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第33章-2人のバースディ編-

第33章 囁き声に尊死ってアリですか?

「うぉぉぉぉぉおおおおお……」


 俺は今、絶賛泣き崩れていた。パソコンの画面には「鈴堂うぃんバースデイライブ!見ていただき、ありがとうございました!」という画面が表示されている。


「よがっだ……よがっだ……今年もこの瞬間を迎えられて本当に良かった。いや、マジなにがよかったってあえて最初にメンバーコラボを持ってきて徐々にメンバーが減っていって、最後に2人きりの誕生日だよ、っていう演出凄いよかった。これだけで俺はもう信者になってよかったって言える、もう本当うぃんたそ神過ぎひん……?」


 長文ヲタク構文を配信をやっている訳でもないのに、乱射し続ける俺。もううぃんたそのバースデイライブ、いいところをいくら語っても足りないぐらいだ。もちろん、スーパーチャットも送りました。

 俺はバースデイライブの名残りのライトブルーのペンライトを持ちながら、ゆったーにひたすら限界ヲタク構文を書き込んでいく。

 もうよかった。本当に良かった。……だが、ここでスクショは上げない。ひたすら、うぃんたそのバースデイライブのURLを添付し続けるのだ。こうすることでうぃんたそのバースデイライブの再生数が回る。そういう算段だ。

 俺はひとしきり現実でも、ゆったーでも喚きたいだけ喚いて、泣いて腫れに腫れた目を落ち着けるために、使い捨てのホットアイマクスを開封する。そして、そのアイマスクを装着。


「ういー……」


 そうすると、ガチガチに力の入っていた体も脱力していって。それでも最後の瞼の裏に暗闇の中信者(俺)もしくは視聴者(俺)に甘えるように寄りかかるうぃんたその光景が焼き付いて。


「あー……うぃんたそ推しててよかった……」


 そんな幸福感の中、瞳を閉じればそのまま意識が無重力空間に投げ出される感覚。

 お、これは寝る———そんなことを思ったのと同時だった。


(あれ、うぃんたその誕生日ってことは……)


 ガバッ、俺は勢いよく体を起こす。そして、まだ、絶賛ホカホカの熱を持ったアイマスクをずらして俺は恐る恐る端末を触り始める。


「……もしかして、鈴羽も誕生日……?」


 VTuberの誕生日には2種類ある。その日がVTuberをやっている中の人というべきか内なる魂というべきか、まあ平たく言うと演者の誕生日と同一の場合。もう一つは完全にVTuberの誕生日と演者の誕生日を分けている場合。

 後者ならなんら問題はないのだが……同一だった場合。俺は鈴羽の誕生日を完全にスルーしたことになる。そ、それはなんか嫌だ。なんかそれ凄く俺冷たい人じゃん???あんだけ、推しとか言っておいて鈴羽当人の誕生日を忘れるとかとてつもなく非情な人じゃないか。俺は端末をぽちぽちと弄って、鈴羽の誕生日がどこかに書かれているんじゃないか、という一縷の希望を持ちながらネットの海を彷徨うが———……残念。どこにも書かれていない。

 俺はしおしおと萎れながら、恐る恐る鈴羽の個人LEINを開く。今すぐはきっと@ふぉーむ様の中で何かをやっているだろうから確認は難しいだろうが、書き置きしておけば見た時に返事をくれるだろう。さて、問題はなんて書くか。……でもこう言うのって言葉を重ねれば重ねるだけ言い訳感が増してしまう気がして。俺はおとなしく、一言だけ綴るのであった。


『今日もしかして、ガチ誕生日、だったり……?』


 これが俺の限界だった。そして、俺はその日は早々に自室のベッドに潜り込むのだった。どんな返答が来るにしろ怖すぎるからな!





「ぎゃあああああああああああッ!」


 翌朝。俺は朝、端末を触って悲鳴を上げることになった。別に端末に何かがあったわけではない、普通に鈴羽から返事が来ていたのだ。そう、悲鳴を上げたくなるような返事が。


『そうよ』


 その一言は寝ぼけた俺の頭をしっかりと覚醒させた。俺はぼさぼさの寝ぐせのついた頭のまま、ベッドの上に胡坐をかいて考える。

 ちなみに、返事は日付が変わって少し経ったぐらいに来ていた。その時間まで拘束されていたのだろう、本当にお疲れ様だ。

 うん、というかどうしよう。今から超速達便で何かを送るべきだろうか。でも、それってそれで済まそうとしている感じが出てそれもそれでなんか嫌だなあ……。

 俺は唸った。ベッドの上で、胡坐をかきながら、必死に考えた。


「うーん……この間買った紅茶はちげーよぉお……」


 こうもっと純粋に渡したい。知らなかったとはいえ、誕生日プレゼントの穴埋めにはしたくなかった。そうして、考えること十数分。俺は、素直に言うことにした。


『すみません、誕生日知りませんでした……』

『誕生日祝いたいんだが、何か希望あったら教えてくれないか?』


 すみません、これが俺にできる今の最高パフォーマンスです。いやだって、此処で嘘ついても仕方ねーじゃん、ああ、でも、これでよかったのか。

 俺は端末をベッドの上に置いてもだもだと悩む。一回、送信を取り消ししたほうがいいのではないか、そんなことまで悩み始めた時、ポッ、とメッセージの横に既読の文字がついた。


「っ……これで取り消しはできなくなったな……」


 鈴羽が見たのだ。ええい、もうなにを言われても受け入れるしかねえ!うぃんたその誕生日を知っていて、鈴羽に一回も聞かなかった、俺が!悪い!

