「「おつしろ~~~‼」」
『おつしろ~!』
『おつしろ!』
『おつうぃん~!』
『乙』
配信が今日も無事終わる。俺は配信が切れていることを再三確認してから、声を出す。
「配信終了だ、お疲れ様。鈴羽」
「ええ、今日もお疲れ様。ちょっと水飲むわね」
「おう、あ、俺も」
そうして、俺はミニ冷蔵庫から水を取り出し、水を一口飲む。酷使した喉に冷たい水が沁みて心地がいい。そんな余韻を感じながら背もたれに深く腰をかける。
「戻ったわ」
「おう。あ、あー……鈴羽」
「なにかしら?」
俺の脳内の中には様々な言葉がぐるぐると回っていた。ドストレートなのから言い訳ぐだぐだなのまで。そして、そんな中俺の口から飛び出たのは———。
「俺の進路相談に乗ってくらひゃい!」
……なんか、噛んだ気がしますね。気だけです、きっと噛んでません。
「……噛んだわね」
「はい……」
嘘です、噛みました。そろそろこの噛み癖矯正しないと不味くないか?絶対に、絶対に、面接やらで噛み噛みになるのが目に見えている。そんな未来の心配が尻尾を追う柴犬のように回る。
「それで……進路相談?」
「あ、ああ。ちょっと就職支援センターとかも頼ったんだが、同業者に一回話を聞いた方がいいって言われて……」
俺の言葉のあと僅かな沈黙。そして、端末を叩く音がちょっと聞こえて。
「大事な進路相談ね。そういうことなら今日じゃなくていいかしら?ちゃんとしっかり話をしたいわ」
「ああ。俺は春休みで暇だから鈴羽の都合のいい日をしてくれ」
「そう、それなら———」
そんなこんなの週末。鈴羽の指定は土曜日の13時、場所は初めて会った個室喫茶店だった。きっと、俺のプライバシーを尊重してくれたのだろう。
今は集合時間20分前、駅から出た俺は懐かしい道のりを歩いていく。
そして道中ふと思う。思えば、ずいぶん遠くまで来たものだ。鈴羽と初対面の時はこんなに仲良くなれるなんて思っても居なかった。
(これからも仲良くしてえな)
そのためにも、今日しっかり鈴羽に相談して何かを得なきゃならない。これからも、鈴羽の、いや、鈴堂うぃんの横にいるために。
そうして、歩いていけば相変わらず見た目が地味な喫茶店に辿り着く。外から見た見た目は地味だが、中があの高級空間なんだよな、と思うと俺を少し緊張させた。俺ははは、と声を漏らしてから咳払いをして気を引き締めなおす。そうして、店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ、お名前をお願いします」
「鈴堂です」
「かしこまりました、どうぞ」
そうして店員さん先導で店内を歩いていく。相変わらず高そうな店内装飾を破壊だけはしまい、と気持ち廊下の中央を歩く。そして、店員さんが扉の前で立ち止まり、ノックをして扉越しに声をかける。
「お連れ様がいらっしゃいました」
「どうぞ」
鈴羽の凛とした返答に店員さんが扉を開ける。俺は店員さんにお辞儀をしながら、個室の中に入っていく。
「今日は俺が先だと思ってたんだがな……」
俺が個室に入れば、「ごゆっくり」と静かに扉が閉められた。そんな店員さんを気にも留めずに鈴羽は俺の方を見て微笑むのだった。
「たまたまよ。私が遅いときもあったでしょう?」
「秋葉原の時ぐらいじゃね?それでも」
「そうかしら?まあ、とにかく座ったら?」
「だな」
俺が鈴羽の対面に荷物を下ろしてから腰をかければ、鈴羽が注文ページを開いた端末を差し出してくれる。
「とりあえず、サンドイッチとスコーンは注文に入れてあるからあとは隼人が追加したいものを追加して頂戴」
「じゃあ、俺は飲み物ぐらいだな」
俺はホットコーヒーを注文に入れて鈴羽に端末を返せば、鈴羽がたぷたぷと操作して端末をスリープさせて机の上に置く。
「それで……進路相談、って言ってたけれど……」
鈴羽が神妙な面持ちで俺の顔を見る。あ、これは。
「あ、いや、鈴羽。安心してくれ、秋城を辞めるとかそう言う話じゃない。むしろ、秋城を続けていくための相談だ」
「……ひとまず安心したわ」
鈴羽が右手で胸を撫でおろす。いやまあ、確かに進路相談と言われるとそう言う方向に行く可能性もあるよな。
「紛らわしくてすまん。……さて、どこから話すか」
「どこからでも構わないわ。なにが聞きたいのかしら?力になれるといいのだけれど」
「今日来てもらってる時点で十分なれてるな。……それはそれとして」
俺は日向さんとの会話を縮小して鈴羽に伝える。その中で、鈴羽の声も普段よりさらに落ち着いたものになっていることから本当に真面目に聞いてくれているのだということを知る。会話の途中、先ほど頼んだ軽食とホットコーヒーと紅茶が運ばれてきて、店員が立ち去ったところで鈴羽が口を開いた。
