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第30章 アニマルの森でチル配信ってアリですか?③


 そうして、セイラ考案の金策ツアーが始まる。まずはたぬ太郎商店でよわい釣り竿とよわい虫網を作る。


「弱いってことは強い、みたいな上位互換があるのか?」

「あるよ~最上級はオーロラのつりざお。絶対に壊れなくなる」

「あ、このゲーム釣り竿とか消耗品なのか」


 そんなことを言いながらテンポよくコントローラーのボタンを叩けばあっという間によわい釣り竿とよわい虫網が完成する。


「ちなみに魚を釣るってことは……食うのか?」


『食べるコマンドはあるけど』

『主に寄贈と売却だな』

『冬と夏は釣りが凄い稼げるんだよな』

『食べるのはもったいない』


「そんなに魚は荒稼ぎできるのか」

「そうだね。かなり金策としては優秀かな。狙うはチョウザメとカジキマグロ」


『デメニギスとかな』

『シーラカンスを忘れてはいけない』

『最初のうちはそこら辺釣れると結構うはうはするね』

『初回のローンならそこら辺釣れれば返済しておつりが来る』


 ほうほう。そんなつよつよ魚がいるのか。でも、値段が強いということは……。


「値段が強い魚もよわい釣り竿で釣れるのか?」


 俺はセイラに自分の島なのに案内をされながらそんなことを問いかける。


「釣れるよー。よわい釣り竿は耐久値がよわいだけで、釣れる魚の制限とかはないかな」


 ほうほう。


「じゃあ、これで釣り竿と虫網の作り方は覚えてもらったけど……秋城クン、此処でボクがつよい釣り竿とつよい虫網を出したら怒るかい?」


 セイラの提案。先ほど怒られたことを教訓に聞いてくれているのであろう。こういうところは偉い。えらいセイラ。


「怒らねえな。あ、だけど、つよい釣り竿依存じゃなくて使い比べって形で最後には返却させてくれー」

「了解したよ、じゃあ、投げるねー」


『別に返さなくてもほいほい作れるんだけどね』

『秋城って律義なんだな』

『面倒な奴ともいう』

『友達に一人居たら嬉しいタイプ』


「褒められてるのか、貶されているのか……」


 そう俺がコメント欄とにらめっこしていると、セイラによって地面に投げられる金色の釣り竿と虫網。俺はそれを拾って、自分のキャラに装着する。


「おお、ちなみにつよい釣り竿はオーロラの釣り竿みたいに壊れなかったりする感じか?」

「いや、つよいだとまだ壊れるねー。でも、壊しちゃってもすぐ作れるから問題ないよ、安心してくれたまえ」


 そうして、俺とセイラのキャラが海辺に出る。ザザ、ザザ、とのどかな波の音が聞こえて。そこに、風の吹き抜ける音……これはちょっとした環境音ASMRだ。


「じゃあ、釣りを実践して見せちゃおうかな」

「おー」


 俺はパチパチと拍手しながら一旦セイラのキャラを見る。


「あ、釣りって言っても現実みたいに長い時間魚が引っかかるのを待つわけではないんだ。……と、居たね」


 セイラがなにかを見つける。海を見れば黒い雫型の影。それは大きく揺れながら、まるで、というかアレが魚なのであろう。魚のように水の中を軽やかに泳いでいる。


「あの影の頭部分に向かって~……釣り竿を投げる」


 ポチャン。そんな水の音がして、セイラの釣り竿の先端が海に浸かる。それと同時に、魚の影が釣り竿に近寄ってきて。そして、二度、三度、魚の影がツイツイ、と釣り竿を突き……ウキを落とした瞬間。


「ここだ!」


 セイラのキャラが必死に釣り竿を引き始める。お、おお、これは画面の向こうで何かコマンド入力でもしているのだろうか。釣れるか、持っていかれるか、そんな熱い様子にちょっと手に汗握っていると……ぴょーん、という軽快な音共に魚が海から引きずり出される。


「あ、フグだ」


 そうして、素手で魚を掲げるセイラのキャラ。素手である。素手。


『5000エル』

『まあまあ悪くない』

『まあ、高めな方』

『クリオネよりマシ』


「で、こんな感じ。浮きが沈んだ瞬間にAボタンで簡単に釣りが楽しめるよ~」


 そんなセイラの声と共にセイラのキャラが素手で持っていた魚を衣服のポケットに突っ込み始める。毎回思うが、どのゲームでもアイテムを入れるところマジで亜空間だな。なんでも入る。


