整備の日が来ました。
私の内部、ネールガラスがどう進化しているか、異常がないか、そのあたりをチェックする日です。
外骨格の外せられる部分はすべて外し、普段、隠れているネールガラスの部分をさらけ出さなければなりません。
それをメトレス様に見られるのが、なんだかとても恥ずかしいです。
この感覚は何なのでしょうか?
人形の私に羞恥心などあるわけもないのに。
「凄いな。よくこの短い時間でここまで進化している。やはり違うのか」
メトレス様は私の進化したネールガラス見てそんなことを言います。
「違うとは?」
宿っている魂が人間の物だとやはり何か変わるという事なのでしょうか?
「いや、何でもない。こちらの話だよ。プーペは特別製だからね」
私が聞くと、メトレス様は少し慌てて、そう言いました。
やはりメトレス様は善良な方ですね。
何かを隠すのが下手のようですね。
「はい」
私はそう返事をして、素直に誤魔化されます。
私にとって、私が何者かなどという事はどうでもいいことです。
どんなものが私に宿っていようと、関係ありません。
メトレス様のそばに居られれば、それで良いのです。
「心配していた強度も問題なさそうだ」
メトレス様が私の内部、ネールガラスを指でなぞりながらそう言いました。
それだけで私は、ゾクゾクするものを感じてしまいます。
なんでしょうか、この感覚はなんなのでしょうか。
直接ネールガラスを触られると、言い表しようのない気持ちになります。
決して、不愉快な気持ちではないのですが、とても気恥ずかしく、それでいて、嬉しい気持ちになります。
「強度ですか?」
とはいえ、人形である私は狼狽えることなどはないです。
なので私は誤魔化すのが得意です。
人形には感情などないですからね。
けど、ネールガラスにも強度というものがあるのですか?
そこはちょっと気になるところです。
「いや、あー、うん。急激にネールガラスが進化すると、進化についていけずネールガラスが割れてしまうことがあるんだよ。その心配もないと確認できたよ」
確かに私は他の人形と比べても、急激に進化したようですが、そういう事もあるのですか?
いや、でも、メトレス様も、また何か誤魔化しましたね?
そのあたりも私にとってはどうも良い事ですが、進化についていけずネールガラスが割れてしまうのは困ります。
「そうなのですか。なるほどです」
「すまない、喉の辺りを良く見せてくれないか、どうやって発音しているのか見て見たいんだ」
喉ですか?
それは、なんかすごい恥ずかしいのですが。
人形なのに恥ずかしいという事があるのでしょうか?
私が特別だからなのでしょうか?
でも、私は人形です。
御主人様の命令は絶対です。
私は言われた通りにします。
顔を上げ喉をメトレス様に見やすいようにさせます。
「はい、メトレス様」
「これは…… こんなもので声が出るようになるのか? これなら人形に喋らす方法は意外と簡単にも思えるが…… 人間の声帯もこんなものなのか? いや、器官があっても魂の容量の問題も処理速度の問題もあるか」
こんなものとは?
どんなものが出来ているんでしょうか?
私のネールガラスはどのように進化し、どのような形をしている声帯になったのでしょうか。
それは流石に気になるのですが?
「メ、メトレス様……」
「なんだ、プーペ」
「なんだか、とても恥ずかしく思います」
もし私が人間でしたら、今はきっと顔を恥ずかしさで真っ赤に高揚させていたことでしょう。
人形の私にはそんな機能はないですが、きっとそうでしょう。
だって私は今、物凄く恥ずかしい気持ちでいっぱいです。
血管などないのに、頭に血が上って熱くなっている気がしてなりません。
「恥ずかしい? キミがか?」
上を向いているので、私はメトレス様を見れません。
けど、メトレス様は少し驚い合ような声色でそう言いました。
「はい」
「そ、そうか…… 悪かったよ。でも、もう少し後学の為に……」
メトレス様は狼狽えてながらも、私にできた声帯を観察するとを止めてくれません。
恥ずかしいです、メトレス様!
なんだか物凄く恥ずかしいのです!
いても立ってもいられないという奴です!
「わかりました。我慢します」
でも、私は人形です。
御主人様であるメトレス様の命には従わなければなりません。
声帯をメトレス様に見せ続けなければなりません!!
「いや、悪いね…… それにしても、直接聞くプーペの声はまるで……」
「まるで?」
なるでなんでしょうか? 気になります。
確かに今は声帯を覆う外骨格もないので、いつものくぐもった声ではないのですよね。
「いや、何でもない。もう少し、くぐもらない声を、プーペの本当の声を聞かせてくれないか?」
なるほど。
私のくぐもってない声を聴きたいわけですね。
なるほど、なるほど!!