「まず、そうね。……私が大学を卒業して専業になったのは察しがつくと思うわ。だから、大部分は私の体験した話じゃなくて聞き齧った話になる。それだけは念を押しておくわね」
「ああ、それは全然大丈夫だ」
そう言う話も込みで聞きに来たからな。
「そう、じゃあ、私の身の周りでVTuber業と仕事を両立している人の職業となると……圧倒的にクリエイターが多いわ」
鈴羽が自分の紅茶にミルクや砂糖を入れ始める。
「イラストレーター、3Dモデラー、ロゴデザイナー、小説家なんかも居るわね。作業配信なんかも需要あるものだし……やっぱり自分で時間を自由に動かせるのがVTuber業と噛み合いがいいのかもしれないわね」
俺は自分の端末のメモ欄に書き起こしていく。なるほど、自分で時間を自由に動かせる職業と相性がいい。
「あまりVTuberを大手とかで区切るものではないと私は思っているのだけれど、それでも所謂登録者数の多い大手と言われるVTuberで普通の企業勤めの人はなかなか少ないと思うわ。普通の企業勤めのVTuberで大手なのはその企業の広告系VTuberが多い印象ね」
ふむふむ。企業の広告系VTuberはちょっと厳しい……というか、そういうのって内部でデザインから始まるからそもそももう始まっている秋城では務まらないだろう。
「そうか……クリエイターな……」
俺は右ひじをついて下あごを手で覆う。正直、俺にクリエイティブな才能があるとは思えなくて。美術だって大した成績ではなかったし、国語も人並みだ。デザインだって今から独学はちょっと厳しいだろう。
「厳しい、って表情に書いてあるわね」
「そら……クリエイターって積み重ねた時間が大事だろ?俺にはなんの下地も正直なくてな……」
「そんなことないわよ」
「今はお世辞は」
「隼人のクリエイティブな才能、あるわ」
「ええ?」
鈴羽がまっすぐな瞳でこちらを見ながら断言してくる。それはお世辞でもなんでもなく、事実を指摘している瞳で。俺はついつい困惑しながらホットコーヒーで口の中を潤す。
「それとも、なにも考えずに作っているのかしら?サムネイルを」
「あ」
鈴羽の声に俺は思わず鈴羽を指さしてしまい、それをいそいそと引っ込める。あ、ああ、なるほど?確かに、サムネイル作りもクリエイティブな活動と言えばクリエイティブな活動だ。
「秋城が作るサムネイル、それだけで集客は見込めるとは思うし、収入源のうちの1つにはなると思うけれど……」
「確かに、それも選択肢に入るな。VTuber兼サムネイル職人か……」
そこで脳裏によぎる履歴書の経歴欄。うん、これも択としてはありだが、経歴には書けない。うーん。
「だけど、経歴に書けないよなあ」
「そうかしら?VTuberも登録者数100万いっているし、実際に自分で作ったサムネイルで視聴数伸ばしているのだから、見る人が見れば立派な経歴よ」
「でも、それって履歴書見る人次第ってことだろぉう……?」
右手に下あごを埋めてうぐぐぐ、と唸る。うぐぅ、なんて可愛いものではない、ぐ1個につき俺が下降していくぐらい重みのあるものだ。そんな俺を見て鈴羽は紅茶に口を付けてから、サンドイッチを手に取りその小さな口でサンドイッチを食べ始める。その相変わらず小さい一口が可愛くて、俺の視線はついつい鈴羽に釘付けにされてしまう。……が、鈴羽と目が合い、咄嗟に逸らす小心者の俺。
「……でも、履歴書の経歴欄なんて全部が全部見る人次第じゃないかしら?まともな会社勤めの経歴があったとしても、ね」
それはそう。そこで頭をよぎる、前世の務めていた会社の人事部の人たちの言葉。結局まともな会社に勤めていたとしても一定以上の規模じゃないと経歴としてカウントしなかったり、ポジションが事務だと認めないっていう人までいるのは知ってる。
「だなぁ……」
人の解釈次第。主語が大きいかもしれないが、多分それはこの世界自体に言えて。優しい解釈をしてくれる人も居れば鬼のように全てにケチをつけてくる人もいる。そして、その母数は分からない。運が良ければ、常にいい解釈をされるかもしれないし、もしかしたらこれからずっと悪い解釈のされ方をされ続けるかもしれない。
「……結局、俺がなにができるって言い張れるかが勝負ってところか……」
手に職。結局のところそれに勝るものはない。俺は一回大きなため息をついてから気を取り直すようにサンドイッチに手を伸ばす。
「そうね。そして、それは分かりやすければ分かりやすいほどいいわ」
そうして、鈴羽はサンドイッチの最後の一口を食べて微笑むのだ。
「少なくとも登録者数100万人のVTuberは分かりやすいわね。これだけで、配信ができる、って実績があるって言えるもの」
つまり、書こうと思えば秋城のことも経歴に書けなくはない、そういうことか。
