝。見てくれているお前らに、コラボしてくれるうぃんたそやセイラ、月城兄妹に、新しい体を作ってくれたあるにゃママと大地パパに。
「そんな人たちのおかげで、新モデルお披露目配信というめでたい日に、チャンネル登録者数100万人というとてもめでたいことを迎えられた」
頭の後ろがボーッ、としてくる。色んな感情が濁流して、言いたい言葉が次々に浮かんでは消えて浮かんでは消えて。俺はそんな中からきらきらとしたものを拾い集めるように集中して言葉を拾う。
「これからも、俺は幕開け配信で宣言したように伝説を作れるように……1回伝説を作ったとしても作り続けられるように、日々、配信活動に邁進していくつもりだ」
今度は中途半端に、いきなり終わらせない。俺が、もう、走り切った。そう思える日まで活動を続ける。
「誓う。今度は中途半端になんか死なない、俺がちゃんと大切なお知らせ、なんてタイトルで配信する日まで、俺は配信し続ける。だから、お前らも着いてきてくれ」
すぅ、と暖房で生暖かくなった空気を肺に取り込む。まだまだ、伝えたいことは沢山あるが……これぐらいにしておかないとちょっと長すぎるだろう。真剣な長話ほど怠いものもないだろ?
「これからも、俺を……秋城をよろしく頼んだ!そして、見てくれているVTuberの方々!コラボしてくれー!」
『最後wwwwwwww』
『微妙に締まらないなwwwww』
『コラボしてくれ————!』
『これもこれで神回』
「はは、んじゃあ、今日はこれぐらいで。改めて、秋城の新モデルお披露目配信に来てくれて、マジでありがとうな!100万人突破しても変わらず配信していくからな~んじゃあ、いつものいくぞ?」
俺がそう言えば、コメント欄が一瞬静まり返る。
「せーのっ、おつしろ~~~~」
『おつしろ~~~』
『おつしろ』
『星羅セイラ:おつしろだよっ!』
『金剛の大地05号:お疲れ様~』
『鈴堂うぃん:おつしろお!』
『あるにゃ:おつしろ~』