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【第四十話】人形と多忙

 メトレス様の言っていた通り今週は週頭から忙しいです。

 まあ、それの原因の一つに、今週末、メトレス様がシャンタル様の一年祭に無理やりにでも出る、というのがありますが。

 それに出なければ、ここまで忙しいということもないです。

 メトレス様が予定を確認せずに入れてしまった、と言ってしまうのは酷なのでしょうか。

 その結果というわけでもないのですが、丁度、急な仕事が入った時期と重なってしまった、と言うことだけのことです。

 それだけの話です。


 私は人形なので問題ありませんが、メトレス様は……

 慣れているのでしょうか、意外と平気そうではあります。

 ただ、やはりお疲れなのか、ため息を吐くことは多くなりましたね。


 それでもメトレス様は仕事に打ち込んでいます。

 少し前にオーダーメイドの人形が大変好評だったらしく、その伝で新規の依頼が立て続けに二件も入りました。そのおかげもあってかなり忙しいわけです。

 それの納期がシャンタル様の一年祭と少し重なってしまっただけのことです。

 私もシャンタル様の残した小説を読む暇はありませんし、お庭をかまってあげる時間もあまり取れません。

 それでも、お庭の方は毎日様子を見て水撒きだけはかかしませんよ。

 せっかく任せられたお庭です。枯らしてしまうのはかわいそうですからね。

 けど、前のようにしばらく植物たちを眺めている時間は、流石に今週中はなさそうですね。


 なにせ、人形作りは気の遠くなるような単純作業も多くありますからね。

 私は新しい人形用のネールガラスに特製の潤滑油で磨き、潤滑油となじませる作業を、延々としています。

 この作業を丹念にやることで人形の質は決まるそうです。

 手の抜ける過程ではないそうです。

 私も暇さえあればこの作業をしています。

 キュッキュッと音を立てて、糸のようなネールガラスを丁寧に特製の潤滑油を含ませた布で磨きます。

 私はそれだけを任され、それだけをほぼ一日中やっているのですが、それでも必要量にまだまだ足りていません。


 昨日はメトレス様から許可をもらい、夜通しその作業もしていましたが、それでも足りません。

 私が人形として目覚める前はメトレス様が一人で、これをやっていたとなるとたしかに大変なお仕事です。

 まさに終わりが見えないという奴ですね。

 人形技師が人形を手伝いによく使いたがるというのも納得ですね。


 作らなければならない人形は二つの注文で計二体の人形です。別々の注文ですが先ほどの通り、元はオーダーメイドで作った物が好評だったので、それを受けてのご注文です。

 ただ二体ともオーダーメイドではないため、既存の型の外骨格を組み合わせての作業ですね。

 外骨格を新たに設計し作る作業がありません。


 既に外骨格は出来上がっている物が在庫であるので、いきなりネールガラスの構成からとなります。

 その為、ネールガラスが足りなくなってしまったのです。

 私も単純作業に追われることとなっています。

 とはいえ、元々の予定は一体だけの予定だったので、そこまで忙しくなるわけではなかったのですが、急遽飛び込みでもう一件依頼が来てしまい、てんやわんやでネールガラスも足りなくなった、と言うのが真相ですね。

 別々の注文なのですが、二体とも同日に別々に納入という話です。

 なんで急なんですかね。

 それに急なのに人形の核、魂を定着させたネールガラスはどこから用意したのでしょうか?

 人形の主人となる人物に懐いていた動物の魂が必要なはずなのですが。

 確か死んだ直後にしか、ネールガラスに魂を定着させることは出来ないという話だった気がします。

 ああ、でも、ペットが死んだときに、いつか人形にしようと魂をネールガラスに定着させて準備しておく、なんて話も聞いたことはありますね。

 それでしょうか。


 ん? ということは…… 私を動かしている魂もですか?

 動物の魂と違い人の魂はネールガラスに定着しないという話も技術書で読みました。

 あれ? 私の魂はそれなら人の物ではなないのでしょうか?

 でも、喋る人形は人の魂を用いないとで……

 私では考えてもわかりませんね。それでに、これはきっとわからない方が良いことですね。

 気にするのをやめましょう。


 作業に集中しますよ。

 人形になる前の、魂が定着しているネールガラスに接続する前のネールガラスは案外もろいですからね。

 力加減を間違えると折れてしまいます。

 集中しなければなりません。


 そうそう、潤滑油を馴染ませたネールガラスは品質をよくするために一つ一つを少し離さないといけないので、保管するのに場所を取るんですよね。

 なので、普段は人形一体分の在庫しか用意してないんです。

 人形は大変高価な物でそう多く注文が来るものでもないのですが、今回はそれが重なってしまいネールガラスの準備が間に合わない、というだけですね。

 大きな工房ではもっとストックを貯めておけるのですが、自宅兼工房の家ではそのスペースが取れないのですよね。

 そんなこんなで、多少話は脱線しましたが、私は単純作業に延々とやっているわけでです。

 さらに言ってしまうとそれにシャンタル様の一年祭も重なった、と言うだけのことです。

 そんな感じで私は単純作業に追われ、メトレス様は人形の組み立てに追われています。


 とはいえ、私は単純作業だけなので問題はありません。

 そもそも、人形である私は疲れを感じません。

 ですが、人間であるメトレス様は慣れておられるのかもしれませんが少々心配です。

 ちゃんと休んでいるのでしょうか?

 食事はとっておられるのでしょうか?

 睡眠は?

 と、そう色々と心配してしまいます。


 口ではこれくらいのこと平気だと言っているのですが、稀に悲痛な、まるで何かを思い出したかのように、とても悲痛な顔を、思い出したかのようになされています。


 でも、確かに、疲れではない、のかもしれません。

 それとはまた別の何かにメトレス様は苦しまれておられる様な、そんな気がメトレス様を見ているとします。

 何に対してそんな悲痛な表情を…… いや、これは恐れているのでしょうか。

 何かを思い出して? でしょうか?

 シモ親方にやらされた修行時代のことでも思い出しているのでしょうか?


 それとも、やはりメトレス様がこういう表情を浮かべるのは、シャンタル様関連のときでしょうか?

 そうですよね、それが一番しっくりきます。

 一年祭ももうすぐですしね。きっとシャンタル様のことを思い出しているのでしょう。

 私の機能が停止したとき、メトレス様は同様に悲しんで悲しんでくれるのでしょうか?

 そうだったら、うれしいですね。






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