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【第三十三話】秘密

 今日は週に一度のディオプ工房の定例会議だ。

 これを休むわけにはいかない。

 それでも、シャンタルを世話している間だけは休ませて貰おうと、とそう思っていたけれども、シャンタルにも定例会議の日は知られてしまっている。

 掠れる声でお願いだから私より仕事を大事にして、と泣かれながら言われたら、ボクも休むわけには行かなくなる。

 できるだけ彼女の願いを叶えてあげたいんだ。


 だから、ディオプ工房まで今日も来たのだけれど、当のシモ親方が留守だ。

 シモ親方は他人にも自分にも厳しい。

 定例会議をシモ親方の方から反故にするとは思わなかったが、シモ親方の下働きであるガルソンの話では市長に急に呼び出されたという話だ。

 定例会議があるからすぐに帰ってくると言っていたが、実際にはシモ親方はまだ帰って来てない。


 他のディオプ工房に所属している職人達は談話を始めているが、ボクはそんなことをしている余裕はない。

 できるだけ早く家に帰って、シャンタルの世話をしないといけないのに。

 こんな無駄な時間を費やしている暇はボクにはないんだ。


 そう思って親方の私室に向かう。

 手紙でも残して、今日は帰るつもりだ。

 流石にシモ親方もボクの事情を知っているので、とやかくは言ってこないだろう。


 だが、ガルソンに口で伝えて帰る、というのは流石に気が引ける。

 親方にそれで怒られるのはガルソンの方だからな。

 そう思って、手紙でも残してから帰ろうとボクはガルソンにも黙って親方の私室へ入った。


 相変わらず薄暗く汚い部屋だ。

 シモ親方は、職人としては一流だが、人間としては一流とは呼べない。

 とくに親方は部屋の掃除が出来ない。

 掃除が出来ないのに、他人がシモ親方の部屋を掃除すると劣化の如く怒る。

 いや、部屋に入っただけでも不機嫌になる。

 なので、本当はボクも本当は部屋に入りたくはなかったのだが今日は仕方がない。

 そう思ってメモ書きを残すために何かいらない紙でもないかと探していると……


 これはなんだ。


 珍しくわかりやすい位置に、書類が大事そうにまとめられている。

 シモ親方は普段こんなことはしないので、相当大事な書類なのだろう。

 直前までこの書類を作成でもしていたのかもしれない。

 そこで市長から呼び出しがかかり慌てて出ていったと、そう言うところか。


 しかも、これは仕様書のようだ。

 特別な、いや、新しいネールガラスの仕様書だ。


 そうなるとボクも人形技師と少し気になってくる。

 書類を手に取り内容を確認する。


 これは……

 ヴィトリフィエ病でガラス化した動物の死体を、人形に使うための、ネールガラスの代用品として使うための仕様書……?

 いや、仕様書というよりは報告書か、これは?

 これはシモ親方が直々にまとめた報告書なのか?

 ヴィトリフィエ病に罹って死んだ様々な動物の死体を使っているようだが、なんなんだ、これは?


 こんなものを誰に報告? この書類自体は、確かにシモ親方の字だ。

 シモ親方が書いたものだよな、これは。


 けど、これは…… この書類を読む限り欠陥品だ。

 ネールガラスの代用品にはなるが、品質が悪く耐久性が足りず、すぐに劣化してしまう。

 最初の最適化でヒビが入り割れてしまい使いものにならないとある。

 確かに、それでは使いものにはならないな。

 けど、ネールガラスなんて特別な物の代用品になるのか?

 ヴィトリフィエ病で変化した結晶が?


 唯一、耐久力が対応できそうなのがXXという品種?

 XXってなんだ?

 他はウシやヒツジと明記されているが、一つだけ伏せられているのか?


 ボクが手に取った種類にはXXという名称は他に見当たらない。

 なら別の紙か、そう思って探すとすぐに一覧が書かれた紙が見つかる。


 色々な種類の動物、それがヴィトリフィエ病にかかりガラス化した後、精錬しネールガラスとして代用品として耐えれる物になるか実際に試した結果が記されている。

 その書類を見つけれた。

 ボクはその書類に目を通す。

 書類のリストに乗っているは、ウシ、ヒツジ、ブタ、ニワトリ、ヤギ、ウマ、ロバ、イヌ、ネコ、ネズミ、ガチョウ、アヒル……

 身近な家畜や動物を手当たり次第か。

 だが、XXという項目はない。

 それぞれの結晶の状態とネールガラスのように精錬した後の状態について、丁寧にまとめられている。

 この書類を見る限り、これもシモ親方の字だし、この実験にシモ親方も乗る気のように思えるな。


 ただ、結局はどれも品質が悪く実用性には満たせてない。

 肉体の強さは生成された結晶の品質には無関係だが、動物の種類ごとで品質に違いはある、とも書かれている。

 またちゃんと骨まですべて結晶化させた方が全体の品質が上がるともある。これはすべて動物共通か。

 リストの中では、イヌが一番品質が良く、次いでネコとブタともあるな。

 そのイヌの物でも実用性には耐えれる品質ではとてもないともあるが……

 実験の内容結果を見る限り、確かに実用性には程遠いな。



 いや、待て。

 なら、XXとはなんだ…… まさかヒトか?

 だから伏字にしてあるのか?

 確かに、ヴィトリフィエ病は様々な動物も罹ると聞くし、人間も、シャンタルのようにヴィトリフィエ病に罹る。

 このリスト自体にはXXという表記もないが……

 流石にヒトは許されるものではないだろうし……

 シモ親方がそんなことをするだなんて思えない。

 あの親方が人の道から外れるだなんて、そんなことするわけがない。


 もし本当にヒトだったら、人間だったら聖サクレ教会が黙ってないぞ?

 誰にこんなことやらされいるかわからないけども、教会に逆らってまで…… と、まだXXがヒトと決まったわけじゃないか。


 それにこの、ネールガラスの産出量の減少に伴う代用品の至急開発……

 この一文も気になる。


 ネールガラスの元となる化石が年々産出しにくくなってきているとは聞いていたが、それを補うためにヴィトリフィエ病に頼るということか?

 バカじゃないのか?

 けど、この書類によれば、耐久面さえどうにかできれば代用の可能性が高いと……

 性質は類似していると……


 シモ親方は誰に何をやらされているんだ?


 いや、この署名は…… グランヴィル市庁の物だ…… そう言えば、ガルソンがシモ親方は市長に呼ばれているって……

 市庁にこんな実験をやらされているのか?

 ネールガラスの産出量が減少しているからって?


 何がどうなっているんだ?

 これは?


 市長がこんな実験をシモ親方にやらせているのか?

 もしXXというのがヒトであるならば……


 いや、これは見なかったことにしよう。

 恐らくこれは…… 見てはいけない物だ。

 人の道を外れる物だ。


 けど、この資料には既存のネールガラスのように高温で抽出する必要がないとも……

 うちにある保温炉で出せる温度でも加工できるのか……







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