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【第二十七話】忙殺

 時間が足りない。

 ボクはシャンタルを救えないのなら、彼女が死ぬまでゆっくりと彼女と過ごし、彼女が亡くなった後、ボクも後を追うつもりでいた。


 だけど、彼女が、シャンタルがそんなことを許してくれる訳はない。

 シャンタルは優しいが厳しい。


 自分が死んだ後も、ちゃんと仕事を続けれるように彼女はボクが仕事を休むのを極端に嫌がったし、私の後を追って来たら許さない、と脅されもした。

 彼女に嫌がられたらボクは仕事を休むことなどできないし、後を追いかけることもできない。

 何もかも、彼女にはお見通しだ。

 それでも、彼女の世話だけは何よりも優先した。

 それだけはボクも譲ることが出来ない。


 彼女はボクに、彼女がいなくなった後も、生き続けることを望んでいる。

 シャンタルのいない未来に何の意味があるのかわからないが、それが彼女の望みであるならば、ボクはそれを叶えなければならない。

 それだけがボクの使命だから。

 彼女の願いを少しでも多く叶えてあげたいから。


 ふと疲れた脳を休ませるために窓から外を見る。

 窓から、猫の額ほどの庭が見える。

 それでも、本当に狭い庭だけれども、この辺りで庭を持つことはかなりの贅沢なことだ。

 まあ、デッドスペースを庭と言い張っているだけだが。

 ただボクはその小さな庭を放置してしまっていた。

 シャンタルがそれを見つけて勝手に家庭菜園をはじめていて、色々な野菜が小振りながらにも取れたものだった。

 その小さな庭も今はすべての作物が枯れ荒れ放題になっている。

 可哀そうだが庭をかまっている暇は、今のボクにはない。

 いつの日か、その庭をボクが手入れできる日は来るのだろうか?

 それとも思い出は思い出として、いつまでも手を出せずにいるのだろうか?


 視線をシャンタルへと戻す。

 彼女はかすかな寝息を立てて寝ている。

 今の生活は彼女の世話をして、その間に仕事をする。

 ただそれだけだ。

 後は、たまに買い物に行ったり、親方の工房に週一、二度は顔を出すくらいか。

 ただそれだけの生活でも時間が本当に足りなかった。


 彼女が起きてられるのは一日六時間程度なのだけれども、その時間を捻りだすのに本当に苦労した。

 その時間、彼女が起きている時間はボクは彼女のそばに居続けたからかもしれないが、そうすることで他の事はすべておざなりになる。

 特に自分のことはどんどん無関心へとなっていった。

 でも、それだけが、シャンタルだけがボクの生きる目的だった。

 ずっと一緒にいたかったんだ。

 彼女だけがボクの喜びだった。


 それ以外の、彼女が寝ている時間は、ボクにとってただの作業の時間でしかない。

 彼女が寝ている間に仕事を必死に終わらす。

 仕事だけではない、家事洗濯も、自分の為ではなくシャンタルの為にしなければならない。

 彼女に少しでも長生きしてもらうために、良い物を食べさせ、できる限り良い環境を作ってやりたかったからだ。


 彼女にはより良い食事を、彼女の寝床はいつでも綺麗に清潔に。

 ボクは、そこだけは細心の注意を払った。

 それ以外のことは、日に日におざなりに、無関心になって行った。

 シャンタルのこと以外、まるで興味がなかったんだ。

 でも、それでも時間は足りない。

 彼女の時間はもうそれほど残されていないと言うのにだ。


 そうなると、寝る時間を削るしかない、わかっていたことだ。


 けど、そのことにシャンタルはもう気づくこともない。

 ボクが疲れていることを、ほとんど睡眠を取れていないことを彼女は知らないでいる。

 彼女の目はもうほとんど見えないからだ。


 彼女の目はもうボクの顔をまともに見ることも出来なくなってしまっている。

 まるで水の中にいるようにぼやけてみると言っていた。


 だから、彼女も今のボクを止めることはできない。

 でも、それでいい。

 彼女が死んでしまうまで、ボクがそうすると決めたのだ。


 そう決めてはいたのだが、実際にこの生活は相当キツイのも事実だ。

 本当に息を着く暇がない。

 ボクの心配性の性分それに拍車をかける。

 何かあるごとに寝室で寝ているシャンタルを確認にし来てしまう。

 寝息を、まだ呼吸をしていることを確認せずにはいられない。

 そんなんだから夜もまともに寝れない。

 夢でうなされるんだ。

 シャンタルが助けを呼んでいるのに、ボクは呑気に寝ている、そんな夢を見続けるんだ。

 そんなんだから、ちょっとした物音で飛び起きて、すぐにシャンタルの様子を見に来てしまう。

 気が休まるときがまるでない。


 今の彼女は本当に何もできないのだ。

 ボクが気を掛けてあげなければならない。

 ちょっとしたことで、その生命が失われてしまいかねない。

 ボクが気を抜くことは、決して許されることではないんだ。


 聖サクレ教会の人達に頼めば、シャンタルの面倒を見てもらえるかもしれない。

 でも、ボクが、ボクだけが彼女の面倒を見てやりたいのだ。

 これはボクの我儘だ。

 だから、ボクが、やるしかない、がんばるしかない。

 やり遂げるだけの気合と覚悟はある。


 仕事終わりに寝ているシャンタルを見る。

 安らかに寝息を立てていることに、彼女がまだ生きていてくれていることにボクは感謝する。


 ボクは何をしている?

 誰に感謝をするというのだ。

 神にか?

 もし神がいると言うのであれば、彼女を救ってくれ。

 シャンタルがあんたに何をしたというのだ。

 彼女はあんたの忠実なる僕のはずだ。

 なぜ彼女をこんな目に合わせるんだ……


 誰にも向けれないが故に、ボクは神を憎む。

 怒りの矛先を神に向けるしかないんだ。


 それでも、彼女の安らかな寝顔を見ていると、本当に安心しる。

 心が安らいでいく。

 彼女がまだ生きていることに、憎いはずの神に感謝せずにはいられない。


 少しずつ彼女の左半身も結晶化してきている。

 その姿はとても神秘的で美しい。

 窓から差し込む月光がその妖艶さを引き立たせている。


 ボクは時を忘れて彼女に見惚れる。

 人の身と、結晶化しガラスとなってしまったその身の両方に、どうしても見惚れてしますのだ。


 どちらの彼女もボクを魅了してならない。

 ボクは彼女を手放したくはない。






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