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第109話 一先ず、解決


 フランはただ、その光景を眺めることしかできない。ギルドへと戻るとカルロが飛んでやってくるや否や、「酷くない!」と依頼を取られたことに対して文句を言ってきた。


 それは当然の反応なので赤毛の受付嬢が「申し訳ございません」と頭を下げる。それからハムレットが訳を簡潔に話して謝れば、カルロはむぅっと頬を膨らませた。



「ハムちゃんが悪いじゃん! はっきりしない上に相手の気持ちも考えないなんてさ!」


「ほんと、その通り過ぎて何も言い返せない」



 カルロにまともな事を言われて地味にダメージを受けたようで、ハムレットがかなり落ち込んでいる。本当のことなので言い返すこともできず、ただ彼の言葉を聞くことしか出来ない。


 ぼくちんも狩りたかったとカルロは床を転がる。この一連の流れが綺麗に決まって、フランはおうとただ眺めることしかできなかったのだ。


 フェルシェも自分が煽った事が原因の一つなので謝っているが、カルロは不満を爆発させていた。ごろんごろんと転がりながら、「狩りたかった!」と文句を言う。


 さて、これは何かお詫びをしなければ治まらないだろう。赤毛の受付嬢は受付にいるサラに何か依頼はなかったか確認を取り、ハムレットは転がるカルロに声をかけて落ち着かせようとする。


 フェルシェもハムレットと同じようにカルロに話しかけているものの、大人しくなる気配というのはない。


 これは機嫌がよくならないのではとフランがアルタイルを見遣れば、彼はそれはもう面倒くさげにその光景を見つめていた。



「困りましたね……。現在、ハンターに渡せそうな依頼はなくて……」


「えぇっ! ど、どうしましょう」



 赤毛の受付嬢が困ったように頬に手を当てる。彼女なりに他の提案を考えているようだが、代わりの依頼がないので厳しそうだ。


 騒ぐ声が大きくなってこれはそろそろまずいのではとフランが心配していれば、ハムレットが「ほら、一緒に依頼受けるから!」と提案した。



「最近、一緒に依頼を受けなかったからな! どうだ?」


「えー、それはそれで楽しいだろうけどぉ。ぼくちんは依頼がぁ」


「今ある依頼でも楽しめるって!」



 そうだろうとハムレットがカルロの持っていた依頼書の一枚を手に取ってこれとかさと言う。なんとか妥協してもらおうとハムレットはいろいろと喋っていたが、カルロはまだ不満げである。


 フェルシェも「わたしもお供します!」と言っているが、むすっとした表情が変わることはない。これでも駄目かとハムレットが呻った時だ。



「仕方ないな」



 深い溜息を吐き出してアルタイルが一枚の依頼書を取り出した。それをカルロの前に差し出しながら、「これならどうだ」と一つ提案をする。



「これは巨木獣一頭の討伐依頼だ。お前が好きな魔物だろう?」



 巨木獣。樹木を背負った巨体な亀の姿をしている魔物だ。動きは遅いが、複数の木の根を鞭のようにしならせながら攻撃をしかけてくる。


 刃のような葉っぱを吹き飛ばしてきたり、咆哮が耳に響き眩暈を起こすことなどができるので、油断ならない魔物で耐久もある。


 カルロからすれば長持ちするサンドバックだ。なかなか壊れないので、戦い甲斐がある魔物として好んでいた。その依頼書をアルタイルはひらひらと揺らす。



「お前が楽しみ過ぎて暴走しかねないから俺に回ってきた依頼だ。お前が機嫌を直すというのならば、これの依頼を渡そう」


「くれるの! 本当に!」


「あぁ、機嫌を直すならな」


「直す! やったー!」



 がばっと起き上がってカルロは依頼書を受け取るとテンション高めに声を上げた。一瞬で機嫌を直したのを見てフランはおーっと拍手をする。


 アルタイルは渡したくはなかったようだが、いつまでも此処で騒がれても他の冒険者の迷惑となるだけだったので、仕方なく依頼を任せたようだ。


 フランの訓練用にしようとしていたらしく、「大型の魔物を狩る練習もさせたかった」とはぁと何度目かの溜息を吐く。



「ご迷惑をおかけしました、アルタイルさん」


「気にしなくていい。元はと言えばハムレットが悪いのだからな」


「すまん、ハンター」


「お前はカルロが満足するまで狩りに付き合え」



 お前が招いたことなのだから最後まで面倒を見ろとアルタイルに叱られて、ハムレットは「はい」と頷く。


 カルロが暴走しないように落ち着かせろという言葉が籠められているのはフランでも察することができた。


 カルロの機嫌も良くなったので全て解決したのではないか。フランはやっと終わったかとほっと息をつく。



「フラン、疲れただろう」


「疲れたと言えば、気疲れしたかもしれません」


「巻き込んでしまってすみません」


「大丈夫ですよ、受付嬢さん! 勉強にもなりましたから」



 相手の気持ちも考えずに曖昧でいることがどれだけ酷い事なのか。一方的に気持ちを伝えるといことが相手を思いやれていない行為であることを。


 自分がやられて嫌な事を他人にもしない、相手のトラウマを抉るような事も同じく。


 それらは当然なことではあるけれど、実際に体験したり目撃しなければ実感しないものだ。フランはハムレットやフェルシェを見て、改めて気を付けていこうと勉強になった。


 だから、気にしてないとフランが答えれば、赤毛の受付嬢も「その通りですね」と同意してくれた。わたしも気を付けなくてはいけないと。



「自分の想いだけを押し付けるのは良くないことで、他人の嫌がる行為をしていい理由にもなりませんから」


「ですよね。私も気を付けていこうと思いました」


「自分の想いを押し付けるか……」



 赤毛の受付嬢の言葉にアルタイルがぽつりと呟く。どうしたのだろうかとフランが首を傾げるも、彼は顎に手をやりながら何やら考え事をしているようで気づいていない。


(アルタイルさんにも何か思うことがあったのかな?)


 考えているところを邪魔するのは悪いので、フランはアルタイルに声をかけなかった。自分が口出しすることではないと思ったから。


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