アレから10ゲーム弱。もうそろそろ時間もいい時間という頃合い。
「じゃあ、これが最後のゲームなー」
俺がそう宣言すれば、前のゲームで一緒に戦ってくれたお前らが退室して新たにお前ら29人が入ってくる。俺は最早手癖でコースの選択をおまかせにしながら集まったお前らの面々を見て行き———吹いた。
「だいてんしだいしょうり……?え、え、うぃんたそ?」
『モノホンきちゃwwwwww』
『さっきまでの偽物とは大違いだぜ!』
『格の違いを見せつけてやってくだせえ!』
『うぃんたそ~~~~~』
いやいや、2回目……とツッコミそうになりそのツッコミを喉から出る直前で引っ込める。そのツッコミはいけない、うぃんたそのオフアカウントがバレてしまう。
『秋城、今のお前の腕見せてこい!』
『うぃんたそにいいところ見せていこうぜ!』
『秋うぃんでワンツーフィニッシュ』
『秋城1位、うぃんたそ2位』
「いやいや、今の俺の腕じゃうぃんたそに勝つのどころか2位も厳しいわ」
『鈴堂うぃん:え、秋城さんとワンツーフィニッシュしたいなあ』
「……努力させていただきます」
うぃんたそに言われちゃ引き下がれないよなァ!ていうかやっぱり本人かやっぱり本物か。俺は何とも言えない顔で口の中の肉を噛んでいれば、コースが決まる。今度のコースは……。
「ぱっくんきゅうでん。ほお。城、なのか?」
『そう、城』
『秋城だけに?』
『海の中の宮殿やな』
『せやで』
ほうほう、海の中の宮殿なのか。また、さっきとは全然毛色の違うコースだ。
『鈴堂うぃん:じゃあ、秋城さん頑張ろうね!』
「おう、うぃんたそもガチでぶつかってきてくれー」
そんなうぃんたそとの会話をしていれば、あっという間にローディングは終わって。俺はまたカウントダウンの2でAボタンを長押しし……GO!で飛び出した。
まずは先頭集団の後ろの方につけたのでよしとしよう。肝心のうぃんたそは……まだ見える範囲に居る。
俺は気持ち強めにAボタンを押しながら、まずは1個目のアイテムボックスに飛び込んだ。そんなアイテムボックスの中身はといえば。
「コイン⁉え⁉」
『あー』
『先頭近くに居るとあるある』
『順位が上ってことだから』
『はしれ!はしれ!』
無論、アイテムを消費しても俺のコインのカウントが1進むだけだった。
「っていうか、コインってなんだ?100枚集めたら1UPでもするのか?」
そもそもレディゴカート残機制ではない。謎に俺はコインを溜めながらコースを走る。
ゲーム上仕方ないのだが、次のアイテムボックスまではどうしても状況は膠着してしまう、俺は順位の維持に勤めつつ、極力冷静に走る。
「おっ」
そして、待ち望んだ2つ目のアイテムボックス。そのアイテムは。
「お化け!……えーと、アイテム奪ってきてくれるんだったか!」
『そうそう』
『エルサな』
『マジで名前知らないのなw秋城w』
『はよ、出せ』
俺は順位維持をしつつ、お化けを使用し走り続ける。そして、数秒、お化けが持ち帰ってきたアイテムは———リラーであった。
「マジか!ありがてえ!」
そうして、俺はリラーを吐いて4位まで押しあがる。うぃんたそはトップを爆走しているようで、背中はもう見えない。だけれど、確実に、確実にこの最後のラウンドで追い上げられてる。その事実が俺を興奮させた。
2週目を駆け抜け、最終3ラウンド。1個目のアイテムボックスはと言えば、またもやコインであった。
『クソぅwwwwwwww』
『あと1人抜けばええんやぞ、秋城ォ!』
『2位の人空気嫁wwwwww』
『頑張れ————ッ!負けるな!秋城‼‼‼』
視界の端でコメント欄が加速していることを感じながら、俺は必死に前2人についていく。あと、1人、あと1人抜かせればうぃんたそとワンツーフィニッシュ!
そんな熱に浮かされながら、このゲーム最後のアイテムボックスに飛び入る。さて、此処で出るのは———!
