「おうらぁ!」
双剣を振るっている赤毛の受付嬢の前には二頭のワイバーンが飛んでいた。番のようで片方のワイバーンが怒ったように泣き声を上げながら牙を向いてくる。
二頭のワイバーンを見てアルタイルは「カルロが好きな依頼だな、これは」と呟く。ハムレットはあぁとがっくり肩を落とした。
そんな会話をしている場合なのかとフランが突っ込もうとすれば、アルタイルが「問題はない」と太刀を抜く。どうやら、赤毛の受付嬢だけでも片づけられるようだ。
「彼女は俺と同じSランクだ。ワイバーン二頭ならばなんら問題はない」
とはいえ、こちらに飛んでこないとも限らないとアルタイルは太刀を振るえるように構えて、ワイバーンの動きを観察する。ハムレットは腰を抜かして座りこんでいるフェルシェに声をかけていた。
フランは何かあっても動けるようにロッドを構えながら赤毛の受付嬢を見つめる。彼女の動きというのは激しいものだが、ただ乱暴に双剣を振り回しているわけでなかった。
ワイバーンの動きを見極めて的確に急所を狙い打っているのだ。荒々しく見えるが無駄のない攻撃から目が離せなくなってしまう。
一匹のワイバーンが噛みつこうと飛び掛かったのを赤毛の受付嬢が回し蹴りし、地面に叩きつける。地面に落ちたワイバーンの隙を見逃すことなく、赤毛の受付嬢は双剣で首根を斬った。
吹き出る血飛沫など気にしない。赤毛の受付嬢は背後を飛ぶワイバーンへと目標を変えて、双剣に魔力を籠めた。
炎を纏う刃がワイバーンの翼を焼き切った。悲鳴など知らない、赤毛の受付嬢はその勢いのまま、ワイバーンの胸に剣を突き立てる。
それは流れるような動きだ。そうなるように初めから決められたかのようで、フランは目を見開かせてしまう。
二頭のワイバーンが地面に伏して静かになった。それは彼らの死を意味する。ふーっと息を吐き出して赤毛の受付嬢は双剣を腰に掛け仕舞う。
くるりと振り返って赤毛の受付嬢がフェルシェの元へと歩いてくる。彼女はハムレットに支えられながら立ち上がった時だった。
「これで分かったかしら?」
圧。たった一言に全てが籠められていた。フェルシェは涙目になりながら、「わかりました」と項垂れる。
どうやら、自分でもワイバーンと戦ってみたようだが、歯が立たなかったらしい。避けるのも必死だったというのに赤毛の受付嬢はフェルシェを守りながら、尚且つワイバーンに隙を見せずに戦っていたのだ。
それを見ては流石に何も言うことはできない。フェルシェは負けを認めたようで、黙ってしまう。
「あの、フェルシェさん。いくら、ハムレットさんに不満があったからといって、受付嬢さんを悪く言うのは違いますよ」
フランは言おうと決めたことを口にした。ハムレットが悪いところは多々あったのは事実だが、赤毛の受付嬢は関係がない。彼女はただ、ハムレットに慕われていただけなのだから。
誰かを落とすために相手が気にしていることを悪く言うべきではない。誰にだって気にしている点というのはあって、それを悪く言われて良い気分になる人間はいないのだ。そもそも、誰かの悪口を言う必要がないではないか。
フランは「貴女だって、同じことされたら嫌でしょう?」とフェルシェに問う。赤毛の受付嬢と同じ立場だったらどうかと。フェルシェは眉を下げながら目を伏せて、「嫌だわ」と呟く。
「自分がされて嫌な事は他人にするべきではないです。今回はハムレットさんに原因があるのであって、ただ慕われていた受付嬢さんは悪くないですよね?」
「あなたの言う通りだわ……。わたしが悪かったです、ごめんなさい」
反省したようにフェルシェが頭を下げれば、赤毛の受付嬢は溜息を一つついてから「大丈夫ですよ」と言葉を返した。
その口調から怒りが治まったのが分かる。どうやら、彼女の感情は落ち着いたようで、「反省したのならそれでいいです」と微笑んだ。
「元の原因はハムレットさんですからね。わたしはただ、名前を悪く言われたのが嫌だっただけですから」
「本当に申し訳ございませんでした」
「ハムレットさんはわたしに謝るのではなく、フェルシェさんに頭を下げなさい」
貴方がはっきりしないせいでしょう。赤毛の受付嬢に指摘されて、ハムレットは「はい」と頷くしかない。フェルシェに向き直ると頭を下げた。
「本当に申し訳ない、フェルシェちゃん。おれは君の事を良き冒険者仲間としか思っていないんだ。友人として好きではあるけれど、恋人としては考えられない」
ハムレットははっきりと断った。彼の言葉に嘘はなく、それはその場にいた誰もが感じたことで。フェルシェは涙を流しながらも、それを受け入れるように「分かりましたわ」と頷く。
「わたしも怒ってしまって申し訳ございませんでした。皆さん、ご迷惑をおかけしてごめんなさい」
「おれが殆ど、悪いからフェルシェちゃん……」
「でも、受付嬢さんを傷つけたのはわたしですから」
涙をぬぐいながら謝るフェルシェに「大丈夫ですよ」とフランが声をかける。赤毛の受付嬢ももう気にしてないようで笑顔を向けていた。
「それよりもこの後の事を考えましょう」
「この後?」
「カルロさんへの謝罪方法です」
この依頼はカルロに本来、いくものだった。しかも、複数体を相手にするものであり、ワイバーンは強く彼からしたら戦い甲斐のある魔物だ。
そんなカルロが好む依頼を勝手に引き受けてしまったのだから、相手が不満を抱かないわけがない。彼に依頼書を渡す他の受付嬢が事情を話さないわけがないので、どう説明するかが問題だ。
「あれのことだからかなり絡むだろうな。床を転がっているのが想像できる」
「あー……」
「これはわたしも悪いので謝罪します。ただ、元の原因であるハムレットさんは詫びを考えたほうが良いかと思います」
カルロの機嫌を直すためのお詫びは考えたほうがいいと言う赤毛の受付嬢に、ハムレットは痛む頭を押さえながら頷く。
フランはまたあの駄々こね状態を見ることになるのかと、少しばかりハムレットに同情してしまった。大変だろうなと思って。