 そんな心持ちで端末をじっと見ていれば鈴羽から新しいメッセージが届くのであった。


『別に気にしなくても構わないわよ』

『もう誕生日ではしゃぐ歳でもないもの』


 ……おっとな~。ちょっとホッ、とした半面少しその文面は寂しかった。これは俺のエゴかもしれないが、鈴羽の誕生日を祝いたい。いや、もちろん、鈴羽に喜んでもらいたいが一番にくるのだが。うーん。

 俺は忘れてた(知らなかった?)分際というのを一回忘却して文字を綴る。


『それじゃ俺が寂しいわ』

『あ、いや、欲しいモノがなくてーとかならメシとかでもいいし……』

『とにかく、俺に鈴羽を祝わせてほしい』


 そんなことを真面目に綴る。そのメッセージは即既読となり。ということはちょっと待てば即返事が来るだろう。

 俺は、心臓をどきどきとさせながら端末を見続ける。そして、数分。しゅぽっ、という音と共にメッセージを受信する。


『じゃあ、今日暇だったら突発コラボはどうかしら?』


 俺はそんな鈴羽からのメッセージに即レスする。


『暇です!よろしくお願いします!』

『なんで敬語なのよ』


 猫が楽しげに笑うスタンプが送られてくる。そして、文字の打ち込み中の表記がされて。


『時間は15時から、私の枠で構わないかしら?』

『問題ないな。なにかやりたいことみたいなのは決まっていたりするのか?』

『もちろん』


 ドヤ顔の猫スタンプ。うん、こういうところの端々が可愛くて、心臓がぎゅっ、となってしまう。いや、可愛い。


『題して、「うぃんたそバースデイライブアフターお茶会」よ』


 うぃんたそバースデイライブ、アフターお茶会……。


『それってつまり、昨日のライブの振り返り配信ってことか?』

『そうね……振り返り3割、雑談7割ってところかしら』


 ふむふむ。なるほど。俺はうぃんたそのOK!スタンプを鈴羽に送る。


『まあ、いつも通りの雑談配信に来ると思ってもらって構わないわ』


 そこまで鈴羽と話して思う。


『なあ、鈴羽俺から提案いいか?』

『なにかしら?』

『どうせなら、わたあめでライブの感想を募集してそれ見ながら振り返りするのはどうだ?』


 俺のそんな提案。ヲタクは語りたい、できれば推しに見られたい(もしくは絶対に見られたくないか)。そんなヲタクがVTuber本人が感想募集してるとか知ったら絶対に送りたくならないか?……俺だったら送りたいね!ということで、どうせライブの振り返りをするならヲタクも巻き込んでいこうぜ!の提案だ。


『検閲の都合で、14時までにある程度の個数が集まったら……になるわね。でも、良い提案だわ。ちょっとその方向で調整してみるわね』


 あ、忘れてた。そうだ、@ふぉーむ様の検閲が必要だった。これは余計なことをしてしまったか、という反面一度吐いた唾は呑み込めないので……。


『頼んだ。じゃあ、また午後に』

『ええ、また後で』


 そのまま進行してあとで謝ろう。それが一番きれいな気がする。





 ということで。


「悪い、鈴羽。なんか仕事増やしたよな……?」

「何言ってるのよ。配信をよくしたいっていういい提案じゃない」


 マジで鈴羽様。お心が広い。本当に感謝しかない。俺はパソコン前で鈴羽に対して拝み倒しながら、頭を下げる。

 集まったのは配信15分前。そこから大まかな音量調整なんかをして、画面レイアウトをして、今の会話に至る。


「いや、うっかり検閲が必要なことを忘れてたんだよな……」

「まあ、忘れるわよ。たまに、社内でも検閲忘れて、配信が強制終了させられることあるもの」


 あ、その切り抜き見たことある気がする。でも、うん、社内の人間でも忘れることあるのか、ちょっと安心した。


「今回はちゃんと検閲済みだから安心して頂戴。きっちり秋城さんにはお茶会、付き合ってもらうんだから」

「おう。あ、それはそれとして……誕生日プレゼントではないんだが、鈴羽に紅茶の差し入れを買ったら今度渡すわ」

「え、……隼人が選んだのかしら?」


 鈴羽の驚きの声。それはそう。俺が紅茶なんて飲んでる姿、まず想像がつかないだろう。


「提案は世那なんだが。選んだのは俺だな。鈴羽に似合いそうな紅茶を選んだから、作業のお供にでもしてくれ」

「受け取れるのを楽しみにしているわ。紅茶で似合う、っていうのが少し謎だけど」


 それは確かに。普通に勧めるなら美味しいから、とかだもんな。


「鮮やかな青の紅茶でな。鈴羽を思い出させたんだ」


 これ以上を語るのはちょっと恥ずかしい気がして。頬をぽりぽりと掻きながら、目を逸らす。


「あ、もちろん味も美味しかったぞ。ディンブラ、みたいな茶葉の名前だったはず……」

「ディンブラで青い紅茶……聞いたことがないわね」

「オリジナルブレンドだって言ってたからな」

「そういうことね。……さて、そろそろ配信開始ね。準備はいい?秋城さん!」


 グラデーションのように鈴羽の声からうぃんたその声になる。俺は相変わらず可愛い推しの声に溶かされそうになりながら答えるのだった。


「おう!」



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