「3連きのこ‼‼」
これはついている。というか、これは貰った。俺は勝ちを確信しながら、2位のカートに近づいた好機、アイテムボタンを連打する。
「これでっ、勝ち、だァアアアアア!」
『うぉおぉぉおおおお』
『いけえええええええええぇ!』
『我々の勝利だ!』
『やったのか……⁉』
———だが、その瞬間。黒い弾丸となって、2位のカートが走り出す。
「え」
その黒い弾丸は俺を置いてけぼりにするどころか、1位のうぃんたそを蹴散らし———そのまま、ゴールしていくのであった。
『……え?』
『このタイミングでリラー?』
『マジかwwwwww』
『豪運過ぎねえかwwww』
そして、2位うぃんたそ、3位俺と入賞していく。いや、うん……うん……。
『これは……』
『マジで空気を一切読まない人であった』
『勝負に妥協しなかったともいうが』
『いや、でも、順位的には秋うぃんしてる……?』
これは、酷く。
「あー……なんだ、うん。普通に悔しいわ、これ」
俺の心情はそれに尽きた。うぃんたそとワンツーフィニッシュを取れなかったのも悔しいが……3連きのこで慢心し、勝ちを確信してから舐めさせられる辛酸といえば……平たく言うと台パンをしなかったことを褒められる気がした。
『だろうな』
『勝ちを確信してたもんなあ』
『8割勝ちだった』
『鈴堂うぃん:あー……うん、最後捲られたねえ』
「それな、うぃんたそ。まさかうぃんたそまで引きずり降ろされるとは思ってなかったわ。はーあー……え、マジで悔しいんだが?ほんとに、うわ、じわじわ来てるわ」
俺はその悔しさを床に逃がすようにしっかりと足の裏を床につけながら、両の手で目から額を押さえて最大限揺れて発散する。
「あそこでリラーはマジ持ってるな……1位の読書好きさんマジで、強かった。配信者向いてるぞ。うーわー……」
もうついぞ呻き声しか上がらなくなる。
「カフェイン飲料飲みます……」
気分を切り替えるように、カフェイン飲料缶を一気に煽り、中身を飲み干す。
「おし!」
そうして、缶をそのまま握りつぶし、ゴミ箱にシュートして気を取り直す。
「いや、白熱したな。レディゴカート、まさか最後にあんな捲られ方するとは思ってなかったわ……今日はこれで切り上げるが、また視聴者参加型するつもりだから、今日参加できなかったお前らも次は是非来てくれな~」
『とりあえず、ソフト買ったわ』
『秋城が楽しそうにやるから……』
『ついでにチャンネル登録もしたぞい』
『秋城、初心者限定戦開いてくれへん?』
「初心者限定戦?そんなマッチもできるのか?」
『オンラインマッチのレートを参照する設定があるンゴ』
『1500基準だから、1600ぐらいまで参加可能にすれば丁度よさそう』
『うぃんたそは入れなくなるけど』
『ちなみにうぃんたそのレートは10000』
「うぃんたそレート高ッ……いやまあ、あんだけ強ければレートも高いか。でも、了解した。初心者限定戦考えとくわ」
うぃんたそには悪いが、今回最後のレースはマジで俺が運だけ野郎になっていたのは事実だ。リラーマジで強い。うぃんたそに並び立つのならやはり運だけではなくちゃんと実力をつけなくては。……それならまずは、初心者限定戦で基礎を固めるのが一番いいだろう。
「あとなんか今日やって、こういうのやってほしい!みたいな希望あったりするか?」
『@ふぉーむ杯 秋城参戦』
『@ふぉーむ杯』
『カリア様主催の@ふぉーむ杯』
『最弱王になってほしい』
「おう、@ふぉーむ杯は諦めろー。俺は@ふぉーむ様の外の人間だからな!内部イベントは流石に難しいわ!……まあ、コメント見てる感じ今日の進行でよさそうだな」
『楽しかった』
『普通によかったわ』
『また開いてくり』
『初心者限定戦楽しみにしてるンゴ』
「おう、お前らのその言葉が聞けてよかったわ。じゃあ、そろそろ配信閉めるぞ~。おつしろ~」
『おつしろ~』
『おつしろ』
『乙』
『おつしろ~~~』
「ふー……」
今日の配信終了である。いや、熱かった熱かった。俺は配信がちゃんと切れていることを二重、三重に確認してからヘッドフォンを外し、伸びをする。
「うぉおおお……」
