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第32章 世那の誕生日とセイラの不安ってアリですか?③



 その後も、世那のちょっとハイテンションな振る舞いに俺は振り回されていた。

 世間からカップルに見られるということはやはりちょっと俺をドギマギさせて。そんな俺を見て楽しそうに世那は笑うのだった。


「でねー」


 楽しそうに笑う世那の横顔を見ながらふと思い出す。

 鈴羽に恋がしてみたい、と語ったこと。

 恋をするってこんな感じなのだろうか、と夢想する。ドギマギして、暖かくて、ちょっとむず痒くて、隣を見ると———。


「隼人?」

「お、おう?」

「もー、聞いてなかったでしょ!」


 世那が頬を膨らませて不機嫌そうに俺を見る。いやはや、言葉の通りです。


「すまん、ちょっとボーッとしてたわ。それにしても、超大型ショッピングモールなんて来るんだったら鈴羽も呼べばよかったな」


 そうしたらきっと、もっと楽しかっただろう。微妙に日常とは言い難い超大型ショッピングモール、道中で見つけた様々なお店は俺に新しい鈴羽の一面を教えてくれたかもしれない。鈴羽はどんな店に立ち寄るのだろう、バトマスとか俺に寄せた趣味じゃなければどんなものが好きなのだろう。うぃんたそとしてなら知っている、でも、俺は鈴羽として改めて知りたい、そう思った。


「そうだ、鈴羽に差し入れでも———」


 そんな言葉を切り出そうとした俺の頬に世那の指が伸びる。そして———優しく俺の頬を引っ張った。


「……すーちゃんの差し入れ。買っていつ渡すの?」


 世那からの真っ当なツッコミ。確かに、今後オフコラボの予定もなければ、特に遊びに行く予定なんかも立てている訳ではなかった。ぐ、でも、近いうちに会おうと思えば会える気もして……でも、具体的には出て来なくて。


「ら、らいげひゅ?」


 頬を引っ張られているせいで微妙に音にならない。俺をじとっとした目で見ながら世那は斜め上を見て少しの沈黙。そして、俺の頬から指を放して言うのだった。


「だったら日持ちするものじゃなきゃね。多分、すーちゃんの分かっているスケジュールだけでも、2月まで厳しいだろうし」

「お、おう。でも、日持ちするってどんなだ?お菓子とかだと厳しいよな……」

「無難なのは紅茶とかどう?もしすーちゃんの好みじゃなくてもすーちゃんの家の誰かが消費してくれるだろうし」


 ほうほう、俺にない選択肢過ぎて誰が提案したか丸わかりな点を除けば完璧な気がする。


「このショッピングモール紅茶の店なんてあったか?」

「あるよー、試飲もさせてもらえるから隼人が美味しいって思ったのを送ってあげれば?」

「紅茶初心者の俺の舌で選んでいいのか……」


 残念ながら俺は紅茶と言えば午前の紅茶ぐらいしか飲まないし、午前の紅茶もミルクティーぐらいしか手に取らないので本当に紅茶には疎い。


「私が教えてあげゆ~って言っても私も季節ものに釣られてばかりだからなあ。あ、でも、店員さんは細かくレクチャーしてくれるよ」

「紅茶にも季節ものがあるのか?」


 世那と会話をしながらショッピングモール内を歩く。


「あるよ~、果物の紅茶とかは季節感強いかな?今の時期だと……苺が終わって桜の紅茶が始まるころ、のはず」

「桜の紅茶……」


 知らない概念がひたすら出てき過ぎて、俺はスペースキャットみたいな顔をしながらなんとか世那の話についていくのだった。


「ほら、紅茶って味だけじゃなくて香りも楽しむものだから。季節の花なんかも入ってたりするよ~」

「ほ、ほう……?」


 全然分からん。分からないだけれど、俺なりに選んでみようとは思えた。俺が気に入ったものが鈴羽が喜んでくれるとは限らないが。なんだかんだでいつもさりげない贈り物を鈴羽からは貰ってばかりだからな。

