問題と言うものは常に突然降ってくる。いや、うん、予測できてる問題は問題じゃないというか、それは課題だからだ。故に、問題が起きるのはいつも突然で、前触れがなくて。だから、俺や色んな人は頭を抱えるんだろ?
当然その日も、俺は問題なんて起きるはずもなく順風満帆、今日もいつも通りVTuberとして配信をして一日を終えてやるぜ!そんな気概で居た、そんなある日。
その日は母さん(現在の母、以下略)が珍しく仕事が休みで。春休み真っ最中の俺は前日の配信が夜中まで長引いたこともあり、ちょっと遅い時間に目を覚まして、リビングに居る母さんと顔を合わせることになった。別段、親子仲が悪かったりするわけではない。むしろいい方だと思う。それでも、母さんは結構ドライな性格で用がなければ特段声をかけてきたりはしない。なので、こちらも自由奔放にやらせてもらっている訳だが。そんな、母さんが。
「隼人」
俺の名前を呼んだ。つまりは、俺に用事がある訳で。
「……ん?なんぞ?」
俺はうぃんたその絵柄のマグカップにカフェオレのスティックを開封して中の粉を入れ、その中にお湯を入れながら返答をする。
「この後用事とかある?もしなかったら、ちょっと母さんと二者面談しましょう」
「うぇ……?」
え、なんで?……ちなみに母親がこの「二者面談」という言葉を使うときは大概がかなり真剣な話だ。つまり、なんか分からんが詰められる可能性がある訳で。俺は内心ビビり散らかしながらマグカップを持って食卓につく。
「用事はないが……え、なんか俺やった?」
「いや、やってない。やってないから問題なのよ」
「ええええ……?」
なんだ、なんなんだ。俺は身構えながらカフェオレにちびちび口を付ける。だるっと伸びたスウェットの袖にカフェオレの温かさが移ってぬくい。
そんなぬくもりを手に感じながら、考える。え、なにかやり忘れてること?なんだなんだ……?
そんなことを考えていると、食卓の丁度俺の目の前に母さんが腰を下ろす。
「隼人、就活、進んでる?」
………………あ。
母さんの鶴の一声は的確に俺が忘れ去っていた……いや、考えないように現実逃避していた現実を思い起こさせた。
「え、えーと……はい……全然……」
此処で立ち回りの上手い人間なら嘘をついて、あとで帳尻を合わせるのだろうが。そういうことは母さんには、いや、身内にはしたくなくて。だから、ありのまま言おう。
「全然、進んでません……」
俺の気まずそうな声に母さんの盛大なため息。俺はいたたまれない気持ちになりながら、落ち着きなくカフェオレで袖を暖める。
「とりあえず、今後の展望があったら聞かせてくれる?」
「展望……」
展望、つまりは見通し。今後の見通し。残念ながらそれは俺の中で霧の中だった。俺は目を閉じたり眉を寄せたりしながら、悩む。
今後の展望はなくとも今俺が抱えてる悩みは俺の親である母さんには共有すべきだろう。だが、共有するということはVTuberをやっているということを暴露しなきゃいけない訳で。それは、ちょっと恥ずかしい……恥ずかしいが恥ずかしいとか言っている場合でもなくて。俺がどう言ったものかうんうん、悩んでいれば母さんがもう一度口を開く。
「ちなみにだけれど、卒業後も我が家にいる予定なら食費3万、その他身の回りの世話代3万は入れてもらうわよ」
それはまあ、当然っちゃ当然で。いつまでも親の脛齧ってんなよ!ってことで。
「それは、ちゃんと入れます……」
「で、今後の展望は?」
う、うーん。母さんも父さんも多分だけど、VTuberをやってるって言っても「へー」で終わるだろう。基本的に子供のやることを囃し立てたりする人間ではない。でも、改めて言うのは恥ずかしい。そう、恥ずかしい。これは俺の気分の問題なのだ。んで、気分の問題と自覚したところで俺はカフェオレを啜る。……気分の問題で母さんたちからの信用を失うのは大変よろしくない。つまりは、ちゃんと言わなきゃいけない。
そう、覚悟を決めた俺は口を開く。
「その、ちょっとびっくり話になるかもしれないんだが……」
「大丈夫。隼人の突拍子のなさはいつものことだもの」
うぇーい、いやな信頼だぜ!
