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第27章 神モデルでお披露目配信ってアリですか?⑥



 配信終了。……多分、沢山の拍手喝采に包み込まれた芸能人とかはまさにこんな感じの心境なのだろう。胸が熱くなって、胸からどんどん熱い液体が体中に流れて、末端まで熱くなって。でも、心の、脳みそのどこかは冷静で、次のことを考えている。なのに、顔はそれに反して笑って、少しの涙が出て———。


「ああ、マジで嬉しいわ……」


 シン、と静まり返った部屋で椅子に全身を預けながら崩れる。体が、嬉しい、楽しい、達成感、ちょっとの疲労感、様々なものを感じて。最高に生きている気がして。

 そのことを今すぐ肉声で共有できる人が居ないのがちょっぴり寂しかった。

 端末が、延々とぶぶぶっ、ぶぶぶっ、という音を放ち続ける。きっと、秋城のアカウントに通知が止まらなくなっているだろうことは予想がついて。俺はもう少し、この余韻に浸っていたくて瞳を閉じる。すると———。

 ~~~~~♪


「おわっ⁉」


 その余韻を破壊するようにLEINの着信音が鳴り響く。俺は、いそいそとパソコンでLEINを立ち上げてその着信に応答すれば。

 パーンッ。


「ん?」


 そんな乾いた音がヘッドフォン越しに響いた。そして。


「隼人、登録者数100万人突破おめでとう」

「おっめでとう~~~いや、マジで気づいた瞬間ヤバかったじゃ~ん!」

「……というか、世那。今の破裂音なにかしら?」

「え?クラッカー。おめでたいことには必要じゃん?」


 そんな世那と鈴羽のやり取り。


「ん?鈴羽も世那も配信中では……?」


 俺のそんな疑問に対して、世那があっけからんと答えるのだ。


「終わったよ~あくまで、秋城の新モデルお披露目配信の同時視聴だからね」

「ちょっと感想を言って今日は終わったわ。気になるならあとでセイラのアーカイブを見て頂戴」


 ん、まあ、確かに。同時視聴先が終わったなら配信が終わってても不思議ではないか。


「それにしても~~~超ヤバくない?お披露目配信で100万人突破って超やばい!」


 お、世那の語彙力が消えているな。でも、それにツッコむより先に俺は胸から迸る熱さを口から放出していた。


「本当にヤバかった。気づいた瞬間、時間が止まったつーか……これが現実かどうかマジで分からなくなったわ。なんかもう、嬉しいとかそういう次元じゃないな、ってぐらいカァッと体が熱くなって……これ、現実なんだよな……」


 あまりにも喋りすぎて唾が飛ぶ。だけど、そんなのに構ってられないぐらいで。


「現実よ。疑いようもない現実、今度会うときはお祝いかしら?」

「おうおう!俺がどこでも奢ってやらあ!」

「祝われる方が奢られるべきよ」


 くすくすと鈴羽の笑う声。ふと思うのは、これでやっと、うぃんたそやセイラと並ぶスタートラインに立てたのかもしれない、ということ。そう思うと、誇らしくもあって。


「鈴羽、世那……これからもよろしくな」


 ちょっと照れくさくて、くすぐったくて、でも、これだけはちゃんと伝えようと思った。


「ええ、よろしく」

「もちろんっ、どんどんコラボしようね!」


 そんなやり取りをしたところで、鈴羽が声を上げる。


「そういえば、ノルン。やっぱり駄目そうかしら?」

「あー……」


 俺は机の上に置いてあるノルンを触る。電源を入れても、電源は入るがパソコンがやはり認証しなくて。うーん、これは。


「駄目そうだな……」

「そう。じゃあ、メーカーさんに修理に出すしかないわね」

「だよな~」


 でもこれは俺がヘッドセットをきつく締めず、ぶっ飛ばしたせいなので自業自得だ。俺がとほほ、みたいな気分になっていると世那が声を上げる。


「でもまあ、ウェブカメで配信すれば配信はできるし?やっぱり秋城の顔超かっこよかった~~~」


 それはそう。別に3Dモデルを使う手段を断たれたわけではない。いや、全身トラッキングはしばらくできないのだが。


「まあ、それもそうだな。俺にできることは明日朝イチでノルンの修理手配をすることだ」

「だね~。年末だし、一秒でも早く出さないと手元に返ってくるの2月とかになっちゃうし」

「2月でも早い方じゃないかしら?」

「え、……もー隼人ノルン二台目買う方が早いんじゃ?」

「そんなほいほい金使えるか。というか、そんな余裕があるなら世那に繰り上げで返済するわ」