 そんなこんなで紅茶店。店の壁面一面には紅茶の茶葉が入った瓶が所狭しと並んでいて。まるで紅茶の博物館のような装いに俺は気圧される。


「種類多くね……?」

「これでも小規模店舗だよ。凄いところはもっとすごいし」


 マジか。俺は世那の言葉に驚きながら、恐る恐る茶葉の置かれた棚に近づく。瓶の蓋には紅茶の説明文が書かれていて。


「ほお……えーと……」


『神秘的な香りの中に芯の通ったスパイスの香りが漂います。さっぱりとしたい気分の時におすすめ』


 おう、俺じゃ全く臭いの想像がつかん。俺は難しい顔をしながら茶葉たちと向かい合っていく。だけど、読めども読めども理解はできなくて。茶葉を選んでいるというより、説明文を読んでいるという状態が続く。

 世那はと言えば、期間限定品のコーナーをじっくり見ていた。これは助力は請えなさそうだ。


「お客様、試飲はいかがでしょうか?」


 そう、困り果てて棚を眺めていると店員さんに声をかけられる。店員さんの手には小さなトレー。その上に小さな紙コップに入った紅茶が置かれていた。


「あ、ありがとうございます」


 俺は店員さんから手渡された紙コップの中を見る。


「青?」


 それは透き通った綺麗な青色をしていた。海の色というよりかは空の色———その色は鈴羽の瞳を思い出させた。


「こちら当店オリジナルブレンドの紅茶となっております。香りは柑橘系で爽やかだけどどこか甘い雰囲気を感じさせ、味はしっかりとした印象を残してくれるディンブラになっております」


 そうにこり、と笑う店員さん。その言葉の通り、上気してくる湯気からはさっぱりとした、でもその奥に甘さを感じさせる匂いが漂ってくる。俺はその匂いをひとしきり感じ、ふーふー、と紅茶を少し冷ましてからわずかな量を口に含む。

 味はと言えば、甘いわけではない。甘いわけではないのに、何故か甘みを感じて。俺は首を捻りながらもう一口。うん、分からん。餅は餅屋、分からないことは店員さんに聞くのが一番だ。


「あの、この青い紅茶なんですが……」

「はい、アイオライトですね」


 ほうほう、名前はアイオライトというのか。


「砂糖か何かが入ってるんですか?味が甘いわけではないのに、甘みを感じて……」


 うん、我ながら訳の分からない質問だ。だけど、店員さんは上品に微笑みながら俺の質問に答えてくれるのであった。


「いえ、お砂糖は入っておりません。こちらのアイオライトにははちみつが入っているのです。柑橘系の匂いに隠れてしまっているかもしれませんが、仄かにはちみつの香りがしませんか?」


 そう問われて再び匂いを嗅いでみる。……あ。


「なんか……奥の方に甘い匂いが……」

「それがはちみつの香りです。時に、アイオライトの石言葉をご存じですか?」

「い、石?」


 唐突な質問に俺はついつい固まってしまう。え、何故今石?ん?アイオライトって紅茶の名前じゃないの?


「この紅茶の名前、アイオライトは青い宝石の名前なのです。石言葉は目標に向かって正しい方向に前進。しっかりとした味で正しい方向に前進し続ける、そんな紅茶になっております」

「ほえー……」


 残念ながらかっこいい切り返しなんかできずに、俺は紅茶と店員さんを交互に見ることしかできなかった。


「他に何か気になる茶葉などありましたか?」

「あ、いえ……もう少し店内を見てもいいですか?」

「ええ、ごゆっくり」


 そう言って店員さんが去っていく。ふむふむ……確かにあの青い紅茶は美味しかった。砂糖を入れてないのに甘いのも手軽に飲めていいだろうし、その、これを言うのは大変きざったらしいのだが鈴羽の瞳の色のようで綺麗だった。それに加えて名前の由来……これはかなり鈴羽に合っているように思えた。


(だけどな……)


