「はい~~~~~」
多分伸びをしているのだろうセイラの声。い~がいい感じに伸びて子供のころ見た女芸人を彷彿とさせる。
「よし、配信終了だよ~、お疲れ様……って今日はそんなに疲れてないよね~」
「はっはっはっ、セイラとの配信は常に気疲れが付きまとうわ!……と言いつつ今日はそんなでも、だな。なんかいいリラックスゲーだったわ、アニマルの森」
「でしょ~~~!今日はできなかったけど、住人のアニマルたちと触れ合うのもいいし、博物館にある程度寄贈したら博物館を見るのも楽しいよ~」
ほうほう。ん?
「キゾウ?」
それは博物館になにがしを送る的な言葉の意味合いであってるのか。俺は世那の言葉を反芻する。
「そう、寄贈。自分で博物館に展示する魚とか虫とかを捕まえてきて飾るの。だから、レアいのは私は先に博物館に寄贈しちゃってるかな~」
それはつまり。
「俺が先ほど捕まえたデメなんちゃら。実は売らない方がよかった疑惑ねーか?」
「……まあ!プレイしてれば1月の間はいっぱい釣れるし?」
間があったぞ、間が。完全に忘れてたなこいつ。
「今度から初めて捕まえた虫やら魚はとりあえず寄贈、覚えとくわ。……あ、そういえば、配信全然関係ないことなんだが、いいか?」
「え、なになに?」
「テスト勉強捗ってるか?」
神妙な声で切り出してみる。俺たちの目前も目前に迫った3年後期期末テスト。これさえ乗り切れば、4年は本当に週に2回大学に行くか行かないかになる大事なテストだ。ちなみに俺は絶賛格闘中だ。
「あ~テストぉ……」
世那の声が弱々しくなる。1年や2年のときみたいに一般教養が入っている訳ではないので、そんなにテスト自体は過密ではないのだが……いかんせん専門科目ばかりで1つのテストが濃密だ。
「て、テスト……勉強、進んでませんんん……」
自白。これは最早自白であった。世那の弱々しい声に俺はやっぱり、みたいな気持ちになる。いや、セイラとしての活動を知っていれば仕方ない、とは思う。思う、ので。
「LEINでいいものを送ってやろう」
俺はそう言うと、一つのファイルを投げる。まあ、これは俺の慈悲というか自分で優しさというのは若干自惚れているようで嫌なのだが。でも、年末のライブでセイラに胸打たれた勢いで「これぐらいなら手を貸してやろう」みたいなノリで作った俺のテスト勉強用ノートから抽出した恐らくテストに出てくるであろうモノたちのリストだ。
「え、隼人、これって……」
「今から全範囲をやるのはキツいだろうし、とりあえず、全体的にローラーして出そうだ、と思ったところのリストだ。漏れはあるかもしれんが、そこは勘弁してくれ」
「は、隼人~~~~え、超マジで感謝!今回こそはマジもう無理かも~~~ってなってたところだった!」
いやいや、うん。もう無理は@ふぉーむ様にも迷惑がかかるからよろしくない。
「そういえば、俺たちがテストシーズンってことは鈴羽もか」
「あー、すーちゃんはお仕事の間に卒論?書いてたよ~」
そつ、ろん……?はっ、そうか。鈴羽は俺達の1個上だから進級できるかどうかの期末テストではなく、卒業できるかどうかの卒論になるのか。わー……ということは。
「え、卒論かきながらVとしての仕事もしてたのか……?」
disではなく純粋に誉め言葉として化物過ぎる。体力、気力ともに並の人間ではない。改めてうぃんたその偉大さに内心拍手をしてしまう。
「あれ、ということは鈴羽はもう卒業後の進路を決めているのか」
「うん~。あ、私もそれなりにはもう決めてるよ~。隼人は?秋城の稼ぎがあれば普通に生活する分には問題ないと思うし、専業VTuber?」
世那の唐突な切り込みに俺はぼんやりと考えてしまう。確かに、1年後には世那への返済も大体終わっているだろうし、このまま炎上なんかもしなければ専業VTuberになっても食ってはいけるだろう。でも。
「企業勢はいいが個人Vはなにか秀でるものがないとキツくないか?それこそイラストが描けたりとか」
結局。配信ができるだけのVTuberなんてごまんといる。その中で生き残るためにはなにか特別なことができないといけない。なにかに秀でてないといけない。そういうものがない俺は少しばかり専業VTuberとなるのは不安があった。かといって兼業、正直両立させる自信がないのも事実で。
