恋というのは人を悩ませる。傷つく時もあれば、嬉しく思うこともあって、辛くも楽しい思い出となる。苦しくなることもあるというのに、人間というのは繰り返す。それが恋というものかもしれない。
フランはそんなことを考えながら目の前に座るキャロメを眺めていた。彼女はうぅと胸を押さえながら想い悩んでいる。
昼を過ぎた頃、彼女はギルドにやってきた。丁度、フランがアルタイルと次の依頼について話をしていた時だ。
『少しの間、フランさんを借りてもよいでしょうか?』
キャロメにそう言われたアルタイルは彼女の気持ちを察したのか、席を外してくれたのだ。それから暫くしてメルーナがやってきて、今は三人でテーブルを囲んでいる。
席は一番奥の隅。周囲から少し離れており、冒険者たちの騒がしい声もあってか、聞き耳を立てられなければ話を聞かれる問題はない。
だというのに、キャロメはメルーナが席に着いてからも胸を押さえて唸っている。どうしたのだろうとフランは考えるも、思い浮かぶのはつい先日、ゴロウと恋仲になったことぐらいだった。
ゴロウと何かあったのだろうかとフランが思い切ってキャロメに聞いてみれば、はいと返事が返ってくる。
喧嘩でもしたのだろうか、フランが心配して見れば、彼女は「恋にライバルはつきものです」と項垂れた。
「え! ゴロウさんに別の女性の影が?」
「ゴロウさんと年の近い女性が最近、よく工房に来ているのです……」
その女性は少々、年老けてはいるがなかなかに美人でゴロウと仲が良いのだという。
それはもう楽しげに話をしているものだがら、キャロメは恋のライバルが登場したのではと不安を抱いているようだ。
名前で呼び合って、軽い口調で話している。雰囲気も明るく、柔らかなものだから、傍から見ても仲が良いと納得してしまうほど。そう言ってキャロメはがっくりと肩を落とす。
「でも、キャロメさんはゴロウさんの恋人ですわよね? ゴロウさんが浮気をするとは思えないのですけど?」
「そう! ゴロウさんは浮気なんてしない! きっとあの女性が狙っているのです!」
「ただ、友人で仲が良いのでは……」
「男女に友情ってあるのかしらね?」
男女の間に友情があるのか。それは人によるのではないだろうか、それがフランの考えだ。両者共に恋愛感情を全く抱かないということもあるので、友人関係を続けてられている人もいると。
どちらかが恋愛感情を抱いてしまう場合もあるのは理解している。そうなると友人関係は続けていられなくなることになるのも。なので、男女の間に友情があるのかをフランは否定はしない。
と、フランが言ってみれば、メルーナは「まぁ、人によるはその通りよね」と頷いた。
自分もパーティは男二人女一人だが、恋愛感情は抱いていないし、相手もそんな気を見せてはいないから納得しているみたいだ。
でも、キャロメは「ゴロウさんはそうでも、相手の女性は恋愛感情を抱いているかもしれない!」と、声を上げる。その可能性はあるのでフランもメルーナも否定はできなかった。
「だって、あんなに仲が良いんだもの……。女性はなんかゴロウさんのこと何でも知っているみたいな雰囲気を出してるし……」
「話しかけたことはあるんですか?」
「ゴロウさんと話をしているのを邪魔することができなくて……」
楽しそうに話をしているところに水を差すことができず、キャロメはその女性と話すどころか、顔を合わせることもできていないらしい。
話をしてみることで相手の事を少しはしれるのだが、キャロメには勇気がいることのようだ。もし、恋のライバルだったらどうしようかという不安が邪魔をしているのをフランは察する。
確かに恋のライバルだったらどう反応すればいいのか、考えてしまうなとフランも思う。牽制されたりした時とか特に。
メルーナもキャロメの気持ちは理解できるようで、「怖いわよね」と慰めるように彼女の肩をそっと叩く。
「ゴロウさんに聞こうにも、こっそり立ち聞きするという、みっともないことをしていたと知られたくなくて……」
「まぁ、盗み聞きみたいに感じて嫌な印象を抱かせかねないわよねぇ」
「それはそうですね。うーん、どうするのが良いんでしょう?」
その女性との関係性を知るには本人たちに聞くのが一番、手っ取り早いのがどう自然に話しかけるかが問題になる。下手なタイミングで入れば、両者に悪い印象を抱かせかねない。
弟子の誰かに聞いてみるのはどうだろうかと提案してみるも、それはすでにキャロメがやっていたようでみんな知らないという答えが返ってきていた。
「これはもうタイミングを見計らって、さりげなく通りかかるのがよいのではないかしら」
「と、いうと?」
「ゴロウさんとその女性が話をしているタイミングで、たまたま通りかかったといった感じで声をかけるのよ」
二人が会話している時にたまたまを装って声をかければ怪しまれないのではないか。メルーナの提案にキャロメは「それは悪くないかも」と顎に手を当てて思案している。
ただ、これは偶然を装わなければならないので、その演技を上手くできるかによるわけだが。今のキャロメでは難しい気がしなくもなかった。
けれど、どんな関係なのかは聞かないと分からない。不安を抱いているならば、勇気をもって話しかけるべきだ。フランもメルーナの提案に同意するようにそう声をかける。
「そう、ですよね……。聞いてみないことには分からないですし……」
「そうですわよ。別にこの方は誰ですか? って軽く聞く分には問題ないはずだわ」
「強気と言うか、きつめな感じに聞きさえしなければ大丈夫だと私も思います」
「束縛しているように感じません?」
女性と話しているだけでいろいろ聞いてこられるのは束縛しているように感じないか。キャロメの不安にメルーナは「聞く分には問題ないわよ」と返す。
誰だって友人や恋人が知らない人と話をしていたら、「この人は?」って聞くでしょうと。
もちろん、人によっては束縛されているように感じることもあるのは事実。だから、どれだけさりげなく、相手を警戒させないように聞くかが試される。
メルーナは「そこで恐れちゃダメよ」と注意した。そう言われてはキャロメも何も言えず。うぅと小さく呻ってから、「頑張ってみます」とやる気を出す。
「頑張ってみますが、一人では不安なので……」
「付き添うぐらいなら、私は大丈夫ですよ」
「うーん、わたくしたちが居ても自然に出くわす方法……。キャロメさんを送ってきたとかどうかしら?」
お茶会が終わったからキャロメを送り届けたということにしておけば、怪しくはないのではないか。
それにキャロメが「お客様から頂いたお菓子を渡すついでとかもどうですか?」と提案する。
おすそ分けしようとしたお菓子を忘れてしまい、それを渡すついでに送り届けてくれた。これならば理由としては充分ではないかと言われて、ありだなとフランは頷く。
「問題は女性がいつ訪ねてくるかじゃないかしら?」
「もう少ししたら来るかと」
ここ最近、よく訪れるので大体の時間は把握しているらしい。今からギルドを出て工房へと向かえば丁度いいのではないかと。
毎日、会いに来ているのであればキャロメが不安を抱くのも仕方ない。フランは彼女が安心できるのならばと、協力することにした。