「確かに、事前にVTuberです!って名乗っていくなら仕事も配慮してもらいやすいのか……?でも、配信者が欲しい企業ってなんの仕事だ?」
テレビ局だろうか、いや、広報が欲しい企業だったらすべての企業に芽があるのか?なんか一気に可能性が広がった気がする、気がするけどそれっぽく見えるだけの可能性もある。そう、俺が忙しく頭を動かしていると鈴羽が口を開いた。
「ねえ、隼人は秋城を続けたい、絶対にやめたくない、だけど、1回は企業に勤めておくべきだ、と思ってるのよね」
「あ、ああ……」
「なら、1回VTuber事務所のオーディションを受けてみるのはどうかしら?」
「オーディション⁉」
オーディション、それは主に個人勢から企業勢になりたかったり、そもそもVTuberをやっている訳ではないがVTuberになりたい人が競い合う場だ。でも、それは。
「いや、でも、オーディションって受かったらその企業の新しいVTuberになるってことだろ?秋城を続けることは難しい、よな?」
「普通の人なら、ね。でも、登録者数100万人のチャンネルを破棄させるほどその手の事務所も馬鹿じゃないと思うわ。ちゃんと交渉をすれば企業勢・秋城になれるんじゃないかしら?」
なる、ほど。なるほど、なるほど。俺の、俺の体の内側がぞわぞわと熱くなってくる。四肢の先まで熱が通って、まるで、新しい可能性に出会った時のように心がワクワクしてくる。
「企業勢・秋城……」
きっと企業勢になれば、案件なんかも増えるだろう、そしたらできること、やれることも拡張されていく。個人勢だとここいらが正直限界だった、でも、企業勢なら。企業勢ならもっと、もっと、やれることが増える。俺はその可能性に心躍らせていた。
「それに企業勢になれば、隼人のお母さんにも言うこともできるし、立派な経歴にもなるわ」
つまり、パーフェクト。俺の意思もしっかり反映される選択肢と言う訳だ。俺は喉を震わせながら、サンドイッチを一つ手に取りぱくぱくと消費していく。一つ、また、一つ。そして、皿を空にして俺はその言葉を吐いた。
「企業勢・秋城やってやろうじゃねーか!」
それはそれとして。
「企業な……最近熱いと聞くのはConp@s社とかだよな、あとはリーブ社、えるっと社なんかも……」
「……?あら、@ふぉーむでいいじゃない」
…………へ?俺の時間が停止し、俺が思わず無様な顔を晒していると鈴羽が追撃を送る様に言葉を並べる。
「1回内部の様子も見ているし、メールでスタッフともやりとりしているでしょ?それに知り合いが多いのはメンタル的に悪くないと思うのだけれど」
そそそそそ、それはそうなんだけど。そうなんだけれど。
「……うぃんたそ目当てと思われて落とされる、とか……」
「なくはない話ね」
苦笑の色を浮かべる鈴羽。
「だけど。それはきっとないわ」
そうして空になったサンドイッチの皿に手を伸ばそうとして、空になったことに気づいたのか鈴羽は隣のスコーンの皿に手を伸ばす。
「隼人が秋城を続けるために、企業を受けに来ましたって真剣に話したら……少なくともうちの社長は真っ向から受け止めてくれると思うわ」
白いバターのようなクリームをスコーンに塗りたくりながら鈴羽が言う。
「少なくとも、うちの社長に関しては私が保証できるわ」
そうして、白いバターが塗りたくられたスコーンの上にたっぷりのいちごジャムを乗せたスコーンに鈴羽がかぶりつく。唇にジャムつけてるのが普段の鈴羽より幼さを感じさせられて。そうして、鈴羽は紙ナプキンで口元を拭ってスコーンをもぐもぐと咀嚼し、飲み込んでから口を開いた。
「それに、……これは私の意見なのだけれど」
「?鈴羽の?」
「ええ……私は思うわ、隼人が、いえ、秋城が来た@ふぉーむは絶対に楽しくなるって。具体的になにかを思い描いている訳ではないけれど、きっと、きっと楽しい。だから」
鈴羽が言葉を区切る。
「@ふぉーむのオーディション、受けて欲しい」
鈴の鳴る音のように透き通る声。その声は、しんとした部屋によく響いた。鈴羽の深い青色の瞳と俺の瞳がぶつかる。だけど、さっきみたいに逸らす気になれなくて。だけど、呆然と鈴羽の姿を見ながらも頭はぐるぐると回って。でも、頭の大部分は鈴羽が俺を切望しているという情報に占拠されて。
正直、@ふぉーむ以上のVTuber事務所なんてあとはもう老舗というかレジェンドな感じの事務所しかない。しかも、男性VTuberを募集してくれてるとなると数がグッ、と少なくなる。つまり。
「いや、此処で決めねえのは男じゃねえな……」
俺のぼやきに鈴羽が期待をするように口元に弧を描く。
「……おしっ、ぜってー、合格してやる!@ふぉーむ様のオーディション!」
パチパチパチ、満足げな表情を浮かべた鈴羽の小さな拍手が部屋中に鳴り響くのだった。