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【第三十四話】人形と手料理

 ラディッシュは花が咲いていたので収穫するのを諦めましたが、エンドウ豆は収穫しても苗自体には影響は出にくいのでエンドウ豆は収穫しました。

 それほど量はありませんが、今日はこれで料理を作ろうと思います。

 メトレス様にも、その為に料理をする許可を頂きました。


 せっかく私が育てたので私が調理したいとお願いしたのです。

 それがきっかけですが、これからは私がこの家の台所は取り仕切らせて頂くことになりました!


 お茶を淹れる以外では初めての料理となります。

 とはいえ、私の記憶の中には既にレシピは存在するので、それ通りに作るだけです。

 なんの問題もないです。

 人形はそう言う機能をもった物ですので。


 レシピには乾燥エンドウ豆を使う場合は水につけておけとありますが、今回は採れたてのエンドウ豆を使うのでその工程は省きます。

 そうすると、エンド豆以外の野菜の下拵えからです。

 残念ながら収穫できたのはエンドウ豆だけなので、他の野菜は常備されている物を使います。

 タマネギとニンジンです。それとニンニクを一欠けら。

 それらをみじん切りにします。

 あとベーコンも使いましょう。

 それも細く切ります。


 大きな鍋を用意して、バターを入れまずはタマネギから透明になるまで炒めます。

 多分ですが、きっと良い匂いがしているのでしょう。

 私の記憶にはないですが、そんな気がしてきます。

 香ばしく香るバターとタマネギの匂いがするのでしょう。

 私には鼻がないので確かめようもありませんけども。

 でも、なんだか良い匂いがしてそうなものを確かに感じます。

 なぜなのでしょうか?


 次に、ニンジンとニンニク、それとベーコンも鍋に入れて炒めます。

 焦がさないように、しっかりとかき混ぜながら炒めます。

 それらにもしっかり火が通ったら水を鍋に入れます。


 水が湧きだす前に、収穫したエンドウ豆の鞘から豆だけを取り出します。

 鞘を開き豆を取り出します。よい豆です。

 鮮やかな緑色で瑞々しくしっかりと丸くふっくらと実っています。

 あんな小さなお庭でよくこれほど育ってくれました。

 生命の神秘ですね。

 きっとあの庭の前任者が余程庭の手入れをしてくれていたのでしょう。


 エンドウ豆の豆の部分だけを沸いた鍋に入れます。

 ついでに乾燥させた香草も一枚だけ入れます。

 鍋の中の水が沸いて湯になったら、薪を取り除いて火を弱めます。


 エンドウ豆が完全に柔らかくなるまで煮込みます。

 後は灰汁が出たら取るくらいでしょうか。


 簡単な物です。

 失敗のしようがありません。

 なんの問題もありません。


 一時間程度煮込みましたら、豆も柔らかくなります。

 そうしたら、いれていた香草だけを取り除き、鍋をゆっくりとかき混ぜていきます。

 スープ全体が滑らかに、均一になるまでかき混ぜていきます。

 エンドウ豆の形がなくなり溶けてわからなくなるまでかき混ぜます。

 丁寧に優しくかき混ぜ続けます。

 豆が全て砕け滑らかになったら、これでエンドウ豆のポタージュスープはほぼ完成です。

 なんとかお昼には間に合いました。


 それをお皿に移し、最後に塩で味を整えます。

 問題は私に味見する機能がない事です。

 ですが、レシピ通りにやりましたので、問題はありません。

 後は出来合いのパンを添えて完成です。


 さあ、メトレス様を呼びましょう。

 召し上がってもらいましょう!


「これは…… エンドウ豆のポタージュか…… まあ、そうだよな。エンドウ豆と言ったら…… これだよな……」

 そう言って、メトレス様は目元を手で押さえ始めました。

 どうしたことでしょうか?

 これは泣いておられるのでしょうか?


「どうしたのですか? メトレス様? 泣いているのですか? 私は何か失敗しましたか?」

 心配になって聞き返すと、メトレス様は泣きながらも笑顔を返してくださります。

 その優し気な笑顔で私は安心します。

 何もかもが許された気になります。


「いや、そうじゃないんだ。シャンタルの得意料理だったなと…… 見た目も、匂いも一緒だ。まるでシャンタルが作ってくれたようで……」

 そう言えって、メトレス様は言葉を失い、その代わりに涙を流されます。

 シャンタル様。

 私はシャンタル様の話は避けるべきですよね?

 もし私がシャンタル様の魂を使って作られた人形であると確信してしまったら、全てが終わりです。

 この幸せな生活が全てなくなります。

「そうなのですか? お味はいかがでしょうか? 私は味見ができませんので」

 私は素知らぬ顔で、と言っても私の顔は陶器ですので表情など元からありませんが、そう言います。

「あ、ああ、今、味見するよ。これは…… 美味しいよ。とっても」

 メトレス様はそう言って泣きながらスープを掬っては口へと運びます。


 そんなメトレス様に、私はなんと声を掛ければいいのでしょうか?

 なにか、なにかをしてあげたいと強く思うのですが、人形である私にはその答えを知りません。


「ありがとうございます」

 私はわからなかったから、とりあえずお礼を言いますが、その言葉はメトレス様には届いていないようです。

「味まで本当に一緒じゃないか。いや、でも、同じ…… だよな。誰が作っても…… こんな味に……」

 メトレス様はエンドウ豆のポタージュに夢中です。

 泣きながらメトレス様は今もエンドウ豆のポタージュを食べてくれています。

 ただ、泣きながら食べられると、どうすればよいのか、人形の私には判断がつきません。

 胸の奥を鷲掴みにされたような、ぎゅうっと苦しくなるような、そんな感覚に襲われます。

 人形である私に痛みを感じる機能などないはずなのに。


「やはり、まずかったのでしょうか?」

 私はそれが心配で仕方ありません。

 私には味見をする機能がありませんから。

「いや、違う、違うんだ。本当に美味しいよ。思い出してしまうほどにね。そう言えば、シャンタルもあの小さな庭でエンドウ豆を作っていたな」

 そう言って、遠い目を見せるメトレス様を私は見ます。

 シャンタルという方はメトレス様にとってとても大事な方だったのですね。

 その方が作る料理と私が作ったが似ている。

 やはりそういう事なのですよね?

 でも私は、それを確認しません。

 私はメトレス様と一緒にいられるだけで良いのですから。

 真実など、私にとってはどうも良い事です。






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