 流石にあの金額レベルの機械をほいほい買うのは無理だ。今回は必要に駆られて買ったが、2台目は贅沢と言うものだろう。俺は初代ノルンを丁寧に修理して使い続けてやるぜ。そう思ったところでちら、と時計を見れば時間は22時半を回ろうとしていて。


「あれ、鈴羽、世那も。時間大丈夫か?」

「そうね……そろそろお暇かしら。明日も朝早いのを思い出してしまったわ」


 鈴羽が出すにはちょっと珍しいお疲れな声に、この時期のスケジュールの厳しさを知る。その中、鈴羽も世那も同時視聴までやってくれて……アーカイブを見てくれるだけでも十分嬉しいというのに。


「あれ?すーちゃん明日は朝イチから?」

「そうよ」

「じゃあ、私も朝イチからかなあ……」

「一応セイラのスケジュールなのだからマネちゃんに聞いてみなさい」

「そだね。朝イチで行って何もなかったら凹んじゃうし」


 嫌な言葉だよな、朝イチ。鈴羽と世那が指す朝イチが何時なのかは分からないが、鈴羽がげんなりとしている以上それなりに早い時間なのは察せてしまう。負けるな鈴羽。負けるな世那。


「まあ、2人とも頑張ってくれ。あ、でも、体だけは気をつけろよ。この時期に風邪を貰ったら洒落にならないからな」


 本当に。風邪もやばいし、コロナもやばいし、インフルエンザもやばい。とにかく体調は崩さないのがいい。


「りょ、流石にライブ前に体調不良は怒られるだろうしね」

「社長室程ではないけれど、まあ、怒られはするでしょうね」


 体調管理ができないと怒られる、そのことに前世の会社を思い出してしまうが訳が違う、か。前世の会社は常に体調がいいことを求められた、けど、今回はライブ前という大仕事の前だから、ということで俺とは訳が違う。


「じゃあ、睡眠時間確保のためにそろそろ解散な~……あ、その前に」

「あら?なにかしら?」


 俺の切り返しに会話のターンを譲る様に場が鎮まる。俺はいつもの調子で言うのだ。


「メリークリスマス、鈴羽。世那。なにがあるって訳じゃないけど、こういうイベント事って大事だろ?」


 でも言ってて恥ずかしいのは内緒だ。そんな照れに襲われる俺が口を閉じれば、第一声を上げたのは世那だった。


「うん、メリクリ!すーちゃん、隼人。って言ってもいつも通り配信しすぎてあまりクリスマス感ないな~」

「あら、世那の家は夕飯とか豪華にならない家かしら?」

「ウチはそれは昨日なんだな~」


 なるほど、俺の家と一緒だ。


「じゃあ、この一瞬で今日がクリスマスだって思い出して頂戴?メリークリスマス、隼人、世那」

「へへっ、超思い出した」

「よし、じゃあ、雰囲気も良く。そろそろ寝るぞ~おやすみ、2人とも」


 無限に続くからな。マジでぐだぐだと喋り続けてしまうから。


「おやすみなさい」

「おやすみ~」


 てろん、そんな音共に通話が切れる。少しでも肉声でこの喜びと共有したことで俺の中がやり切った感で満たされる。が。


「とりあえず、アレだな……」


 俺はパソコンでゆったーを立ち上げれば、ポストを書き込むところに文字を打ち込んでいく。


『お披露目配信の通り、ノルンが壊れました。


明日お問い合わせしてみるが、全身トラッキング配信は当分先になりそうです。

期待してくれてたお前ら、マジですまん』


 ポストをネットの海に放流する。画面を見つめること30秒弱、ポストにいいねがつき拡散され始める。そして、同時に———。


「ぶっ」


 ポストが引用され、引用に今回の首折れ?というかろくろ首事故の秋城のスクリーンショットが同時に貼られる。そして、それもまた拡散されて———。

 気づいたら大量に貼られる、秋城のろくろ首事故集。お前ら、嬉々としてスクリーンショットをしたんだろうな、という現実についつい俺は遠いところを見てしまう。


「でも、まあ……」


 あんな面白いシーン俺も視聴者だったら絶対にスクリーンショットを撮るだろう。そんな確信がある。

 まあ、アレだ。玩具にされてると言っても別に誰かの誹謗中傷に使われている訳でもなければ、精々が大喜利コラに使用される程度だろう。それぐらいなら俺は全然かまわん。

 そこまで思ってから、思い出す。


「っと、ノルンの梱包しなきゃだな。確か、トドバシの配送箱をまだ捨ててなかったはず……!」


 ヘッドフォンをヘッドフォン置きに置き、ノルンの四肢のパーツを外して、いそいそと部屋を出て階下に降りていく。

 どうか、ノルンが配送されてきた箱が捨てられていませんように。そんな願いを抱きながら。



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