 これで決め打ちするのも少し勿体ない気がして。そんなことを考えていると、背後から声をかけられる。


「隼人ー、決まった?」

「いんや、まだ悩んでるな……」


 振り返ればこの店の紙袋を手にしっかりと持った世那が立っていた。


「お、世那はなに買ったんだ?」

「季節の紅茶~、白桃と桜のブレンドでね。桃の味がじゅわあ、ってしたあとに桜の香りが抜けるとても美味しい紅茶だったよ~」


 ほうほう。それもそれで美味しそうだ。


「で、隼人の方は?候補ぐらいは決まったんでしょ?」

「候補っつっても1ついいな、っていうのが見つかったぐらいでな。まだ、他のも吟味すべきか悩んでるんだよな……」

「えー、でもそういうのって結局一番目の候補が一番良かったりするよ?」


 なるほど、世那の言うことも一理ある。実際、それまでどれもピンとこなくて決められなかったのだ。


「ちなみにどういうの?どういうの?」

「えーと……アイオライト、って名前だったかな。青い紅茶で」

「あ、あれ美味しいよね~。はちみつのおかげで甘いのに、カロリー全然なくて‼罪悪感なく飲めて超ラッキーみたいな紅茶。色も超綺麗だしさ」

「そうそう、鈴羽の目の色みたいなんだよな」


 俺的にはそこが一番気に入っていた。鈴羽の綺麗で鮮やかな青い瞳。その色が俺を惹きつけた。


「しかも、名前の由来の石の言葉が鈴羽にぴったりなんだよな。目標に向かって前進、みたいな。すんげー、鈴羽にぴったりの紅茶だと思って」


 俺が小さな紙コップの中に残った紅茶の中から視線を世那に戻せば———、どこか虚ろな表情を浮かべる世那。


「世那?」

「えっ……あ、ごめん、ちょっとボーッとしてた。なに?」

「紅茶の名前の由来の石が鈴羽にぴったりだと思った、って話だな。まあ、これは伝えなくてもいいな。純粋に作業のお供とかに飲んでほしいし」


 これは期待だ。期待なんて俺が勝手に思っているだけなのだから、それは鈴羽に伝えるべきじゃない。重荷になってしまうからだ。俺は俺の気持ちに蓋をして気分をし切りなおす。


「じゃあ、俺は会計に行ってくるわ。世那は店内見てるか?」


 俺がそう問いかけると、世那が頬をぷくーっと膨らませて見上げてくる。


「せ、世那……?」

「私には?」

「え」

「わ・た・し・に・は?」


 ワタシニハ、わたしには、私には?え、ええ……。


「え、世那もなんか欲しいのか?欲しい紅茶は自分で買ったんだろ?」

「目の前であんなに真剣に選ばれれば誰だっていいなーって思うよ!そ、それに、私ほら、もうすぐ誕生日じゃん?だからー、なんか隼人に選んで欲しいな、って」


 1人で表情をころころと変える世那の瞳が潤む。その姿はまるで懇願だった。その世那のワンチャン通ればいいや、みたいな姿勢ではないそこはかとない本気のお願いを感じ取れば俺は小さく息を吐きだすのだった。


「ったく……誕生日プレゼントが欲しいなら最初に言えって」


 優しく世那の額を人差し指で突く。


「それなら、鈴羽のついでじゃなくてちゃんと選ぶっつの。そもそも紅茶からかも考え直したいしな」

「え、え?」

「今日世那に渡すならもうちょっと選択肢広く選べるだろ。そうと決まれば、ショッピングモール内巡るぞ~。……と、その前にとりあえず、鈴羽への紅茶買ってくるわ」

「え、そ、そんなに真剣に選んでくれるの⁉」


 世那が頬を赤らめながら俺の洋服の袖を掴む。何を当然のことを言っているんだか。


「1年に1回の特別な贈り物だろ?だったら真剣に選ばなきゃ失礼じゃねーか。鈴羽のついで、じゃなくて世那へのプレゼントをな」


 世那の表情がぱぁあああ、と輝いていく。その輝きはと言えば、セイラの時に漂わせているエフェクトにも負けないぐらいにキラキラとしていて。そうして、世那は頬を緩めてにへーと笑いながら言うのだ。


「超、期待してる!」



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