目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第32章 世那の誕生日とセイラの不安ってアリですか?④


 ということで。


「世那の誕生日プレゼント探しな訳だが」


 俺は限定ラッピングの施された鈴羽へのプレゼントの紅茶の紙袋を持ちながら、口を開く。


「なんかこう、希望はあるか?完全に俺視点で選んでいいのか、それとも世那も一緒に選びたい、とか」

「んー、隼人視点で選んで欲しい、かなあ。隼人が思うプレゼントを隼人の解釈を添えて欲しい~~~」

「は?解釈?」


 え、なんだそれは。


「え、さっきすーちゃんの紅茶には滅茶苦茶解釈添えてたじゃん~~~ああいうの私は凄く嬉しい派だから!だから、いっぱい私のこと考えて欲しいな、って」


 なるほど。


「えー、つまりそれを送った理由も一緒に教えて欲しい、ってことでOK?」

「OK」


 世那が親指をグッ、と立てる。サムズアップ。ふむふむ、本人の前でアレいうの中々ハードル高いぞぉ。

 俺達は歩きながら様々な店を見ていく。ファンシーな小物ショップからちょっとお高そうなジュエリー店、ちょっとお高めな輸入スーパー、色々なところを練り歩いて何店舗目か。入ったのは洋風な雰囲気の漂う陶器の店であった。そこで一際目を惹いたのは、群青色のティーセットだった。そのティーセット全体が表現するのは、夜空に描かれた満天の星空。その様子が昨年のセイラの誕生日ライブの様子を彷彿とさせた。暗闇の中に光る、沢山のペンライト、その中に一際輝くセイラという星。このティーセットの中にセイラを見出すなら、やはりティーポットの蓋のつまみ部分に煌々と輝く一番大きな星だろう。

 そこまで考えて、俺はうんうん、と頷いて様々な角度からそのティーセットの入った箱を見つめる。お、これはなかなか我ながらいいセンスなんじゃないだろうか。世那も紅茶飲むって言ってたしな。

 俺はカトラリーなんかをゆったり見ている世那を横目に、その箱を抱えてお会計に向かうのだった。

 そして、世那と合流。


「え、え。~~~~隼人なんか持ってる~~~!」


 俺は世那の前でドヤ顔を晒しながら口を開く。


「俺的にはこれ以上ないぐらい、世那に合うものを選んだつもりだ。正直これでダメだったら俺はもう駄目かもしれん」

「いやいや、駄目だしはしないけどー……!でも、さっきからずっと悩んでくれてたから。こう、期待値が凄い上がっちゃう……!」


 嬉しそうに小刻みに上下に揺れる世那。これは陶器店だからこの程度のリアクションになっているだけで、これが割れ物だらけの店じゃなかったらもっとオーバーに喜んでくれているんだろうな、という確信が持てるぐらいだった。

 正直、此処まで喜んでくれるとは思わなくて。此処まで期待して、喜んでくれるのなら送った方も本望と言わざるを得ないだろう。いや、まだ渡してすらいないが。


「で、選んだ理由だっけ?」

「あ、待って!……どこか座れるところで、開けながら聞きたいなー?」


 そんな長話ではないんだが。でも、まあ、大分あれから歩いて疲れたし店に入るのはアリかもしれん。


「じゃあ、ちょっと早めの夕飯にするか。世那なんか食いたいもんあるか?」

「あ、あるある!」


 そうして歩き出す世那に俺はおとなしくついていくのであった。




「ここ~~~!」


 世那の後についてきてやってきたのは、洋風のレストランであった。見た目は高級そうなのだが、店の前に置かれたメニュー表は1000円~1500円ぐらいが主立っていて。うん、リーズナブル。


「また、お洒落な……」

「でも、そんな気取ったお店じゃないよ。チェーン店だし」


 世の中まだまだ知らないことがたくさんあるな。そんな気分になりながら、世那に先導されて店の中に入っていく。店の中はそこそこ盛況しているが、スムーズに店員さんが案内してくれて。俺たちは席に座って、各々メニュー表を見だすのであった。


「この店はパスタが美味しい店、なのか……?」


 パスタが前面に押し出されたメニュー表を見ながら首を傾げる。


「パスタも美味しいけど、ドリアとかガッツリ系も美味しいよ~。私はパスタと紅茶のセットにするつもり~」


 ほうほう。俺は腹も減ったしがっつり食べたい気がする。となると、ドリア、ハンバーグ、……ラザニアなんてのもあるのか。俺は自分の口と心で何が食べたいのかを模索しながら、セットの紅茶一覧を見る……が、此処は正直分からないので、ロイヤルミルクティー一択だ。


