昼を過ぎた頃、フランはアルタイルと共にギルドへと戻って少し遅い昼食をとっていた。受付から近いテーブル席で午後からどうするか相談しながら料理を食べていた時だ。ギルドの扉が大きな音を立てて開く。
フランがなんとなしに目を向ければ、ハムレットがそれはもう疲れた顔をしながらギルドに入ってきた。
その様子を見てフランは何があったのだろうかと観察する。そんな視線に気づいたようで、ハムレットが駆け寄ってきた。
「助けてくれぇ」
泣きつくというほどではないが、それに近い態度でハムレットは言った。何かあったのは確かなようで、アルタイルが今度はなんだと言いたげに見つめている。
邪険に扱わないということは、彼の反応がいつもとは違う問題を抱えていると察したからのようだ。
一先ずは話を聞くという姿勢をアルタイルが見せたからか、ハムレットは彼の前に座りながら深い溜息を吐き出した。両肘をついて顔を覆いながら。
「フェルシェちゃんが……」
「あれ? 受付嬢さんに注意されて大人しくなったんじゃなかったですっけ?」
「大人しくしてたぜ? ただ、その、おれが……」
「余計なことを言ったな、ハムレット」
余計なこと。アルタイルの言葉にハムレットが「はい」と項垂れながら返事をした。顔を覆っていた手をテーブルに置いて、彼は「やっちまいました」と白状する。
「この前、気を付けろと注意したばかりだろうが」
「そうですよ! メルーナちゃんにも言われていたというのに」
フラグ回収が早すぎませんかとフランが突っ込めば、ハムレットは「自分でも驚いている」と答える。
驚いている場合ではないのだがという言葉をフランは飲み込んで、何をしてしまったのかを聞いた。
「何か言ってしまったとか、やってしまったってことですよね?」
「えっと……〝やっぱり、受付嬢ちゃんは良いな〟って言ったら、我慢の限界がきたらしくて……」
「フェルシェさんの前で言ったのですか……」
フェルシェは自分なりに考えて行動を控えて気を付けていたが、元々の性格が押しの強いタイプな彼女にとってそれは我慢と同じだった。
それでも頑張っていたというのに、相手は他の女性のことを褒めるのだ。しかも、片想いしているということになっている相手のことを。
我慢の限界が来るのも仕方ない行動をハムレットはしてしまっていた。これにはフランも擁護できず、アルタイルにも「お前が悪い」と言われてしまう。
「相手は受付嬢に片想いしていると思っているのだぞ。そこで受付嬢のことを褒めたら、彼女の性格を見るにそうなるだろうことは分かるはずだ」
「大人しくしていたから油断してた……」
「そういうところに女性は幻滅するのだろうな」
だから、お前はいつまで経っても良い相手に恵まれないのではないか。アルタイルからの指摘にハムレットはうっと胸を押さえる。かなり痛い所を突かれたようで呻いていた。
アルタイルから言われるとは思っていなかったようで、「ハンターから言われるとダメージが酷い」と言ってハムレットはテーブルに突っ伏してしまう。
フランも失礼ながら、「アルタイルさんでもそういったことを考えつくのか」などと思ってしまった。
口には出していないが表情には出ていたようで、アルタイルに「カルロでも察することができる」と言われる。
「俺もあいつも恋愛というのに興味はないが、これぐらいは察することができる」
「だったら、フランちゃんにもそうしてくれよ」
「フランは特別なだけだ。というか、今は俺のことではないだろう。お前は自分の事を考えろ」
どうせ、また乗り込んでくるぞとアルタイルが言えば、ハムレットはそれだよと頭を抱える。
自分のしでかしたことなので、自分でどうにかするしかないだろうとアルタイルは手伝う気はないようだ。
フランも諦めて彼女からの怒りと想いを聞くしかないのではといったことぐらいしか思いつかない。嘆くハムレットを眺めていれば、「どうかしましたか?」と声をかけられた。
「何かあったようですが……」
「受付嬢ちゃーん、ごめんよぉ」
声をかけてくれたのは赤毛の受付嬢だ。アルタイルが代わりにフェルシェがハムレットの片想い相手だと認識しており、彼がやらかしたことを簡潔に説明すれば、彼女はあぁと口元に手を添える。
「絶対に受付嬢ちゃんにも火の粉が飛んでくる、本当に申し訳ない……」
「これはわたしも引き受けたことですので、多少のことでしたら問題はありませんよ」
「フェルシェちゃんがやらかしそうでこわいんだよなぁ」
本当に申し訳ないとハムレットは椅子から下りて土下座した。これから迷惑をかけるのは避けられないからと。
けれど、赤毛の受付嬢はいろんな問題を引き受けた経験があるからなのか、「大丈夫ですよ」と気にした様子を見せない。
長年、ギルドで受付嬢をやっているからなのか、大なり小なり問題を引き受けたり、巻き込まれた経験が豊富なようだ。
恋愛絡みのこともあったようで、「久々ですが、なんとか対応しましょう」と言ってくれている。
ハムレットは立ち上がって赤毛の受付嬢に何度も頭を下げた。フランも彼女の懐の深さに凄いなと感心してしまう。
「恐らく、ハムレットさんと一緒にいるとわたしに突っかかってくるかと思いますので、フェルシェさんが来たら受付のほうに居た方が良いでしょうね」
「確かに離れていたほうがいいですよね……。さらに相手をヒートアップさせてしまうかもですし……」
「ハムレットの受け答え次第ではもっと酷くなるだろうな」
そう、問題はハムレットの受け答えや対応の姿勢だ。少しでも間違えれば、フェルシェの怒りや執着が悪化するのは目に見えている。
それはハムレットも理解しているようだが、上手く会話ができるか不安なようだ。
「余計な事をまた言ったらどうしよう……」
「お前ならやりかねないな」
「とりあえず、フェルシェさんの話を聞くことを優先してみるのはどうですか?」
まずは相手の気持ちを聞くことで、感情を落ち着かせることを優先すればいいのではないか。
フランの提案に赤毛の受付嬢が同意するように頷く。話すことで気持ちをが楽になるということはあるからだ。
それによって感情が落ち着くというのはあるだろう。それから受け答えに気を付けていけばその場は治まるかもしれない。それを聞いてハムレットはなるほどと顎に手をやる。
「それならなんとかなるかも……」
「ハムレットさん!」
ハムレットの言葉を遮るようにばんっと勢いよくギルドの扉が開いた。