「OK、理解したわ。んじゃあ、しばらく釣りタイムか?」

「だね~、緩く雑談しながら釣りに興じようか。あ、つよい釣り竿が壊れたら言ってくれたら新しいの出すよ」

「おう、そん時は頼むわ」



 そこから。どうやらアニマルの森はそこそこな頻度で魚がポップするらしく、セイラと2人のんびりと海辺から川を歩いているとそこそこな量の魚が釣れた。


「いや、のどかだな……夜空も綺麗で、海も綺麗、うっかり喋るのを忘れちまいそうだ」

「そこに美しいボクも添えられて……完璧じゃないかい?」

「ちょっと光量下げてもらっていいか?」


 美しいを否定する気はないが、ギラギラしすぎるのはちょっと。


「しょぼーん」


 セイラが残念そうな顔をしながら顔周りのエフェクトを透過していく。それにしても、子供向けゲームだと思って正直舐めていたが思ったより作りこまれていて。


「ゆったりとしたゲームだけどやれることが多くていいなこれ。1人で黙々とやっても楽しそうだ」

「そうだねえ、だからこのゲームはチル配信に向くんだよ。ほら、ゲーム内のBGMもゆったりしていてまさにスローライフだろう?」


『BGMの合間に聞こえる息遣いとかでいいんだよな』

『なんかチル配信ぽくなってきたぞ?』

『セイちが……チル配信……?』 

『秋城もセイちも騒がしい方の人間だからな』


「俺も騒がしい方の人間だと……?」


 え、そりゃ静かな方の人間でない自覚はあるが。暴走列車と同じぐらい騒がしい方の人間扱いされるのはちょっと心外だ。


「まあまあ。VTuberで静かな方が珍しいと思うけどね、ボクは。喋ってなんぼだし」

「それはそうだな……っと、またお前か……」


 何十匹目かのスズキを釣り上げる。うーん、金にはなるのだがいかんせんあまり風景が変わらないから動画映えをしない。いや、スローライフってそんなものなのかもしれないけど。


「静かな……っていうかチル配信が上手いのはリアさんだよなあ」

「カリアちゃんのチル配信は凄いよね。気づいたらボクも寝てる」


 そう、リアさん。月城カリアさんのチル配信は凄い。なにが凄いってガチで人を寝せに来ている配信なのだ。配信中にリアさんがやっていることはただ一つ———本を読むこと。それも読み上げとかではない。ただ、本を読んでたまに紅茶を飲む音が聞こえる。それだけである、それだけなのだが———。


「あの、寄り添われている安心感いいよなあ。隣に居るかのようで、たまに聞こえるリアさんの息遣いとか、この絶妙な距離感。マジで凄い」

「分かるなあ。ボクは個人的に———って、秋城クンまさかカリアちゃんに浮気かい?」

「ちちちちちち、違いますけどォ!俺の心には常にうぃんたそ、他のVの配信も見るけど、心には常にうぃんたそですー」

「もちろん、ボクも?」

「いないな!」


『バッサリwwwwwwww』

『勢い良かったなwwwwwww』 

『いないかー』

『セイちどんまい』


「ボクも秋城クンの心の中に入れてよーいいじゃーん、最推しが2人いても問題ないってー」

「セイラ、最の字見たことあるか?最も、って書くんだよ!」


 ぎゃーすぎゃーす。チルれそうでチルれない配信。


『やっぱりチルれないじゃないですかー』

『まあ、この騒がしさが秋セイ』

『熟年夫婦の夫婦喧嘩』

『ヒュー、やってんねえ!』


「はあ、はあ……というか、なんで毎回そんな俺の最推しになりたがるんだよ……。あ、カフェイン飲料飲むぞー」


 ごくり。しゅわしゅわと清涼感のあるカフェイン飲料を口に流し込めば、心なしか言い合った疲労感も軽減される気がして。


「うーん……てえてえ営業したいっていうのが建前なんだけどー……じゃあ、チル配信だしちょっとエモくしてしまおうか」



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