「よし、決めた」

「りょ、じゃあ、店員さん呼ぶね~」


 そうして、世那が手慣れた様子で机の上に置いてあるベルを鳴らす。すると、すぐさま店員さんが来てくれて。世那は「カニトマトクリ―ムのパスタとストレートティー」。俺は「ラザニアとロイヤルミルクティー」を頼んだのだった。


「で」


 店員さんが立ち去ったところで、世那がまるで餌を待ちきれない犬のように期待に満ち満ちた目で俺を見てくる。

 俺も今回は自信があるため、その瞳に応えるように少し大きめの紙袋を取り出すのであった。

 そうして、俺は立ち上がり、世那の横に立つ。


「ちと早いが、誕生日おめでとう」


 その言葉と共に世那に紙袋を差し出すのであった。色々蛇足をつけてしまいそうになる自分を律しながら、世那を見れば世那は本当に心の奥底から嬉しそうに頬を緩めている。


「ありがと、隼人」


 その言葉と共に世那は紙袋を受け取る。そうして、俺は席に戻り、紙袋の中身を丁寧に取り出す世那を見る。……こういう解釈っていつ伝えるべきだろうか。

 俺はそんなことを悩みながら、嬉しそうに箱を開封していく世那を見つめる。うん、今ではないな。今言うのはネタバレくさい。

 そうして、世那がプレゼント本体の箱をついに開ける。


「わ……ティーセット?」


 お、此処か?此処か?此処でいいんだよな?そんな戸惑いの中俺は口を開いた。


「世那が紅茶を飲むって言ってたからな。だから、ティーセットなんだが……」

「うん」

「えー……去年の誕生日ライブ覚えてるか?」

「もち、大事な思い出だもん」


 段々自分の解釈を語るのが恥ずかしくなってくる。でも、これは世那が聞きたいと望んだし、俺も自信満々の解釈だ、だから、恥ずかしがることなんてない。俺は自分を落ち着けるように深呼吸をしてから、もう一回口を開く。


「あの、最後のユラメキの。暗転からペンライトが一つずつ灯っていく様子をそのティーセットを見て思い出してな。あ、ティーポットの蓋のつまみ部分のでかい星がセイラで。……えーと、つまり、そのティーセットに世那の活躍を見出したんだが……」


 此処まで言って急に不安になって来てしまう。だけど、俺の不安に反して世那は目を潤ませながらそのティーポットを優しく撫でるのであった。


「隼人、去年のライブ見てくれてたんだ」

「え、もちろん。なんだったら1年目の時からライブはちゃんと見てるぞ」


 俺がそう言えば、世那は目をぱちくりさせて言うのだ。


「え、1年目の時から?」

「ああ。だって、VTuberヲタだしな?」


 俺がそう言うと世那は大事そうにティーポットを見つめながらいうのだ。


「ね、ねえ!隼人!」

「お、なんだなんだ」


 もしかして、解釈への文句か?それなら甘んじて受け入れよう、そんな気持ちで顔を上げれば、世那は不安そうな顔をしていた。


「世那?」

「毎年のことなんだからいい加減慣れろ、って話なんだけどね。私、一年に一回の大きなライブの前で緊張しててさ……」


 世那は何度も何度も視線を逃がしながら、でも、迷ったように俺を見て、口をもごもごとさせる。そんならしくない世那。


「ソロライブじゃないけど、自分が主役って凄い未だにドキドキしちゃってさ」


 それはそうだろう。配信だから観客は目の前に居ない、だけれど、パソコン越しに何万人、下手したら何十万人が見ているのだ。緊張しない方が難しい、というか俺だったら緊張しないなんて無理だ。


「隼人、もう一個、もう一個だけ誕生日プレゼントに———この日だけ、私の誕生日だけでいいから、セイラを推して、セイラを応援して欲しい、の……」


 それは願いだった。俺は同時に思い出す、セイラの配信開始口上。


〝星よ煌めけ!ボクが届けるみんなの願い星!星羅セイラ!〟


 みんなの願いを背負った星、その星が願ったのだ。一日だけでいい、推してほしい、と。そして、同時に俺の中でカチッ、と何かがハマった気がした。自棄にハイテンションだった世那、今日一日暴走気味だったのは、その裏に不安があったからだ、と。その不安を誤魔化そうとして、ハイテンションに、過ごそうとしたのではないか、と。いや、あくまで俺の解釈、俺の想像に過ぎないのだが。

