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#146


 ラヴォレ・テッカー伯爵との交渉は、まずまず成功裡に終わった。

 ついカッとなって、長々と推し語りなどしてしまったものの、かえってラヴォレ氏の心証は良くなったようで。

 今後も必要に応じて互いに援助していきましょう、ということで話をまとめることができた。

「それでは、また後日」

 そう告げて、わたしひとりで、うまみみ亭を出てきた。メリちゃんさんたち、まだラヴォレ氏に用事があるみたいだったからね。お見送りは不要、ということで。

 外に出ると、空が茜色に染まっていた。そろそろ日暮れが近い。

 でもまだお夕飯には早いかな。

 ならば、ラヴォレ氏のこともあるし、大聖堂に顔を出してみようかな? 早めにレオおじさんと面会して、テッカー伯爵家について話しておくべきかもしれない。

 あ、でも、その前に。

 冒険者組合本部に寄っておこう、と思い立った。

 ちょうど、うまみみ亭と街路を挟んだ、はす向かいに、もうその立派な建物の玄関口が見えている。

 木造三階建て。古いけれど、いかにも頑丈そうな、御殿っぽいつくりになっている。壁と屋根は朱と金に塗られていて、周囲に軒を連ねる木造建築のなかでは、ひときわ人目を引く鮮やかさ。

 わたしはこれまで、アルカポーネ、サントメール、ブランデル、の各地方の冒険者組合にて登録を済ませており、それらの地方では、冒険者としておおっぴらに活動できるようになっている。

 でもまだ、王都の組合本部には登録していなかった。

 せっかく近所まで来たのだから、ついでに手続きしておきましょう。

 と思って、街路を渡り、本部玄関の前へとさしかかったとき。

「あら?」

 と、背後から、声をかけてきた人がいる。

 よく知ってる声だ。

 厳密にいえば人じゃないけど、そう呼んで差し障りないでしょう。

 つまり、パイモンさんだ。

 そういえば、いまは、うまみみ亭に泊まってるんだっけ。

 振り向くと、そのパイモンさんは、ちょっと戸惑いの表情を浮かべた。

「えっと……レッデビちゃん……? いえ、人違いだったかしら?」

 あ、そっか。いまのわたしは、偽装眼鏡を掛けてるモブ顔の女生徒Bだった。

 でも、完全に見抜けてはいないにせよ、なんとなく、わたしの存在を感知しているとは。

 この完璧な偽装眼鏡でさえ欺ききれないとか、さすがは魔王の娘。侮れない。

「人違いじゃないですよ」

 わたしは、軽く微笑んで、スッと眼鏡を外してみせた。

 パイモンさんは、目を見張って、声をあげた。

「あっ! やっぱりあなただったのね! 驚いた! 全然別人みたいに見えたわ!」

「ええ。この眼鏡に、そういう魔法を掛けてあるので。ガミジンさんと一緒に作ったんですよ」

「そうだったの! 凄い眼鏡じゃない! そういえばガミジン、あなたのこと、いつも心配していたわよ」

「え、ガミジンさんが、わたしを?」

「そうよ。キレると何をやらかすかわからないから、今頃またどこかで暴れてるんじゃないか、って」

 そんなブレーキが壊れたダンプカーみたいに思われてたのか、わたし……。

 でも、ガミジンさんがわたしを心配してくれてるというのは、素直に嬉しい。ガミジンさんのほうこそ、元気でいてくれてるといいんだけど。

「それで、パイモンさんは、もう登録を済ませたんですか? わたしは、これから登録しようと思って」

 と訊くと、パイモンさんは穏やかにうなずいた。

「ええ。ルリマスの組合の登録証を見せたら、あっさり審査を通ったわ」

 そういえばルリマスの街で冒険者をやってた、って言ってたっけ。

 でもあそこの組合、近所の湖で、タコ型邪神を捕獲するのが主なお仕事じゃなかったっけ。冒険者組合というより漁協だよねそれ……。

「でも、今日のところは、あまり面白そうな依頼も見当たらなかったから、宿に戻るところよ」

 だそうで。

「そこの宿の、105号室に泊まってるから。しばらくはそのまま逗留するつもり。何かあったら、いつでも訪ねてきてちょうだい。とくに、エギュンの情報を掴んだら、真っ先に伝えてね」

「わかりました!」

「ふふ、じゃあ、またね」

 パイモンさんは、典雅な微笑みを残して立ち去っていった。

 やっぱり美人だなあ……。

 あれだけの美人なら、変なコスプレさえしてなきゃ、男性なんていくらでも寄ってくるでしょう。いい人が見つかるように祈っておきます。

「……さてと」

 すちゃっ、と眼鏡を再装着し、あらためて組合本部の玄関へ……。

 向かおうとして。

 足が、止まった。

 大きく左右に開け放たれた、本部玄関ドア。

 その向こうに。

 立っていた。

 見知った同級生の。

 彼が。

 学園の制服姿じゃない。

 灰色の長衣をまとって、手に短杖を横たえる……いかにも魔法使い、といういでたち。

 その、同級生の、彼が。

 さながら、森の中で突然大怪獣に出会った子供みたいな、なんとも物凄い顔を、わたしに向けていた。

 そう、黒髪長身のクラスメイト、辺境伯家長男。

 ザレック・リヒター。

 その人だ。

 いやでもなんで、上級貴族の嫡男さんが、こんな場末にっ? それも魔法使いの格好で?

 しかもなんか、めっちゃくちゃ驚いて、すっかり固まってちゃってる様子。

 え?

 まさか?

 見られてた? わたしが偽装眼鏡を外したところを?

 わたしの素顔、見られちゃってたの?





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