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第35章 秋城が企業所属ってアリですか?②


 ということで。翌日。俺は春休み真っただ中の大学に登校していた。残念ながら世那や友人たちに会うわけではない。

 そう、今日は母さんとの会話を受けて一回真面目に就職活動専門の人たちに相談してみようと、昨日のうちに就職支援センターの予約を取り登校して、今に至る。

 就職支援センターには去年の4月から7月ごろまでお世話になっていたが、VTuber活動を再開して以降めっきり来なくなっていた。担当の人に顔忘れられただろうな~ちょっと寂しいな~そんな思いで入口に立っていれば、カウンター越しに就職支援センターの職員さんと目が合う。すると、女性が近づいてきてくれる。


「本日ご予約ですか?」

「あ、はい。日向ひなたさんに13時で……」

「かしこまりました。では、4番ブースでお待ちください」




「はっはっはっ、高山くん就職ほっぽり投げたと思ってたよ~!」


 豪快な笑い声。俺はいたたまれない気持ちと忘れられてない安心感を抱きながら、苦笑を浮かべる。ほっぽり投げた、確かにそう思われても仕方ないかもしれないぐらいには期間が空いてしまっていた。


「で、流石に不味いと思ってきた感じ?」

「不味い、というか。ちょっと真剣に相談に乗ってほしくて、って感じですかね。もちろん、就活……というか進路についてです」


 俺のその真剣な声に、日向さんは眼鏡を光らせる。

 日向さんはこの大学内就職支援センターの支援員の1人だ。豪快なザ・漢って感じではあるが、支援がきめ細やかでどんな夢物語にも可能性を見出してくれる……というのは本人談。でも、実際日向さんはこうして期間が空いた俺にも嫌な顔せず接してくれているので実際いい人なのだろう。


「真剣に、ってことは進路の目途は立った感じかな?それともまだふわふわしてる?」


 早速日向さんがヒアリングシートを書くようにだろう胸ポケットからボールペンを取り出して聞いてくる。


「えーと、……その、笑わないで聞いてほしいんですけど……」

「ええ?大丈夫、高山くんがボケたりしないなら笑わないさ」


 そんな日向さんの声に押されて俺は母さんに話したことと大体同じことを話し始める。VTuberをやっていること、収益は安定していること、その上で社会に出なければいけない、と悩んでいること。なんとか両立する就職の仕方がないか、なんて。

 日向さんは適度に相槌を打ちながら真剣に話を聞いてくれる。俺の顔をしっかり見て。多分、俺が本気で言っているのかノリで言っているのかを見ているのだろう。

 そうして、俺が話を終えれば日向さんは悩んだように声を上げるのだった。


「VTuberかぁ!前例がないね!」


 そりゃもうはっきり言われた。でも、嘘をつかれるより余程いい。


「だけど、似たような話はたまに登ってくるかな。えーとちょっと待ってね」


 日向さんがボールペンを机の上に置いて、机の右端に置かれたノートパソコンを触り始める。そして、数分。


「よし、じゃあ現実的な話をしようか。えーと、夢を諦めて就職した人の話は一旦脇に置いておいて……夢、つまり高山くんにとってのVTuberを追い続けた人の5年後と10年後の追跡調査があるからそこの話なんだけど……予後はかなり悪い」


 空気が、一転する。それは日向さんの喋りの雰囲気もあるし、俺の言葉の受け取り方もあると思う。だけど、空気がずしり、と三段階ぐらい重くなる。


「多くの人がフリーターや無職になっている。もちろん、3%以下だけど今もそれで生計を立ててる人もいるね。でも、……例えば、大学に在籍する数年間、その間に所謂万バズしてこれで食べていける~なんて思った人も5年以内にフリーターなんかになっているよ」


 俺は日向さんから突きつけられる現実を飲み込むように唾を飲む。


「まあ、でも高山くんの場合は夢だけを追いかけたい、とかふわふわしたことを言っているだけじゃないからね。だから、怖い話は短めにするよ。で、実際VTuberってどれぐらい活動時間が求められるの?」

「実質配信してるのは少なくて1時間、多いと青天井なんですけど……他にもサムネイルを作ったり、ショート動画を作ったり……放送外の作業時間は1日3時間ぐらいは確保したい、と思ってます」


 俺の言葉に日向さんはうんうん、と頷く。


「配信1時間に作業3時間……最低値4時間だと思うと17時あがりの仕事に着けばいけると思うけど……うーん、それを確約してくれる大手や地方公務員は今からだと厳しいしな……」


 それはそうだ。地方公務員は公務員試験を受けなければならないし、大手はそもそも去年からのインターンを受けていなければ無駄足もいいところだ。うーん、これは去年の俺がVTuberの活動を優先したツケですね。


「でも、最低値4時間なだけで全然4時間を超えることもあるんだよね?」

「ありますね。本当にやろうと思えば青天井なので……」

「うーん……これは活動時間を5時間に見積もった方がいいな……あ、通勤時間も加味しなくちゃ」


 そうして日向さんがキーボードを叩いてはマウスのホイールをころころと回す。何を見ているかは分からないが、きっと求人などを見てくれているのであろう。俺はちょっぴりの緊張の中日向さんの行動を見守る。そうして、待つこと数分。日向さんは自分の頭をぺしっと叩いた。