なんだかわかりませんが、凄い良い気分です。
「は、はい、わかりました。何をお話しましょうか?」
「なんでもいいんだ。他愛のない、そうだな。何でもない、普段の、本当に他愛のないことが良いんだ」
メトレス様は嫌にしんみりとそんなことをおっしゃられました。
何か引っかかるものがありますが、私の声で喜んでくれていることは事実です!
うれしいですね、うれしいですね!
「なら、お庭のことを話しましょう! あのお庭は素晴らしいです!」
あれは本当に良い物です。
あの小さなお庭が私に感動を何度も与えてくれました。
あれは本当に素晴らしい、私にとっては輝く光の庭です。
「そうか、本当に気に入ってくれたんだね、本当は、迷ってはいたが良かったよ」
私がそう言うと、メトレス様は嬉しそうに微笑んでくれました。
けど、
「迷っていたのですか?」
どういう事でしょうか?
「いや、うん。あのまま誰にも触られたくない、という気持ちと荒れていくあの場所を見ているのもどうか、とね。どうしようかと…… そう悩んでいたんだ。まあ、プーペに任せて正解だったよ」
やはりあの庭はシャンタル様が管理していたものだったのでしょうか。
そんなお庭を私に与えてくれるだなんて……
やっぱりそういうことなのですよね?
まあ、そんなことはどうでもよい事です。
そんなことよりも、私は伝えたいことがあります!
「ありがとうございます。あの庭は光そのものです。世界が輝いて見えます」
そうです。
あのお庭は世界の光を、生命を、人形である私にはない光が詰まった場所です。
メトレス様だけではなく、私にとってもかけがえのない大切な場所になりました。
「そんな大げさな…… そうか、すまない。プーペ。ボクがキミをこの家に縛り付けていたんだった」
メトレス様は大げさ、と言いかけて、それを止めます。
自分の命令で私が家から出れないとそう思っているようですが、それは違いますよ。
私のいる場所はメトレス様の傍です。
絶対的な真実です。
それ以外のことは、どうでもよい事なのです。
それに、私の為に、私の安全の為に外に出るな、人に喋れることを知られてはいけないと、そう考えてくれているんですよね。
不満何てあるわけはありません。
「いえ、違います。メトレス様。私は人形です。人形は家で家事手伝いをするものです。外の世界など知らなくても良いのです」
ですが、私はなぜかそのようなことを口にします。
ペラペラと私の声帯から紡ぎ出されます。
これは私の中の知識のせいですね。
人形としての機能が私にそう言えと言っているのですね。
それもまた事実です。
私は人形なのですから。
「そんなことはないよ、プーペ。外で働く人形はたくさんいるよ。人形は力が強いからね。力仕事をしたり、ネールガラスの採掘とか危険な作業を任せたり、中には戦闘用の人形もいたりするよ」
外で働く人形ですか。
確かに人形は力持ちですし、危険な仕事をやらせるのにうってつけですね。
空気も必要ないので採掘にも向いているのでしょう。
それに戦闘用の人形もいるのですか。
それは知りませんでした。
「そうなのですね。それは私の認識不足でした」
必要のない情報と言うことで私の知識にはない情報だったということでしょうか?
「いや、外に二度しか出てないんだ。それは仕方のない事だよ」
「そうでしょうか?」
私には必要な知識は先に記憶されています。
学習のようなことも必要は……
いえ、必要ですね。
メトレス様があの小さな庭を私に下さらなかったら、私は生命の神秘を、生命を慈しむことも知りえませんでした。
それらは人形の私には光り輝いて見えます。
この世界は私にはとても素晴らしい物に見えますよ。
「それに、声が出る仕組みを解明できれば…… 人形が喋れるようになる日がくるかもしれない。そうすればプーペも大手を振って外に出れるようになる」
メトレス様はそんなことを考えていたのですね。
流石です。
確かに、技術として人形が喋れることを技術として確立できれば、それは素晴らしいことです。
「それは楽しそうです」
確かに、メトレス様と大通りを一緒に歩くのは楽しそうですね。
良いですね、良いですね。
それは素晴らしいことに思えますよ。
「そうしたらプーペは何がしたい?」
その言葉に私は閃きの様に一つの言葉が浮かびます。
私は人形なので、そんな望みを持ってはいけないのですが、それでも叶うなら……
あなたと、メトレス様と一緒に……
「カフェに行きたいです」
「カフェ?」
その言葉を聞いたメトレス様はとても驚いた顔をします。
「はい、私は飲めませんが二人でコーヒーというものを飲んでみたいです」
更に私がそう言うと、
「そうか…… そうか…… いつか行こう。きっと、必ず行こう」
メトレス様は笑いながら、涙を流しそう言ってくださいました。
なぜメトレス様が泣いたのか、涙を流したのか、私にはわかりません。
ですが、人間は嬉しくても涙を流すのですよね?
メトレス様が笑顔なので、きっとそうなのでしょう。
「はい!」
と、私も力ずよく返事をします。