 でも、そんな人間らしい星が希うなら叶えないのは酷ではないだろうか。

 いや、そもそもだ。あれ、俺この話したようなしてない気が……いや、それでも、これは真っ直ぐに伝えていいことだろう。


「世那」

「うん」

「……俺さ、普段最推しはうぃんたそで最推しはうぃんたそ以外いねーって言うけど。セイラのことも推してるぞ?推しは一人っていうルールもねぇしな」


 だから。


「だから、まあ……ライブの日は始めから終わりまでちゃんと赤いペンライトを振り続けるわ。だから、安心して頑張ってくれ」


 俺の言葉に世那の全ての動きが止まる。そして、次の瞬間———。


「は、隼人ぉ……」


 ボロッ、と世那の大きな瞳から大量に零れだす世那の涙。俺は突如の世那の涙に困惑してしまう。


「お、お、どうした⁉ティッシュ⁉いや、ハンカチか……!」


 俺が鞄をガサゴソと漁っていれば、世那が泣きながら「大丈夫」と零すのであった。そうして、世那は自分のハンカチをコートのポケットから出して涙を拭う。


「ありがどぉ……いつも隼人、口を開くとうぃんちゃんうぃんちゃんだから、セイラのことなんて眼中にないんだと思ってたから……」


 流石の俺もそこまで冷たくはないぞ?なんだったら、@ふぉーむの中ではセイラは見ている方だし、チャンネル登録だってちゃんとしている。オフのアカウントで。


「いやまあ、うぃんたそ最推しなのはそうなんだが……そこはグッズ量とかの差で嘘はつけないんだが……でも。でも、セイラのことだって推してないわけじゃないし、@ふぉーむって箱の中なら割と上の方食い込むぐらい俺はセイラ好きだぞ?だから、ライブすんげー期待してるから」


 ふ、と思い出す初心。推しへの応援はしっかりと伝えるべし。


「だから、頑張れ。世那」


 俺のその言葉に、今度こそダムが決壊したかのように泣き始める世那だった。目の前で困惑する俺を添えて。




「ごめん、あまりにも衝撃的すぎて滅茶苦茶泣いた……」


 その後、時間にして5分ぐらいではあるのだが、落ち着いてきた世那と俺の前にお互いに頼んでいた紅茶が到着した。

 それに口を付けての世那の一言がそれだった。


「いや、……なんつーか、俺達は気軽に楽しんでるけど、ライブやってる側はかなり背負い込んでやってるんだな、って思ったっつーか……ちゃんと、1ライブ1ライブVTuberさんに感謝しようと思えたわ」


 セイラにうぃんたそに、リアさんにアールさんに、全てのライブを行ってくれるVTuberさんに感謝だ。


「だね。なんだかんだ、みんな頑張ってるし、頑張ってないVTuberはいないからね」


 そうして世那がティーセットを大事そうに仕舞い始める。本当に大事そうなものを触る手つきに世那のお眼鏡にかなったっことを感じてホッ、とする。

 俺も目の前に置かれたミルクティーに砂糖を入れて飲み始める。うん、美味い。


「はー……なんか、ずっと胸の中が落ち着かなかったのが落ち着いたかも。ちょっと落ち着かなかったせいで今日のテストもミスしちゃって……」

「え、それは大丈夫じゃなくないか?」

「あ、ううん。すぐ気づいて修正したから。提出間際に見返してよかったよー……学籍番号書き忘れてたことに」


 ひぇっ。一歩間違ったら単位1ロスじゃねえか。俺は思わず我が事のように震えあがってしまう。

 すると、世那はそんな俺を見上げて歯を見せて笑うのだった。


「隼人、赤いペンライト振るって忘れないでね」


 笑うけど、真剣で。俺からすればたかだかペンライトの色、だけど、世那からすれば俺が赤いペンライトを振ることがとてつもない大事なことなのだろう。だから、俺は真っ直ぐに返すだけだ。


「おう、ちゃんと約束は守るぜ?」


 俺のその言葉に世那は満足そうに破顔するのであった。





 あのテスト最終日から数日。その週の金曜日。絵面は正直俺がパソコンに向かってペンライトを振っているだけなので割愛させてもらうが……セイラの生誕祭ライブは年々パワーアップしている例に漏れず今年もとても派手なものになった。

 一番最初は客席の掴みもいい、何度擦ってもいい、ユラメキ。そこから今年の流行りのアニソンやJ-POPが入って、他の@ふぉーむ様のメンバーとのコラボ曲。その最中、俺は思い至ってスーパーチャットの画面を開く。

 あまり多くの言葉はいらないだろう。あの日、伝えるべきことは伝えたはずだ。なので、ここはシンプルに。


『秋城:誕生日おめでとう!セイラ! 10000円』


 そんなスーパーチャットを送ってから、俺はまた赤いペンライト(6刀流)を振り始めるのだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?