「嫌です!」
フランは声を上げた。嫌だった、アルタイルが誰かの元へ行くのが。それはまた一人になるのが怖いからとかではない。誰かに取られるのが嫌だったからだ。
即答だったこの感情にフランはあれっと気づく。これってどういう意味だろうかと。これがもしかして。
「これが恋か!」
「そう! これが恋! ぼくちんがみーちゃんを取られたくないのも、フーちゃんがアルアルとずっと一緒にいたいのも!」
そうだ、これが恋なのだ。フランは理解した、自分はアルタイルのことが好きなのだ。この好きは友愛ではない恋情なのだと。
なんでこんなにも時間がかかってしまったのだろうか。答えは簡単なことだったのとフランは自分の鈍さに呆れる。これはメルーナにも溜息をつかれるわけだ。
「フーちゃんなら分かるでしょ! ぽっと出の相手に渡したくない気持ちが!」
「分かります! 見た目とか力だけしか見てない人には渡したくないです!」
「それな!」
内面をしっかりと見ていない相手に誰が渡すものか。カルロの言葉にフランは同意した、その通りだと。
今ならばカルロの気持ちがよく分かる、これは確かに強気に出てしまうことだ。同じ立場だったら自分もそうだったとフランは思った。
「あの、フラン」
「え? あ、メルーナちゃん!」
背後から声がして振り返れば、なんとも呆れたような顔をするメルーナが立っていた。
どうやら話は聞いていたようで、「アナタ、よく考えなさいな」と指を指す。
「目の前に本人がいるのだけど?」
「……あ」
「見なさい。あの顔を」
フランがゆっくりとアルタイルを見遣れば、彼は右手で口元を押さえながら目を閉じて左手で胸を押さえていた。言葉が出ないようでぐうっと嚙みしめている。
ハムレットがアルタイルの背を擦りながら「ゆっくり深呼吸しろー」と、介護している様子に彼にはあまりにも刺激が強かったらようだ。
「えっと、アルタイルさん?」
「……待ってくれ、これはっ、衝撃が強すぎるっ」
「ハンター、とりあえず呼吸を整えろー」
不意打ちが華麗に決まってしまい、アルタイルは上手く呼吸ができていない。ハムレットに深呼吸を促されてなんとか息が吸えていた。そこまでの衝撃だったのかと、フランは少しばかり驚く。
もともと、挙動がおかしくなっていたが、ここまでくると逆に感心してしまう。アルタイルの様子を眺めていれば、カルロは「アルアルって恋愛下手だよね」と突っ込む。
「初心とかじゃなくて、言動がおかしくなっていく感じが。普通の女の子だったら、引くと思うよ」
「え、そうですか?」
「わたくしはちょっと引きますわね」
フランの問いにメルーナが答える。この反応は大袈裟とかでないけれど、どう反応すればいいのか判断できないからと。
これで嫌いになるとか、避けるといったことはしないが、少しばかり引くと言うメルーナにフランはそうなのかと首を傾げる。自分は驚くぐらいで引くことはないなと思って。
それが恋というものだとメルーナに教えられて、なるほどとフランは頷いた。愛情というのはある程度のことは受け止めることができるようになるらしい。
「言葉は足らないし、挙動がやばいし、これじゃあ伝わらないよ。だから、恋愛が下手」
「た、確かに伝わってなかったですね……」
「フランが鈍感すぎるっていうのもあったでしょうけど、これはハンター様も恋愛が下手ってところがここまで引っ張ってきましたわよねぇ」
もう少し早く告白できていただろうし、フランも想いに向き合って早くに自分の感情に気づけただろう。メルーナは「これもある意味では不運よね」と息を吐く。
両者の感情が上手くかみ合っていなくて、周囲を巻き込んでいる。フランはアルタイルの厚意に振り回されているのだから、運が悪いと感じるのだとメルーナは話す。
「いろんな意味での不運をアナタは持ってくるわよねぇ」
「私自身は気にしてないんですけど……」
「それはそれで問題よ。全く……で、さっきの言動は告白の返事ってことでいいのかしら?」
