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第111話 伝えるというのは大事なことだ


 キャロメはがちがちに固まっていた。工房の門の影に隠れながら玄関を確認してみれば、ゴロウと女性が仲良さげに話をしていたのだ。


 くすんだ灰髪を一つに結っているこの辺りでは珍しい和装の女性は年老けては見えるが、綺麗な顔立ちをしている。ゴロウと年代はさほど変わらないのではないだろうか。


(これはキャロメさんが心配するわけだ)


 それはもう話が盛り上がっているのを見てフランは納得した。メルーナもそうだったようで、これはと口元に手を添える。



「仲良さげだわね……」


「でしょ! 美人だし、仲良さげだしでもうぅ……」


「キャロメさん、落ち着いてください」



 仲良さげではあるがまだどういった関係なのか把握できていない。


 ただの友人かもしれないのだからとフランが落ち着かせようと声をかければ、キャロメは「だってぇ」と若干、涙目になっていた。


 二人に話しかける前からこれで大丈夫なのだろうか。フランの疑問はメルーナも抱いていたようで、「大丈夫かしら」と不安そうな呟きをする。



「でも、キャロメさん。聞かないと!」


「そうですわよ。恋人なのですから、聞く権利はありますわ!」


「うぅ……そう、そうですよね。聞く権利はある!」



 聞くのが悪いわけではないのだとキャロメは自分に言い聞かせる。少しの間、そうしてから「よし!」と彼女は気合を入れた。


 覚悟が決まったようでキャロメはゆっくりと歩き出す。フランとメルーナがそれに着いていくが、彼女の動きがぎこちない。大丈夫だろうかとフランは少し心配になった。


 玄関先までやってきたキャロメはゴロウに声をかけた。それはもう上ずった声で。出だしから躓いているのだが、ゴロウは気づいていないようだ。



「おう、キャロメ嬢に嬢ちゃんたちどうした?」


「お二人とお茶会をしていたのですけど、わたしがおすそ分けするお菓子を忘れちゃって。渡すついでに送ってくれたんです」



 キャロメの返答にゴロウがそうだったんかと笑っている。どうやら信じてくれたみたいだったので、メルーナは「お邪魔しますわね」と挨拶に入った。



「お二人ともお話中に割って入ってしまって申し訳ございませんわ」


「あぁ、気にせんでえぇ。大した話もしてねぇからな」


「そうさね。ただの世間話をしてただけだよ」



 女性はゴロウに同意するようににこにこと話す。なんとも気さくな感じでフランは拍子抜けしてしまった。


 キャロメがゴロウに話しかけている様子を見ても、特に変わった様子を見せないものだから。


 その様子はメルーナも感じたようで、ちらりとこちらを見てくる。フランも視線を合わせながら首を傾げてみせた。



「ゴロウ。あんたが言ってたんは、この娘やろ? 可愛らしい子じゃあないの」


「ばっか、揶揄うんじゃねぇぞ。おれはいいが、キャロメ嬢はやめてくれ」


「うんな、野暮なことはしないわよ。そこまで空気読めない人間じゃないわ」



 はっはっはっと、大きく笑ってみせる女性の態度にますますゴロウとの関係性がわからなくなる。バンバンっとゴロウの背中を叩くのを見るに、気心知れた仲ではありそうでだが。


 キャロメもどう反応すればいいのか悩んでいるようで、眉を下げながら言葉を探している。


 これはフォローするべきではないか、フランがちらりとメルーナを見遣れば、彼女が小さく頷いてから二人に話しかけた。



「わたくし、メルーナと言いますの。お名前を窺ってもよいかしら?」


「ああ、あたしかい? チヨネってんだ」


「私はフランです。チヨネさんはゴロウさんに用事があったんですか?」


「用事ってほどでもないさ。あたしがこっちに越してきたもんだからさ、顔出して話相手になってもらってんのよ」



 仕事の邪魔にならないように休憩時間だけだがねとチヨネは笑む。どうやら最近、こっちに越して来たようだ。


 ゴロウの故郷からやってきたようで「ここまでの道のりは遠かったねぇ」と疲れたといったふうに話す。



「ゴロウが独り身なんだからこっちに越してこいって誘ってくれたのよ。孤独死なんてされても困るって」


「ご、ゴロウさんから!」



 キャロメが思わず声を上げる。それはもう動揺した様子にフランが慌てて落ち着くように声をかけるも、かなり表情に出ていた。


 それにはゴロウもどうしたのだと不思議そうにしていて、どう誤魔化そうかとフランが考えていると、チヨネが「おや?」と顎に手をやりながら首を傾げる。



「ゴロウ、あんた恋人に言っていなかったのかい?」


「あ? チヨをこっちに呼ぶのをか? 言ってなかったなぁ。驚かせちまったのか?」


「ばぁか。そっちじゃないわよ。あたしがあんたの〝姉〟だっていうことを説明してなかったのかってことよ」



 姉。チヨネの言葉にキャロメが固まる。メルーナは目を瞬かせ、フランは二人を交互に見遣った。この反応で知らなかったのを察したようで、チヨネが「ごめんねぇ」と謝りながら教えてくれた。


 ゴロウとチヨネは年の離れた姉弟なのだという。五歳差で老け方が違うからなのか、よく似ていないと言われていたらしい。


 チヨネは「勘違いさせちゃってたらごめんなさいね」とキャロメの肩を叩いた。ゴロウも言えばよかったなと申し訳なさげに言っているので、嘘ではないようだ。



「ほ、本当に姉弟なんですね!」


「そうよ。似てないかもしれないけど、あたしはゴロウの姉だよ」



 安心しておくれと言われてキャロメは深い息を吐き出していた。安堵したようで表情が和らいでいる。かなり不安を抱いていたようだったので、気を張ってもいたみたいだ。


 チヨネは察したようでゴロウを叱っている。心配させるんじゃないよと、きつく。ゴロウもキャロメの様子に心配をかけてしまったと気づいて謝っていた。



「これは無事、解決ってことでいいんですかね?」


「いいと思うわよ。そもそも、ゴロウさんがちゃんと伝えていればよかったことですわよ」


「嬢ちゃんの言う通りだ、おれがわりぃことしちまったな……」



 ぼりぼりとゴロウは頭を掻く。反省はしているようで、次からは気をつけるとキャロメに約束していた。


 キャロメの悩みはこれで解決したようだ。フランはよかったと胸をなでおろしながら二人を見遣る。キャロメのゴロウを見つめる視線というのはとても温かいもので。


(これが恋ってやつなのかな)


 フランは恋というのがいまいち分かっていなかった。けれど、キャロメやフェルシェの想いを感じて少しずつではあるけれど理解してきている。


 好きな人のために勇気を振り絞ることも、不安を抱くことも、時には怒りを感じることだってあることを。その想いの強さが恋なのだろうと。


「答え、か……」


 フランはぽつりと呟いた。アルタイルのことを思い出して。



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