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【第二十八話】人形としての日々

 近頃、人形として私は色々と考えていることがあります。

 私はなんなのだろう、と。

 確証はないですが、私は普通の人形ではありません。


 メトレス様が作っていたオーダーメイドの人形。

 それがディオプ工房の審査を終えて帰ってきました。

 起動させて基本的なことを教えて、それからお客様へとお引き渡しになるのですが、明らかに私とは違います。


 その人形には、お客様の愛犬の魂が使われているそうです。

 とても忠実な人形です。

 ですが、どこか私とは違います。

 人形の私が言うのも何なのですが、本当に人形と言った感じです。

 物です。感情など一切ない、命令に従うだけの物です。

 私のように何かを考えている素振りも見せませんし、何かしらの願望を持っているようにも思えません。


 その人形にむかい、メトレス様は力の使い方や基本的なことを教えていきます。

 私も通った道です。

 体を軋ませて動き、まずは卵を掴めるところから。

 その人形は何度も、何個も卵を割りました。


 そのせいで、しばらくメトレス様の晩御飯が卵料理でした。

 メトレス様はそれを普通の事と言っていました。

 私のように二度目で卵を掴めるのが本当に凄い事なのだと知りました。


 所謂、私は禁忌の人形と呼ばれる人形で、恐らくは人の魂を使って作られた人形だからでしょうか?

 人の魂を使うととても優秀な人形が作れるそうです。

 ですが、それは違法であり、禁忌です。

 それをメトレス様に確認する勇気もありません。

 いえ、それを確認してはいけません。

 私は、人形である私は違法なことを見過ごすことができないのです。


 このロワイヨーム国内では、人形に人の魂を使うことは明確な違法行為とされています。

 御主人様だから、メトレス様だから、と、それを見逃す……

 そんなことは人形である私にはできないのです。

 そう言う風に人形は作られているのです。


 だから、私は疑問は疑問のまま、確かめません。

 確かめてはいけないのです。

 私が興味本位で入門書など読まなければ、それを違法行為と知らなければ、問題は何もなかったのですが……

 私はそのことを既に違法行為として認識してしまっています。


 だから、私はそのことを確認できないのです。


 確認しなければ、疑惑のまま違法行為と確定できませんからね。

 もし、確認してしまったら、私はそれを役人に知らせなければなりません。

 私は、人形は、それに逆らえません。そういう風にできてしまっているのです。

 例外はありません。


 私は…… メトレス様と平和に暮らせればそれでいいのです。

 満足なんです。

 私が何であるかなんて、そもそも関係ないのです。

 色々考えたあげく私はそう結論を出しました。


 外出禁止を言い渡さたされ、この家の中が私の世界のすべてであっても。

 私はメトレス様と一緒であれば、それで幸せなのです。

 それでいいのです。

 例え…… 私が違法行為で作られた存在であっても。


 なんだかんだで私が目覚めてから、かなり時が過ぎました。

 私も、初めから知っている事だけでなく、この世界の色々なことを覚えた気がします。


 だから、断言できます。

 この世界は光に満ちてます。

 素晴らしい世界です。

 こんな世界で、メトレス様と一緒に過ごせる。

 暮らしていける。

 日々を共に過ごせる。


 それだけで私は幸せなんです。

 それでいいんです。


 何の問題もないのです。


 だから、疑惑は疑惑のままで良いのです。

 私がなんであるかなど、考えても仕方がないことです。

 それでいいんです。


「プーペ、すまない。ちょっと手伝ってくれないか」

 メトレス様がお呼びです!

 くだらないことを考えていても仕方ありません。

 さあさあ、人形である私の出番ですよ!

 この家にメトレス様以外、誰もいないことを確認してから私も返事をします。

「はい、今、参ります」

 わかりますか?

 私はこのやり取りだけで幸せなんです。満足なのです。

 私は今、本当に満たされているのです。


 メトレス様が私を必要とし、私の名を呼んでくれる。

 それだけで私は十分なのです。


 この世界は光に満ちています。

 それに気づけない人は多いですが、これは何も持っていない人形だからこそ、見えて来るものなのかもしれませんね。

 私の幸せは確かにここにあります。


 私には、人形だとか、禁忌な存在だとか、結局のところ関係ありません。

 そもそも悩む必要はないのです。

 私はこの光に満ちた世界で、メトレス様と一緒に日々過ごせているだけで幸せなのですから。


 そんなことを考えつつ私はメトレス様のお仕事を手伝います。

 少しづつメトレス様の仕事、人形技師の仕事のお手伝いも許されるようになってきました。

 まだ基本的に単純作業を任されるだけですが、それでも私は嬉しいです。

 メトレス様と一緒に働けるのですよ。

 それが嬉しくない訳ないじゃないですか。


 今日のお手伝いは繊維化させたネールガラスを一本一本、丁寧に香油で磨く作業です。

 細い繊維状のネールガラスを一本一本丁寧に、香油をしみ込ませた布で磨いていく作業です。

 根気と集中力がいる作業ですが、私は人形です。

 私にとっては一度覚えてしまえば、ただの単純作業でしかなくなります。

 メトレス様を眺めながら、私はその単純作業をします。


 こんな日々がずっと続くだけでいいのです。

 私がなんであるかなど、考えなくてよいのです。






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