「じゃあいっそ、どこかの企業の公式番組に呼ばれるの目指すとかは?バトマスってバトマス公式チャンネルあるって聞いたことあるし!」
「あー、バトtubeか~」
バトtubeに呼ばれるのは基本的に戦績を残したプレイヤーやUtuberなどなど。つまりは、バトマスを強くならなければいけない。
「一介のコピーデッカーじゃ無理だろうなあ」
「こぴー……?」
「俺の今の実力じゃあ呼ばれるのは無理じゃないかってことだな」
そりゃ、毎回新弾が出る度にやいのやいのいう配信をしていたりもするが。結局誰が見ても強いカードを強いというしかできないのが現状で。
「そっかあ。でも、私的には隼人に専業になってほしいと思うんだよね」
「ほう?」
「私は卒業後もセイラを続けるつもり。それこそ、もう光れなくなるまで……もっと具体的に言うなら踊れなくなったり、歌えなくなったりするまでは少なくとも続けようと思ってるんだよね。で、私はその活動の隣に秋城が居て欲しい、って思ってる」
世那のスパッと切り口の綺麗な言葉が俺の胸を切る。まっすぐな、告白にも似た言葉に俺は思わずぽかん、と口を開いてしまった。
「これは企画段階で何も決まってないし、まだマネちゃんにも言ってないんだけどさ。秋城が3Dモデルも手に入れたし、私のライブにもゲスト出演して欲しい、とかも思ってるしね。他にも、色々……秋城とやりたいこと私はいっぱいあるんだよね」
その言葉にいつぞや語った二人羽織りあつあつおでんを思い出してしまう。そう言われると、俺だってやりたいことがたくさんある。いや、具体的に上げろと言われると難しいのだが。なんかとにかく、うぃんたそやセイラとできることをできる限り楽しくやりたい。
「だから、秋城には専業VTuberになってほしい、かな」
別に叫んだわけでも慟哭した訳でもない。それでも、そこには真剣な熱があった。熱くてまっ直ぐな思い。この熱さにあてられて俺は即座にYESを返しそうになる言葉を飲み込んだ。
それは知っているから。新卒というカードの重みを、それを活かせなかったらどうなるか、を。でも、でも。
「……ありがとな、世那」
でも、まだ答えは出せない。
「もうちょいっつーか、時間はねーけど……でも、もう少し考えてみるわ。どうなってもVTuberは諦めたくねーけどな」
真剣な言葉にはこちらも真剣な言葉で。嘘偽りのない俺の言葉に世那は残念そうな唸り声を上げるのだった。
「即答しない辺り慎重~~~!でも、隼人の人生だもんね。悔いが残らないよう、選択してね!」
「おう。その為に真剣に考えるわ。相談、聞いてくれてサンキュな」
「んーん、私は私がこうなってほしい!ってことを言っただけだし。あ、じゃあ、最後にこれだけ!」
「お?」
世那がこほん、と咳払いをする。お、なんだなんだ。
「もし、専業になってそれでも駄目だったら私が養ってあげゆ~~~」
一瞬の間。はー……おいおい。俺は呆れながらもついつい笑ってしまうのだった。
「誰がお前の世話になるか。稼ぎは家族と自分のために使えっての」
「えー、隼人一人増えてもセイラの稼ぎなら揺るがないよ~」
「だろうけどよ」
付き合っても居ないのに一体何を言い出すのかと思えば。呆れと同時に、世那の頭の中ではこの先もずっと俺とつるんでいることになっている事実に暖かなくすぐったさを覚える。
「とりあえず、世那の世話にはならない人生設計を考えるわ」
「えー、いいじゃーん。私に扶養されようよ~」
そんなのダメ人間一直線だ。俺は世那の言葉を聞き流す。だけど、心の中には暖かな気持ちが降り注いで。
「はいはい、今日は此処まで。寝るぞー」
「んんんっ……私は……け……ど」
「なんだ?今マイク遠かったわ」
「なんでもー?じゃあ、おやすみ。隼人」
てろん。おお、なんだなんだ。返事をする前にぶち切られたぞ。えー、そんなに聞き取れなかったの重罪かあー?そんなことを思いながら、俺は数々の開かれたウィンドウを消して、パソコンをシャットダウンしていく。
さてさて。今日も今日とてテスト勉強を詰めていこうと、机の上にレジュメとプリントを広げようとした瞬間であった。
ぐぅぅうううう。
鳴り響く腹の音。これは。
「……先に夜食だな」
別に誰に聞かれたわけでもないが、微妙な気恥ずかしさを覚えながら俺は椅子から立ち上がり、自室を後にするのであった。