配信終了ボタンを押す。俺は2回、3回とちゃんと配信が切れていることを確認して息を吐きだす。
「配信終了だ。お疲れ、鈴羽」
「お疲れ様。簡単なのに難しいゲームだったわね」
「分かる。操作はシンプルだったけど、異変を見落とさないってなかなか難しかったよなー」
いや、俺が当たったのは割と分かりやすい異変ばかりだったと思うんだが。
「そうね。ポスターが1枚増えているとか、微妙に大きくなる蛍光灯とか記憶違いって言われたらそれまでの異変が多くて……でも、ちゃんと勝ててよかったわ」
「はは、ちゃんと勝利報酬にサムネイル作らさせてもらうわ。……というか、サムネイル3枚でいいのか?俺もう少し手伝えるぞ?1月も後半に入ったら大学も春休み入るしな」
「流石に申し訳ないわ。隼人だって自分の配信のサムネイルづくりあるでしょ?ただ……」
「ただ?」
鈴羽の声が沈む。
「本当に、本当に駄目だった時勝利報酬とは別に有償依頼していいかしら?いえ、多分ないと思うのだけれど……」
そんなに切羽詰まってるのか。明日の休みもきっとマネちゃんさんがスケジュール管理して絞り出したおやすみなんだろうな、本当にしっかり休んでほしい。サムネイルぐらいいくらでもいいもの作るから。
「それで鈴羽の力になれるならいくらでも。とりあえず、無料で作る3枚は直近で使う感じか?」
「いえ、それももう少し考えてから使うわ。3日前ぐらいに言えばお願いできるかしら?」
「ふっふっふっ、配信の12時間前ぐらいに言ってもらえれば対応できるな。素材はうぃんたそのファンアートからピックしていい感じか?」
「いえ、依頼するときに使って欲しいファンアートを送るわ」
おおう。こういう話をしているとクリエイターぽい。忘れがちだけどVTuberってクリエイター兼配信者兼人によってそれぞれ。みたいな感じでマルチなんだよなあ。忘れがちだけど。
「OK、じゃあ、鈴羽からの依頼すんげー楽しみにしてるわ。しかし、サムネイルを作る時間すら惜しいは本当に心配になるな」
「仕方ないわ。月末に私が主役のライブが控えているのだもの。主役が頑張らなくてどうするのよ」
「それはそうだけど。本当に無理はするなよ。これはいくらでも念を押すぞ」
「無理をしないためのマネちゃんよ。ちゃんと、法律に違反しない程度には休めているわ。安心して?」
「ならいいが。って、俺は一体どこ目線なんだ」
自己ツッコミ。ほんとどこ目線なんだか。
「そういえば、鍋はどうする?配信上の冗談でも構わないが……」
「何言ってるのかしら?行くわよ。と、言うか。それに対して提案なのだけれど」
提案。ほう。
「2回目のお料理コラボで赤鍋さんの素を使って鍋パにするのはどうかしら?」
「お、いいんじゃね?鍋なら切って煮込むだけだから大した手間じゃないしな。きっと鈴羽でも作れると思うわ」
もうちょっと遠い記憶のお料理コラボ1回目。うぃんたそは初心者ながらに愛情のこもった料理を作ってくれたことが記憶に残っている。そういえば、2回目もフラグだけ立ててすっかりやってなかったというか様々なことが起こって結果忘れてたな。
「だといいのだけれど。久しぶり過ぎて包丁を握るの緊張してしまいそう」
「大丈夫だって。俺も居るし」
俺の言葉の後一瞬の間。そして、鈴羽の砕けた笑い声が聞こえてきた。
「そうね、頼もしいわ。頼むわね、秋城さん?」
鈴羽の声にちょっとうぃんたその高さが乗った独特の「秋城さん」に俺はまた胸を高鳴らせる。いーやー、可愛い。
「おう。さて、じゃあ、そろそろ落ちるか。鈴羽は明日はしっかり休んでくれ」
「ええ……しっかり惰眠を貪るわ」
鈴羽のそんな声。その声はどこか強い意志を感じて。なるほど、これは明日はLEINもLiscodeも返ってこなさそうだな、なんて感じて苦笑を浮かべる。
「じゃあ、おやすみ。鈴羽」
「おやすみなさい、隼人」
そんな声を最後に、てろん、といういつもの通話の切断音。俺は配信後の微妙に高いテンションを落ち着けるように何度か深呼吸を繰り返す。そうして、大きく伸びて脱力。うんうん。
「さて、俺は俺で、だな」
1月の前半は期末テストが控えている。流石にこれは落とすわけにはいかない。ストレートに卒業はしたい。
「んー……」
そこまで考えて一瞬思う。未来の俺は何をしているのだろう、と。
「うーん……」
正直、今からでも遅くないから就活をしなければいけないんじゃないか、とか。母さんや父さんに心配されてるんじゃないか、とか。でも、働きながらVTuberとしていまぐらいの活動量を維持できるのか、とか。
「こういうのって誰に相談すればいいんだ」
多分、就職支援室に行ってもまともな相談はできないだろう、と思う。かといって親にVTuberをやっているってなにか言いづらい気もして。そこまで考えて、俺は頭をぶんぶんと振った。
「テスト前に現実逃避はよくねーな」
なにはともあれまずは目の前の課題を崩すところから。俺は気を取り直して、大学用の鞄から大量のレジュメとプリントを取り出せば———LEINの受信音。なんだなんだ、と俺がLEINを開けばそこには世那からの個人メッセージが来ていた。
『うぃんちゃんとのコラボ楽しそうだったけれど、次のコラボはボク!……なんて、セイラ風~~~』
えへへ、と照れたように笑うあざらしのスタンプ。どうやら、さっきまでの配信を世那も見ていたのだろう。俺がうぃんたそのスタンプで適当に返事をしようとすれば続きのメッセージ。
『私とのコラボも楽しみにしててよね~!隼人!』
そんなメッセージに俺は苦笑を浮かべながら返事をするのだった。
『言われなくても楽しみにしてるわ。配信に遅れるなよー?』
俺のメッセージに爆速既読がつき、「もちろん」のあざらしスタンプが送られてくる。俺はそれを見てから、LEINを落とし、気を取り直す。さてさて。テスト勉強をしなくては———。