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【第二十九話】人形と種

 メトレス様から植物の種を頂きました。

 私は気づきませんでしたが、この家には塀に囲まれた小さな庭があるのです。

 お勝手口のすぐ脇です。

 私は、はじめそれを庭と認識できませんでしたが、どうやら庭とのことでした。


 本当に小さな庭で、庭というよりは土地が少し余ってしまい、それで仕方なく放置した場所のように思えます。

 というか、庭と言って良いものなんですかね?

 たしかに地面が露出しています。

 それにレンガを置いて区切ってあるだけの場所です。

 今は枯れ草と雑草が生えているだけの場所で日当たりもあまり良くありません。

 メトレス様がこれを庭と言った以上に庭ですが、そうでなければこれを庭というには無理がある気がします。


 どちらかというと、荒れ果てた小さな花壇です。

 そんなような感じのスペースです。

 人一人立てばいっぱいいっぱい、その程度の広さしかない場所です。

 一応とばかりに周りは壁で囲まれています。

 そのせいで日当たりが余計に悪いですね。

 植物を育てるには、あんまり適さない感じです。

 とはいえ、この辺りで小さいとはいえ庭付きの自宅兼工房を持つメトレス様は流石としか言えませんけどね。


 そこを自由に使って良いと言われました。


 驚きです。

 人形に自由にして良い、などという命令は意味が分かりません。

 嬉しい反面、人形の私には、どうしたらいいかわかりません。

「この種を植えれば良いのですか?」

 なので、私はメトレス様に聞き返します。

 確認します。これは命令なんですよね、と。

 ついでに、渡された小さな種は何の種なのか、私にはわかりません。


「いや、自由に使ってくれていい。庭いじりが面倒ならほおっておいて構わない。どちらにしろボクには面倒が見れないからね」

 苦笑しながら荒れ放題、枯れ放題になっている庭を見てメトレス様は笑います。


 人形である私にそう言われても、どうしたらよいかわかりません。

 困ってしまいます。


 けれど、メトレス様より種を頂けたということは、この小さな庭で植物を育てろということなのですよね?

「わかりました。この種を植えます」

 園芸ですか。

 大丈夫です。人形である私には園芸の知識も備わっています。

 問題ありません。

 お任せください、プーペがこの庭で立派に、この種から……

 でも、この種は本当に何の種ですかね?

 育てる植物により育て方が違うと思いますが。

 やるからにはしっかり育てますよ。


「本当にしたいなら、でいいよ。いや、でも、プーペは、プーぺなら、きっと庭いじりを気にると思うよ」

 メトレス様が笑いながらそう言いました。

 ならば、きっとそうなのでしょう。

 確かに、今、私は少しワクワクしています。


「はい、私もそんな気がしています。ところでこの種は何の種なんですか?」

 と、私は返事をし、更に何の種かを聞きます。

 育てるにしても何の種かわからないといけないですし。

 そうすると、メトレス様は、

「ボクにもわからない。貰い物なんだ。昔…… その小さな庭で家庭菜園をやってた人がいてね。その伝手で貰った物だから。多分、野菜は確かで、不手際で種が混じってしまって売り物にならなくなった物だと、そんなことを言っていたかな」

 なるほど。いろんな野菜の種ですか。

 にしても、ここで家庭菜園をやっていた人?

 メトレス様の家で? 他人の家で、ですか。

 となると、大体の予想はできます。

 例の人ですね。だから、私も気に入ると。

 ますます疑惑は深まりますが、私はもう気にしません。

 そう決めたのです。

 今はこの種を埋めることに専念しましょう。

 なぜだかわくわくします。


 庭用の道具はお勝手口の近くのロッカーにすべて入っているとのことです。

 私はそのロッカーを開けます。

 綺麗に整頓された、しかもデザインのかわいらしい園芸道具達が仕舞われています。

 園芸用のエプロンまであります。

 メトレス様の物…… ではないですね。

 このエプロンもどう見ても女性物です。

 この小さな庭を管理していた人……

 神父様の話からして、メトレス様の婚約者の、もしくはそれに類する方なのですよね?

 けれど、もうすぐその方の一年祭とのことです。

 つまり、その方が死んでから一年経つと言うことです。

 その方の家庭菜園ですか、メトレス様の大事な方…… ですか。

 なんだか、少しもやもやしますね。

 このもやもやは何でしょうか。


 でも、やはり私はその方の魂を使われているのでしょうか?

 だから、庭を自由にして良いという事なのでしょうか?


 わかりません。

 考えても答えは出ません。

 でも、なんかもやもやします。

 何でしょうか、この感情は。

 それ以前に、人形である私に感情などあるのでしょうか?


 とりあえず、今は庭の手入れをしましょう。

 それが私に与えられた命令です。

 人形は主人の命令通りに行動する。それだけです。


 まずは雑草を抜いて、土を少しかき混ぜましょう。

 その為の道具もあります。

 なぜだか、土いじりをしていると心が落ち着きます。

 確かに、メトレス様の言う通り、私は庭いじりを気に入りそうです。


 それにしても、とてもかわいい道具です。

 見ているだけでも、うれしくなるような、そんなかわいい道具達です。

 なぜだか、用具入れの中に一つだけブラシがあるのですが、これもこの庭で使うのでしょうか?

 それともこれらの道具を洗うためのブラシでしょうか?

 それにしてはブラシ自体に泥はついていないし、とても綺麗なブラシですね。

 まあ、そのうち用途がわかるかもしれません。

 少なくとも今は使わないと思います。


 私はその道具たちを使って、猫の額ほどの庭をいじります。

 雑草と枯草を抜き、硬く固まってしまった土を柔らかくします。

 そして、種を埋めて、これまたかわいいジョウロで水を上げます。


 ただそれだけの事です。

 それなのになにかこう、心が満たされて行きます。

 なんなのですかね、これは。


 どんな芽を出すのか、どんな植物が育つのか、楽しみで仕方がありません。







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