だって、好きだと気づいたのでしょう。メルーナの問いにフランはこれは告白の返事になるのかなと考えてから、「はい」と頷く。
かなり返事が遅くなったけれど、自分の感情に気がついたのだから、これは返事と言えるだろう。
「私はアルタイルさんが好きですね」
にこっとフランが笑んだ瞬間、椅子が倒れた。それはもう盛大に。アルタイルが椅子を倒しながら膝をついたからだ。これにはハムレットも慌てて彼の身体を支える。
胸を押さえながら堪えるアルタイルの様子は付き合いの中で一番、挙動がおかしい。周囲にいた冒険者からは「ハンター、頑張れー」と応援の声がかけられている。
数分と深呼吸をしてから、アルタイルは「これはいけない」とやっと口を開いた。
「死ぬかと思った」
「そこまでですか」
「不意打ちの連続はいけない」
俺にとっては致死量だと真顔でアルタイルは言ってのける。これにハムレットたちは苦笑してしまう。どれほどまでに好いているのだと言うように。
「てか、アルアルのことはいいんだよ」
「俺は良くない」
「ちょっと待ってて。こっち片づけるから」
カルロは好青年の冒険者に向き直る。彼は一連の流れについていけていないようで、困惑の表情を浮かべていた。
いきなり、告白が始まったのだから驚くのは無理もない。アルタイルとフランの関係性を知らないのであれば、尚更だ。
そんな状況の好青年の冒険者にカルロは「で、何か言いたいことある?」と問いかける。
「何かって……決めるのはミリヤさんだろう」
「そっか、みーちゃんだよね」
「あたしですか?」
話を振られたミリヤは目を瞬かせるも、どちらを選ぶも選ばないも決めるのは本人だろうと言われて、それはそうだと納得する。
ミリヤはうーんと悩ましげな表情をしながらも、「告白の返事になるかは分からないのですが」と答えた。
「あたしは話してみた感じ、カルロさんのほうが良いですね。戦っている姿は怖いんですけど……そこを抜きにしても、お世話のし甲斐があるかなって」
無理強いはしないし、頼んだこともしっかりやってくれるから。ミリヤは「子供っぽいところもありますけど」と笑う。
「あ、付き合うとかそういうのはまだ考えてはないんですけど。これから考えられる相手はどちらかと言われれば、カルロさんかなって思いました」
ミリヤの返答に好青年の冒険者は項垂れる。本人からきっぱりと断られてしまっては、何も言うことができない。悔しそうにしながらも、わかりましたと身を引いた。
ちゃんと諦められるという点で言えば良いだろう。中にはなかなか引かない人間というのはいるからだ。好青年の冒険者は肩を落としながらギルドを出て行く。
あれはそっとしておいたほうがいいと、フランは呼び止めることはしなかった。カルロはわーいと子供のように喜んでいる。
「やったー!」
「よかったですねぇ」
「うん! 考えてくれるだけでもうれしいよ!」
「終わったのならば、話を戻したいのだが?」
俺を放置するなと言いたげにアルタイルがじとりと眼を向ける。放置をしているわけではないのだがという突っ込みを彼は聞かない。
「ハンター、安心しろ。これは現実だから、フランちゃんの返事は夢じゃないぞ」
「はい、現実ですね。私は嘘はついてないですし」
「フランを疑うことはしていない。最終的な確認だ」
最終的な確認とは。フランが首を傾げるとアルタイルは「無しにはもうできなくなる」と話す。まだ引き返せるということを言いたいようだ。
これを受け入れれば、俺はフランを手放すことはもう二度とないだろうと。
逃がさないという意思が籠められた言葉にフランは「大丈夫です」と頷いた。返事をかける気はないと笑む。
「私にいろんなことを教えてくれたのはアルタイルさんです。この不幸体質のこともポジティブにとらえられるようになったのも、自分で考えて行動できるようになったのも。そんなアルタイルさんだから一緒にいたいんです」
フランの言葉に周囲が「ハンター、おめでとう!」と祝う。沢山の拍手に少しばかり恥ずかしさを感じるフランだったが、アルタイルがまた崩れたのでそこまでかと笑いながら彼を支えた。