「ないね!求人が!」

「っスよね……」


 明るく告げられるとんでも宣告に俺は思わず目を逸らしてしまう。うん、でも、ないと思ってた。両方をいい感じに両立するってやっぱり難しいんだろうな。やっぱりVTuberを続けるには活動量を落とすしかないのか。だけど、それは求められてる、本気の秋城って言えるのだろうか。

 視聴者はきっと「プラベ優先で!」とか言ってくれるだろう。でも、きっと目に見えて反響は少なからず落ちていくだろう。それが、俺は怖い。うぃんたそとセイラとせっかく立ち並ぶためのスタートラインに立ったのに。スタートですっ転ぶしかないのか、俺は。

 そう、俺が眉根を寄せて黙りこくっていると、日向さんが口を開く。


「高山くん、高山くんはさVTuberをなにがなんでも続けたいんだね?」


 そんな日向さんの声に顔を上げた瞬間だった。ガチリ、と火打石と火打ち金がぶつかったような音がした気がした。それぐらいの勢いでまっすぐ日向さんの視線と俺の視線がぶつかる。まっすぐ、まっすぐで今この場で誰よりも真剣な視線が。その熱量に気圧されそうになる。だけれど———。


(いや、ここで気圧されちゃいけない)


 これは、俺の覚悟と本気度を問われているのだ。多分、日向さんの立場なら「そんなもの諦めて、今から就活頑張ろう」っていうのがきっと正しい。でも、それをしないのは俺が本気でVTuber活動に取り組んでいるって言うのが伝わっているから。それなら、俺が此処で気圧されるわけにはいかない。


「続けたいです。仕事と両立するためなら」


 なんだって、投げ打てます。そんな言葉を吐こうとして、口が止まる。俺は投げ打った先になにがあるのか知っている、知っているからその言葉だけは吐いてはいけない。VTuberも仕事も人生の上にあるのだから。


「いや……なんでも、は投げ打てません。でも、どっちも本気で打ち込みたいです」


 俺のそんな言葉にパチパチパチ、と日向さんが手を打つ。


「偉い。なんでも投げ打つなんてそんな軽はずみなことを言おうとするなら俺は高山くんを止めようと思ってたけど……君はちゃんと領分を分かってるんだね」


 そして、手を止めて日向さんが肩を下ろす。


「高山くん、VTuberって色んな素性の人が居るんだよね?所謂、オフで会ったりする友達っている?」

「え、あ、はい。居ます、そんなに多くはないですが……」


 咄嗟に思い浮かぶ、鈴羽と世那の顔。


「じゃあ、餅は餅屋だ。どんな仕事で両立しているか、もしくは、どうやってVTuberで生計を立てているか、を聞いてみるのはどうかな?」


 日向さんがうんうん、と唸りながら再度口を開く。


「高山くんは新卒カードを切らないという選択肢を重く見ているようだけど、新卒カードを使って就職しても1、2カ月で辞めちゃうなら使ってないのと変わらないしね。それなら経歴書にちゃんと何年こういうことをやってきました、って書ける選択肢を取った方が俺はいいと思う」


 なるほど。確かに、指摘されて思うが俺は少々新卒カードにとらわれ過ぎていたきらいがある。確かに両立しようと試みて両方ぐだぐだになるよりかは経歴書に書ける「これをやってきた!」がある方がいい気がする。


「……もし、聞いてみても答えが出なかったら極力条件のいいところで就職活動、挑んでみよう。多分そうしないと、高山くんは納得できないし、きっと後悔を抱えるだろうからね」


 そんな就職支援センターの人間とは思えない言葉に俺はぽかん、としてからハッ、と現実に意識を戻す。


「分かりました。とりあえず、ツテを手繰ってみます」

「うん、もしいい案が見つかっても是非俺を頼ってくれよ?面接の練習や履歴書の書き方なんかも指導できるから」


 そんな風にニッ、と笑う日向さんは本当に気のいい兄貴分のようで。俺は1個やることが見つかった安心感に気持ち寄り掛かる。


「分かりました。その際はよろしくお願いします」

「ああ、じゃあ今日はこの辺で大丈夫?なんか他にもあったりする?」

「いや、今日は大丈夫です」

「じゃあ、また。高山くんの進路が決まることを祈ってるよ」

「いい話持ってこれるように頑張ります」


 そうして、2人で立ち上がりお辞儀をして今日の面談は終了となった。なんとなく上向いた気持ちで帰り道を歩きながら考える。

 俺の相談できる先は大きく二つ。鈴羽か世那か。もしかしたら、浅葱なんかも話を聞いてくれるかもしれないが……なんとなく先に聞くなら鈴羽か世那な気がして。


(んー……でも、世那はな……)


 同い年だし、まだ進路も仮決定だ。いや、9割正式決定に近い、仮決定なのだが。

 そうなってくると、選択肢は鈴羽一択になってくる。


(ま、それにタイミングもいいか)


 今日の夜、うぃんたそとのコラボの約束がある。その配信後にでも切り出してみようではないか。



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