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第116話 嫌がることはするべきではない


「ミリヤさん、どうでしょうか! おれとパーティを組むというのは!」


「その、すみません……あたしは薬草採取と調合がメインなので……」


「そこをなんとか!」


「取り込み中、すまない」



 アルタイルの言葉に二人が振り向く。好青年の冒険者は邪魔をされたといったふうに顔を顰めたが、そんなものは気にしないとアルタイルはミリヤに話しかけた。



「ミリヤ、この馬鹿を叱ってくれ」


「え?」


「また怪我を放置しようとした」



 狩りを終えて素材を剥いでいる時に絡んできたんだと、カルロが怪我をした訳を話しながらほらとミリヤの前につき出す。


 カルロは左手首を隠すように押さえながら恐る恐るといったふうにミリヤを見た。



「かーるーろーさん!」


「ひぃん、ごめんなさいぃ」


「あれだけ気を付けなさいって言ったでしょ!」



 仁王立ちでカルロを叱るミリヤにアルタイルの作戦が成功したとフランはやったと声を零しそうになって堪えた。


 ミリヤの説教が怖いのでカルロは演技をする必要もなく、いつもの様子だ。これぐらい平気だもんと言ってしまって、余計に彼女を怒らせている。


 それでもミリヤは叱りながらもポーチから救急箱を取り出して、カルロの傷の手当てをしようと準備を始めた。


 これでどうにかなるかなとフランが見守っていれば、好青年の冒険者が「放っておけばいいだろ」と突っかかってきた。



「何度、言っても聞かないなら、聞く耳がないってことだろ。そんな恩知らずのことなんて放っておけばいいじゃないですか!」



 恩知らずは言いすぎではあるが、言いたいことは分からなくもない。フランは痛い所を突かれたなとちらりとカルロを見遣る。


 彼はそんなことは思っていないといったふうに頬を膨らませている。



「聞く耳がないわけじゃないんだけどー!」


「じゃあ、どうして何度も言われているんだ」



 あれだけ気を付けろって言われていたんだろうと言われて、カルロはうぐぅと黙る。これに反論できないとまずいのでは。


 フランがどうしようとアルタイルを見れば、彼は仕方ないといったふうに一つ息を吐いてから話に入る。



「こいつは痛覚が鈍い。だから、平気だと思ってしまうだけだ。気を付けてはいるが、ハンターとはいえ、怪我はすることもある」


「痛覚が鈍いって、痛みを感じないんです?」


「掠り傷程度なら虫に刺されたぐらいにしか感じない。だから、怪我を放置しがちになるんだ。こういうやつは指摘する人間が傍にいたほうがいい」



 だから、ミリヤは適任なのだとアルタイルが説明すれば、なるほど彼女は納得するも、好青年の冒険者は不満げにしている。彼は別にミリヤじゃなくともいいと思ったのようだ。


 指摘するなら誰でもいいかもしれないが、ミリヤのように真剣に叱ってくれて、しっかりと手当てまでできる存在というのは少ない。


 カルロも懐いているので彼女が最適なのだ。アルタイルがそう言えば、好青年の冒険者は「負担になるだろう」と反論した。ミリヤのことも考えるべきだと。



「ミリヤさんの負担になるじゃないか! 何度も迷惑をかけて!」


「まぁ、負担と言われればそうなるのか……」


「フラン。それは本人に聞けばいいだけだ」



 アルタイルはカルロを叱っているミリヤを呼ぶ。彼女はまだ叱っているのですがと言いたげな眼を向けてくる。



「いつもカルロが迷惑をかけていて申し訳ない。お前の負担になってしまっているだろうか?」


「え? 別に負担じゃないですよ」



 不思議そうにミリヤは答えた。カルロの世話を焼くことに関しては、負担だとか迷惑だとも思っていないと。


 何を言っているのですかとミリヤはカルロのほうを見た。彼はえへっと舌を出しているのだが、彼女は気にした様子はない。



「あたしば人の世話を焼くタイプなんで別に苦ではないんですよね」


「何度も言っているのに?」


「はい。人間って一度で分かることって珍しいので。でも、世話を焼いちゃうとお母さんみたいって言われますね」


「あぁ、言ってましたね」



 お母さんみたいに叱ったり世話を焼いたりしちゃうから、それがきっかけで振られてしまう。


 そんな話を聞いたなとフランは思い出す。これはどうしても治らないのでとミリヤは頭を掻く。



「むしろ、余計なお世話ばかりしているんじゃないかって思って……」


「ここまで世話を焼いてもらって余計なお世話だと思っていると!」



 好青年の冒険者の信じられないといった声にカルロは「思ってないけど!」と答える。流石にそこまで酷い人間じゃないというように、むぅと頬を膨らませている。



「そもそも、ぼくちんはみーちゃんをお母さんみたいって思ったことない! 可愛い女の子でしょ、みーちゃんは!」


 こんな自分の世話を焼いてくれる優しい人をお母さんみたいで片づけるのは失礼だろう。


 カルロは「そんな酷いことぼくちんは言わないけど?」と少しばかり怒った口調で言う。



「そもそも、みーちゃんのこと分かったように言うのどうなの?」


「傍から見れば迷惑をかけているように見えるだろ!」


「それはキミの主観でしょ? 本人から言われるなら分かるけど、他所のそれもみーちゃんとそれほど仲も良くない人から指摘されたくないんだけど?」



 ミリヤ本人、あるいは彼女と親しい人から指摘されたらならば、納得はできるけれどそうでもない野外から言われる必要はない。


 長い付き合いでもない日の浅い人にそんな分かったに言われる筋合いはない。カルロは「みーちゃん本人に言われなきゃぼくちんは納得しない」とはっきりと言い切る。


 カルロの勢いにフランは目を瞬かせる。彼がそこまで誰かに言い返すといったことをしなかったので驚いたのだ。


 アルタイルはほうと腕を組んでカルロの様子を観察している。彼にとっても珍しい光景だったみたいで、黙って話を聞く姿勢になっていた。



「だいたい、みーちゃんの何なの、キミ」


「彼女には助けてもらって……」


「それだけだよね? それだけでみーちゃんの気持ちを代弁するみたいなことやらないでほしいんだけど?」



 じとりと好青年の冒険者を睨むカルロの様子がおかしいことにミリヤも気づいたのか、フランの傍によってこそっと「どうしたんですか?」と声をかけてきた。


 どうしたのか、それはフランも知りたいのだが、何か気づいているようなアルタイルは黙っている。これは様子を見ろということだろうか。



「てか、みーちゃんを困らせていたのはキミだよね? みーちゃんは何度も断っているみたいな感じだったけど?」


「それは……」


「嫌がってる子にしつこく声をかけるのは良くないと思うけど?」


 その通りである。嫌がっている、断っている人にしつこく声をかけるのは迷惑行為だ。


 いつも飄々として子供っぽいカルロからそんな言葉が出るとは。失礼ながらフランはそんなことを持ってしまった。


 これには好青年の冒険者は言い返せない。それでも何か言ってやろうと言葉を考えているようではあった。



「あんただってミリヤさんに甘えているだろう!」


「うん! そうだね!」


「そこ、認めちゃうんですか!」



 それはもう元気よく返事をしたカルロに思わずフランは突っ込んでしまった。甘えている自覚はあったようで、彼は「そこは否定しないよ」と認めてしまう。



「でも、ぼくは嫌がることはしないよ」



 嫌がっている子にしつこく迫ることはしない。カルロの返答に好青年の冒険者はうぅっと黙った。



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