私は一人、工房に残り今日もネールガラスに潤滑油の油をすり込ませます。
もうこの間の注文分の必要な量は確保できたので、今している分は備蓄分の方ですね。
急ぐことはないですが、今のうちにやっておきましょう。
一人で暇ですし、今日はなんとなくシャンタル様の残された小説を読む気にもなりません。
ついでに、メトレス様は先ほど正装をしてお出かけになられました。
今日はシャンタル様の一周忌、一年祭の日です。
故人をしのんで、皆で集まりささやかなパーティを開催するそうです。
それにしても、黒色の喪服ですか。
メトレス様には黒い服もお似合いになりますね。
カッコイイですね。
見惚れてしまいます。
シャンタル様の書き残した小説を読んでいて思ったのですが、私がメトレス様に抱いている感情は、やっぱり恋なのではないのかとそう思い始めています。
そう思えてしまうことが度々あるんです。
小説に書かれている内容と酷似していると、私にはそう感じられるのです。
私はきっとメトレス様に恋をしています。
シャンタル様が書き残した小説と照らし合わせると、どうしてもそう答えが出てしまいます。
でも、人形が人間に恋を抱くなんてことあるのでしょうか?
それに、そうすると愛とはなんなのでしょうか?
それを考えていくと私には答えが出ないのです。
でも、生物ですらない私が恋などどういうこと何でしょうか。
私は人形です。物なのです。
私が特別で、恐らくは禁忌の人形で、人の魂を使い目覚めた人形だからなのでしょうか?
恐らくは…… それが原因なのかもしれないです。
それで人形である私が、人間であるメトレス様に恋をしてしまったのだと。
最近、そのことばかり考えています。
私が呼吸をしていたら、ため息ばかりついていたのかもしれませんね。
あまり考えこむのはよくありませんね。
だって、答えは出ないんですから。
こういう時はあれです。
お庭でも見て気分を紛らわしましょうか。
あのお庭はいつ見ても良いものです。
生命のすばらしさを実感できます。
人形にはない、命の輝きそのものです。
そう思って作業室から出て、お勝手口へと向かいます。
その途中のテーブルで私は見てしまいます。
一通の手紙です。
まさかと思いつつも、念のため中身を確認します。
これは…… やはり招待状です。
しかも、シャンタル様の一年祭の招待状です。
どうすべきか、私は迷います。
これがなければ、メトレス様は大変困ってしまいます。
なくても問題ないかもしれませんが、それでもお困りになることは確かです。
元恋人、恐らく元恋人のシャンタル様の一年祭の招待状を忘れるなど、他の人達にメトレス様が何を言われるか分かったものではありません。
最近というか、今日の為にメトレス様はお仕事を必要以上に頑張っておられました。
何かに憑りつかれたかのように、お仕事に打ち込んでおられました。
睡眠時間も大分削られていたようです。
特に昨日などは、今日を休みにするためにかなり無理をなされていました。
だから、これをうっかり忘れてしまったかもしれないです。
メトレス様にとって今日は、というか、シャンタル様は特別な、本当に特別な方なのですよね?
なら、この招待状はお届けしなければならないですよね……
でも、私は外に出ることは禁じられています。
聖サクレ教会に行ったこともありません。
この家からだと、かなりの距離があります。
私の方が迷子になってしまうかもしれません。
けれど、私にはこの町の地図が既に頭の中にはあるのです。
教会まで行く道はわかるのです。
メトレス様と神父様の間柄なら招待状がなくても問題はないのでしょうが……
それでも、メトレス様が恥をかくことは確かです。
そんなことはメトレス様にさせられません!
わ、私は……
どうするべきなんでしょうか?
この招待状を届けるべきなんでしょうか?
ただ、私は迷いながらも既に行動していました。
恐らくはシャンタル様の古着である服を脱ぎ、工房にある展示用で汎用の人形用メイド服を拝借し着ます。
これで私と他の人形と区別がつきにくくなるはずです。
人形の外見はオーダーメイドでもない限り、汎用の外殻の組み合わせでしかないですからね。
着替えた私は招待状をしっかりとメイド服のポケットに仕舞い込みます。
頭の中で教会までのルートを何度も思い浮かべます。
恐らく問題はありません。
後は向かうだけ。
メトレス様にこれを届けるだけ。
それだけの事です。
外では、決して、なにがあってもしゃべらない、良いですね? プーペ。
私は心の中で自分にしっかりと言い聞かせます。