すると、首や背中からバキバキとこぎみのいい音がして。俺が思ってたよりしっかりとゲームに熱中していたことを自覚する。さてさて、これは以前鈴羽から貰った入浴剤の使いどころさんですかね、なんて思いながら立ち上がろうとすれば、LEINの通知が鳴り響いた。
「て、おーい……」
俺はそのメッセージを開けばついつい半笑いになってしまう。メッセージの主は鈴羽。送られてきたメッセージもとい、画像は楪羽のアカウントで1位を取ったときの画面の写真に鈴羽のピースが入っている。
『やっぱり、鈴羽かw』
俺がその一言を送れば、その一言はすぐに既読になり———即座に着信という返答が返ってきた。俺は応答を押して、ヘッドフォンを付けなおす。
「お疲れ様、隼人。視聴者参加型配信とても楽しかったわ」
「おう、お疲れ。サブ垢、本垢での2回降臨は動揺しないのが大変だったわ」
「それはごめんなさい。でも、うぃんのアカウントでやるには甲羅防御を教えるの、あまりにも秋城さんよいしょが過ぎるんだもの」
あ、やっぱりあれ意図的に教えてくれていたのか。アレは本当にありがたかった。あの後も結局散々役に立ったわけで。
「まあ、うぃんたそのアカウントでやっても「また秋うぃんか」で済まされた気もするけどな」
「あと、私が秋城さんと沢山走りたかったのもあるわ」
「……今度はレディカコラボでもする?」
唐突なデレに俺は鈴羽にバレないように心臓を押さえて、極力平静を装った声で問いかける。
「もちろん、秋城さんから誘ってくれたってまた匂わせだってするわ」
うん、嬉しい。このまま天に召されてしまうぐらい嬉しい。
「そ、それにしても最後のレース綺麗に捲られたな。いやー強かった……」
俺はこのままでは鈴羽の前でキモヲタを発症しかねないと自覚し、早々に話題を切り替える。
「そりゃ強いわよ……読書好きさん」
「え、界隈で有名だったりするのか?」
俺はランクマッチに1回も潜ったことはないが、やはり鈴羽みたいな上のランクで戦っている人間の間では有名人みたいなのが居たりするのだろうか。俺は首を傾げながら小型冷蔵庫から水を取り出して、蓋を開けてお水を一口飲む。
「……そうね、@ふぉーむ界隈で有名と言うなら正しいわ」
「レディカつよつよリスナー?」
「……在香よ」
ぶっ。俺のパソコンの画面が俺の吹き出した唾液で汚れる。在香さん、在香さん……。
「リアさん⁉」
「そうよ、在香のオフアカウント。マッチングしたのを見てこれは厳しい戦いになると悟ったわ……」
わわわ……ということは今日の配信リアさんが見てたということは、だ。リアさんどころかアールさんまで見ていた疑惑があるじゃねえか。というか、リアさんに配信者向いてるとか言ったな、言ったな俺???
「し、心臓に悪い……」
「ま、知らなければただのお前らだもの気づかなくても仕方ないわ。ちなみにあるにゃママも居たっぽいわよ」
「はァ⁉マジか‼」
俺は鈴羽の言葉を受けて端末でいそいそとあるにゃママのゆったーのアカウントを覗きに行けば……。
『秋城くんのレディカ配信楽しかった~!無事一緒に走れたよん』
「本当だ……全然気づかなかったわ」
「まあ、ママアカウント名公表してないもの」
それはそう。公表していたら俺が知らないはずがない……は自惚れてる気がするが。でも、それぐらいうぃんたそ周りの情報はかき集めている。
こんな普通の日常配信まで見に来てくれているなんて、本当に俺も俺でなんだかんだ結構愛されてるな、なんて照れてしまう。
「いや、本当に見られてるって凄い嬉しいな……驚きと照れはあるが」
「そうね。本当に日々、見てくれている人に感謝しかないわ。……じゃあ、私はそろそろ」
「お、そうだな。明日も頑張ってくれ、鈴羽」
「ええ、隼人も配信応援してるわ。おやすみなさい」
「おう。おやすみー、鈴羽」
てろん、そんな音と共に通話が切れる。俺はヘッドフォン置きにヘッドフォンを置けば、気分よく立ち上がる。そして、伸びをして肩をぐるぐると回す。
「おし、じゃあ、引き続きテスト勉強だな……」
残念ながらテストが終わるまではこの配信からのテスト勉強のルーチンは崩すことはできないだろう。俺は気合を入れて、レジュメとプリントを机の上に置くのだった。