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【第三十話】美艶

 ボクは死にゆくシャンタルに見惚れていた。

 シャンタルは、こんなになってもなお可憐で美しい、と。

 シャンタルは今も眠っている。

 起きていられる時間が日々に短くなってきているように思える。

 今まで無事だった左側の身体にも目に見えて結晶が生え始めてきている。


 本当にシャンタルの命の火は消えようとしている。


 ここまでくると、もう生身の部分の方が少ないのではないか、そんな風にボクには思えてしまう。

 流石にボクもこの状態のシャンタルが助かるとは思えない。

 だが、その代わりにボクの中に沸き上がって来た新たな感情がある。


 それは、美しい、という感情だ。


 今のシャンタルをボクは芸術品か何かのように思えてしまう。


 三分の一ほど残ったシャンタルの赤い少しくせっ毛の髪。

 残りはガラス化してしまい、透明度の高い翡翠のような髪に変質してしまっている。

 この髪のコントラストが本当に芸術的なまでに美しい。

 天然の鉱物の結晶のように完全になってしまっている右半身と、生身と結晶が半々くらいの左半身。

 その対比も神秘的な美しさを持っている。

 柔らかいシャンタルの皮膚を突き破り生えてきている結晶でさえ、今では美しいと思えるようになってしまっている。

 今にも死にそうなシャンタルが、結晶に侵されていく様が、どうにも神秘的でボクは目を惹きつけてやまない。


 シャンタルの命が、この結晶に奪われていると思うと憎いはずなのに、ボクはその結晶の美しさに目を奪われる。

 シャンタルの命を吸って成長するその結晶が、どうしてもとても美しく、ボクの心まで奪っていくように思えてしまうのだ。


 それだけに、シャンタルの命そのものが結晶化しているかのように、ボクにはそう思えていたのかもしれない。


 その結晶は、透き通るような透明から時をへて碧い色へと変色していく。

 そのグラデーションがまた美しい。

 それがシャンタル由来の物だと思うと、愛おしささえ感じれてしまう。


 ボクはおかしくなってしまったのだろうか。

 恐らく、おかしいのだろう。

 どこか、もう壊れてしまっているのだろう。


 最近はまともに寝れてもいない。

 ちょっとした物音でもシャンタルに何かあったのではないかと跳び起きてしまう。

 ちょっと神経質になりすぎてはいるとは思うが、シャンタルの身に何が起きたかもしれないと思うと、本当に気が気じゃない。

 そう言うちょっとしたことが続き、いや、シャンタルが助からないと分かった時から、シャンタルがヴィトリフィエ病に罹ったと聞かされた時から、ボクは少しづつ壊れていったんだと思う。


 シャンタルの世話に、仕事に、それらに追われ、睡眠不足も重なり、まともじゃなくなっているのかもしれない。

 ボクはもう壊れてしまったのだ。

 一度緩んでしまったネジは締め直してもまたすぐに緩んでしまう。

 それと一緒で、もうボクは一生まともには戻れないだろう。


 そうでなければ、シャンタルの命を奪うこの結晶を、病巣を、美しいと思うなんて、本当にどうかしている。

 シャンタルはこの結晶に殺されるのだから。


 彼女の左腕を優しくなでる。

 まだ柔らかい。

 柔らかいシャンタルの腕の中に、ところどころ硬いものを感じる。

 皮膚の下に結晶ができているのだ。

 彼女の体内では結晶が今も彼女の命を吸い育っているのだ。

 ため息と涙が自然と出て来る。

 もう彼女の生身の部分など、ほとんど残ってないのではと、そう思えてしまう。


 今度は彼女の結晶になった右腕をなぞる。

 どう見てもただの鉱物の結晶のように思える。

 冷たく鋭利な鉱物のはずだが、なぜか柔らかさと暖かをボクは感じられてしまう。


 それが元が人間の物だなんて、生物の物だったなんて信じられない。

 暖かさも、柔らかさも、微塵もないのに、本当にガラスか何かのようなものなのに。

 ボクはその結晶に、柔らかさと暖かを、なによりも美しさを感じてしまっている。


 彼女が、シャンタルの体が結晶化したものだから、そう思えるだけかもしれないが。


 ただこの結晶は生成した後のネールガラスに、本当によく似ている。

 ネールガラスは化石から抽出する非晶質固体の一つだ。

 元の化石は茶色い塊で、竜の化石と言われてはいるが本当は何の化石かわかってもいない。

 それにその化石自体はヴィトリフィエ病の結晶とは似ても似つかない。

 だが、生成した後のネールガラスは透明度のある翡翠色となり、ヴィトリフィエ病のこの結晶とよく似ているのだ。


 だから、そんなネールガラスのような結晶に覆われ、変化したシャンタルが儚くも美しく思えて今うのかもしれない。

 ボクはネールガラスを扱う人形技師だから。


 ただそれだけの事なのかもしれない。







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