「俺今悩んでて……母さんってVTuberって知ってる?」
「流石に知ってるわよ。セイラちゃんとかでしょ?」
おお、流石世間認知度の高いセイラ。
「その、俺もVTuberをやってて」
「へー」
あ、うん、本当にその反応なんだ。いやまあ、下手に囃し立てられたり、根掘り葉掘りされるより全然いいんだけど。
「結構ファンがついてて、収益も安定してるんだが」
「え、隼人にファン?」
「そうそう、チャンネル登録者数も100万人超えてて」
俺の言葉を受けて母さんがなにやら端末を弄り始める。そして、沈黙すること数十秒。
「100万って凄い数字なのね……普通の人じゃたどり着けないみたいに書かれてるのを今見たわ」
俺はうんうん、と頷く。母さんのこういうところは素直に好きだった。分からないところはしっかりと自分で調べる。偏見とか色眼鏡で情報を見たりしない、なかなか言うのは簡単だけどできないことだ。
「隼人は、VTuberで生きていきたいの?」
当然の質問。俺はその質問に右手を上げる。
「そこなんだよな。悩んでるの。正直、今のままならVTuberとしてしばらくはやっていくこともできるとは思う。……だけど、VTuberにガン振りして生きるってことは新卒カードを捨てることになるんだよな、って」
俺の問題提起に母さんの顔色がよくなくなる。それはそうだ。今の日本社会において新卒カードを捨てることの意味はかなり重い。しかも、VTuberという未来に就職するに置いても経歴としてカウントされるか怪しい活動だ。その反応は親として当然だ。
「その、VTuberって仕事をしながらできたりしないの?セイラちゃんみたいにテレビに出ている訳じゃないんでしょう?」
うんうん、それな。できたらいいんだが、活動をするなら俺は手を抜きたくない。でも、仕事の方も本気でやらねばならないだろう。結局どっちつかずになる未来がうっすら見えてるんだよな。
「俺はそれは難しいと思ってる。落としどころを悩んでるって言ってもいいかもしれない」
俺のそんな正直な声に母さんは困ったような表情を浮かべてから、1回大きな深呼吸をした。そして、息を吐きだして俺をまっすぐ見据える。
「隼人の未来なのだから、隼人のしたいようにすればいいと思う。でも、その上で親としての意見を聞いてくれるかしら?」
「もちろん」
俺の言葉に母さんはほっ、としたような表情を浮かべながらもう一回表情を引き締めなおす。
「親として、親として言うなら新卒っていう1回しか使えない資格を最大限使って履歴書にちゃんと経歴として書けるところに就職して欲しい。大手とか言わない、ただ、安定して衣食住に困らない進路にして欲しい」
うん、それは理解できる。俺はそれで1回失敗したからこそ、新卒カードの重みを知っているからこそ、今回の人生では失敗したくなかった。
「転職しても構わないし、VTuberで儲かってFIREをしても構わない。だけど、一度社会に出る、ひいては会社に所属するってことをしてみて欲しいの」
母さんの言葉からは親心が滲み出ていて。一度は社会に出てみて欲しい、社会の厳しさを知ってほしい、そういうことだろう。社会を知っているのと知らないのではその後の人生観に大きな落差が生まれる。俺は社会の厳しさを知っているから、今なお悩んでいるのだが……前世の話は母さんにしたところで、今日のうちに精神科に連れていかれるのが関の山だ。
「母さんから言えるのはそれだけ。一度は社会に出てみるべき、井の中の蛙にならないように。……未来で就職先を選べるように」
母さんの意見は真っ当だ。親としては当然の論理、子供の未来を極力選べるものにしようという優しさ。二度目の人生、この人の子供でよかった、ということを心の奥底から噛みしめながら俺はゆっくり頷く。
「分かった。母さんの言葉も加味してちゃんとこの先どうするか考える。もし、VTuberを続けることになったら、ちゃんと母さんが納得できる展望を持ってくるよ」
それが俺にできる精一杯の返答だった。
「ま、隼人なら最後にはそつなく纏めるって信じてるわ。隼人は昔からそうだから」
それは2週目チートってやつなのですが。まあ、いいか。
母さんとの会話はそれでお開きになった。まあ、なんというか。どこまで行っても人生何周目になってもきっと毎回悩む問題だよな、進路って。でも、いつも俺がやることなすこと見守ってくれている母さんがこうして忠告をしてくるってことはそろそろ本気で焦らねば不味いかもしれない。
なるべく早く、両親を安心させるためにもそろそろこの問題に終止符を打たなくてはいけない。
(でもなー……)
難しい、本当に難しい。ただ、焦りだけが累積していく。
(……よし、とりあえず)
だが、こういう時は案ずるより産むが易し。考えるより行動だ。