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第32章 世那の誕生日とセイラの不安ってアリですか?②



 結局あのロングスカートを購入した世那はご満悦だった。機嫌よさそうな世那の後に続いて店を出れば俺は世那に手を差し出す。


「?お手?」


 わん、そう言いながら世那が俺の手の上に手を置く。いやいや、そうじゃなくて。というかそれは要求されてもやるな。


「ちげーよ。荷物持ちの手だ。この後もどうせ店を回るんだろ?」


 俺がそう言えば、世那は荷物と俺の手を見比べてニタァ、と笑うのだ。


「な」


 に、その音は発音されようとして発音されなかった。その理由は、そのまま世那の手が広げられ俺の手と……所謂恋人繋ぎになったせいだ。


「せ、世那⁉」

「なーに?隼人?」


 にやにや、にまにま。俺の言いたいことは分かっているだろうに、世那は楽しそうな笑みを浮かべながら俺を見上げてくるのだ。


「だからこういうのは彼氏を作ってやれと……世那ただでさえモテるだろ……?」


 世那によって手が楽しそうに振り回される。そんな世那が一歩踏み出せば、俺は手というリードによって強制的に進まされるのであった。


「今付き合ってる人いないから問題なし!はっ、もしかして隼人に彼女いたりする?うぃんちゃん一筋の隼人に⁉」


 これは煽って来ていますね。完璧に煽って来ています。


「居たらここに付き合ってねーよ!流石に不誠実過ぎるわ!」

「ははっ、だよねー。隼人はそういうことしないもんねー」


 と言いながら手をにぎにぎと握られる。世那の手はと言えば、すべすべで細くて。万が一気が触れて握り返してしまったら粉々に折れてしまいそうなほどだった。故に、それが怖くて振りほどくこともできずに俺はされるがままにされる。


「ね、隼人」

「んだよ……」


 軽い頭痛のようなモノを覚えながら世那の後をついていく。全く、一体今日の世那はどうしたんだか。テスト終わりでハイにでもなっているのだろうか。


「すーちゃんとは手、握った?」

「…………いやいやいやいや。鈴羽の手なんか握れるわけねーだろ。そんなことしたらセクハラで警察に突き出されちまう」

「ふ、ふーん……ふーん!」


 ????俺は目をはてなにしながら機嫌のいい世那に引きずられていく。今日の世那は特に奇怪だ。




 ということで。超大型ショッピングモールの3分の1を回ったところで小休憩を入れようという話になった。


「賛成、流石に腹も減ったしな」

「隼人がっつり食べたい感じ?」

「いや、これぐらいならなんか適当に摘まめれば……」


 そう言いながら歩く俺たちの前に姿を現したのはコーヒーショップだった。見たことのない名前ではあるが、展示されている食品サンプルのキッシュやサンドイッチは美味しそうでなかなか食欲を刺激される。何より。


「隼人っ、バレンタインフェアだって!」


 漂う濃厚なチョコの匂いは疲労感が若干出てきた俺を誘うには充分であった。


「ここにするか。というか、バレンタインフェア早くね?」

「そう?早いところだと1月の前半からやってるよー」


 そんな会話をしながらメニュー表を見上げていれば、店員のお兄さんが2つの銀紙で作られたハートが入った袋を差し出してくる。


「こちらカップル向けにチョコのお試し配布してまーす。よかったらどうぞ」


(カッ……⁉)


 え、誰……、誰……、誰……俺⁉俺たち⁉なんて某コピペのように思いながら俺は店員さんと世那の顔を交互に見る。ちなみに世那は無邪気にチョコを受け取ろうとしていて。いやいや、いやいやいやいや、いやいやいや……。

 すると、動揺している俺に店員さんがスッ、と顔を寄せてくるのであった。うわ、なんだイケメン。


「美味しかったら、彼女さんに是非おねだりしてくださいね」

「あ、あのっ、ちっ」


 がう。そう言おうとしたところで、世那が言葉を遮るように手を強く握る。ええ……?俺は反論を許されず、気まずい思いの中注文をすることになるのだった。




 注文後。トレーを持った俺と世那は席へ座る。無論、注文をするところとはちょっと離れて。そして、俺は小声で切り出す。


「世那、おいさっきの」

「さっきの?」

「か、カップル向けの……」

「チョコ?」


 世那が一度カバンに収めたチョコレートを取り出して、「はい」、と渡してくる。


「俺たちはカップルじゃないんだから断るべきだと思うなー俺……」

「えー、頭かたっ。いいじゃん、貰えるものは貰っておこうよー。それに傍からはそう見えてるって」

「え?」


 マジで?見えてるの?いや、手を握られてたりはしたが……いや、というか。


「私と隼人がカップルに」


 にぃ、白い綺麗な整った歯を見せて世那が笑う。いやいやいやいや、釣り合わんて。一般モブ大学生と一軍女子じゃ釣り合わん。そもそもだな?俺とカップルに見られるの普通に世那はいいのか?いいのか???俺の思考回路はショート寸前。大きなため息とともに項垂れながらしょぼしょぼと頼んだホットのカフェオレにシュガーを入れて丁寧にかき回す。


「は、隼人……?」

「んだよ」


 もう俺には世那が分からなかった。否、理解するのを諦めた。今日の世那はどこかが可笑しい!


「隼人は嫌?私とカップルに見られるの……」

 控えめに申し訳なさそうな顔で世那が問いかけてくる。そのガチで申し訳なさそうな顔と言ったら、最後まで暴走気味であったのなら「そう言う日、ハッハー↑」とか思えたのに、それを許さなくて。だけど、此処で嬉しいです!って言うのは俺の中で何かが違って。俺は眉間を押さえながら言葉を紡ぎだす。


「女の子なんだから自分を大事にしてくれ……」


 口から出たのは究極的なごまかしの言葉だった。肯定するわけでもなく、否定するわけでもなく。いやだってさ、否定したらそれ凄い世那を傷つけることになるじゃん?それはなんか、後味が悪すぎるというか。でも、肯定はなにか違う気がした。何が違うのかそれは具体的に言えなかったけど、でも、直感できた。それは違う、と。それを肯定するのはなにかとんでもない地雷を踏む行為であると。

 故に俺は誤魔化した。頼む、そこに深く切り込んでこないでくれ、という願いと共に。

 俺はおっかなびっくりカフェオレを飲むふりをして世那の顔をちらり、と見る。


「はー……隼人って本当おじさんみたいなこと言うね」


 唇を尖らせて、世那は期間限定フラペチーノにストローを刺す。そうして、生クリームをぐーりぐり溶かしながら唸る世那に俺は声をかける。


「はっはっはっ、精神年齢49のおっさんであることを忘れないでくれ」

「若いころを2周して49のおじさんは世の49のおじさんに失礼じゃなーい?」

「……それはそう」


 そんな世那との掛け合いの最中に俺は安心する。深く切り込んでこなかった世那に。


「あ、でも、俺だって数年は社会に出ているからな。後進の育成だってやったし」

「ブラック企業で後進の育成って言われてもなー……」


 うぐぐ。中々痛いところを鋭く突いてくる。


「ちゃんとその企業に定着しないと後進を育成し終えたって言えないけどいえりゅ~?」

「言えないっす……」


 だってだってブラック企業。大学を出たばかりの優秀な方々はすぐに気づいて辞めていったさ。

 そんな世那に完封された小競り合いの中、俺達は軽めの昼食を楽しむのであった。



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