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#147


 わたしが、わざわざ「魔法の偽装眼鏡」を作り上げ、素顔を隠しているのには、もちろん理由がある。

 まず単純に、地味で目立たない容姿のほうが、何かと動きやすいからだ。

 わたしが王立学園に入学した目的は、学問に打ち込むためでも将来の人脈づくりのためでも青春を謳歌するためでもなく、ルードビッヒとポーラの未来を守るため。

 地味な一学生として学園に潜伏し、ルードビッヒとポーラをこっそり間近で見守ろう、と。

 もともと、そのために、ガミジンさんに協力してもらって、偽装眼鏡を製作したのである。

 とはいえ、偽装眼鏡の試作第一号ができあがった時点では、まだそれほど『認識阻害』の強度は高くなくて、少し魔力の高い人なら、あっさり見破れる程度だった。

 アルカポーネ大教会の竣工式の際、初めて、この試作第一号を掛けて出席した。

 それ以降、基本的に、屋外や公的な場所では、偽装眼鏡を掛けて人前に出るようになった。

 その竣工式で久々に再会したレオおじさんには、案の定、一発で偽装を見抜かれちゃったけどね。

 でも、万一うっかり誰かに素顔を見られても、まだそれだけなら、そんな大事にはならないだろう、とも思っていたので、この程度で十分だと思っていた。

 あくまで、隠密行動を便利にこなすための補助アイテムくらいの位置付けだったからね。

 けれど。

 最近になって、状況が変わった。

 およそ三カ月前のこと。

 その日、わたしは『転移』魔法を行使し、王都の大聖堂へと乗り込んだ。

 王立学園の入試に合格したので、レオおじさんに、その報告をしておきたかったのだ。

 大聖堂の玄関口に『転移』するつもりだったのに、なぜか座標がズレて、大聖堂内の中庭に出現してしまった。

 そこは四方を花壇と木々に囲まれた楽園みたいになっていて、まだ寒い季節だというのに、梅や桃の花が咲いていた。

「うおっ? おお、シャレアかっ! おまえ、また!」

 わたしが『転移』したのは、ひときわ大きくて枝ぶりも立派な、梅の木の根元あたり。

 そして、すぐ目の前に、レオおじさんが立っていた……。

 この転移座標のズレは、最近よくあることで、わたしはもう慣れてたんだけどねえ。レオおじさんはなかなか慣れてくれない。

 そのとき、レオおじさんは、ふと何かに気付いたらしい。

「シャレア。ちょっとその眼鏡、外してみてくれ」

 このとき、わたしは「偽装眼鏡」試作第一号を掛けたままだった。どのみち、レオおじさんに「認識阻害」は通じないのだし、掛けても外しても変わらないだろう、と思っていたのだけど。

「うん、わかった」

 と、眼鏡を外してみせたところ……。

「おお、やっぱり、似てるな……!」

 しげしげと、わたしの顔を眺めて、レオおじさんは息をついた。

「雰囲気はだいぶ違うし、よく見ると細かいところは違うが……ぱっと見は瓜二つだ」

 なんのことだろうか。

 わたしが首をかしげていると、レオおじさんは、その場に座り込んで、こう告げてきた。

「いや、実はな……月の聖女が、見つかったんだ」

「おおっ? マジですか!」

「ああ、マジだ」

 月の聖女!

 教会とレオおじさんが、ずっと探していた存在!

 わたしも一応、月の聖女に関して、知っている限りの情報は提供していたのだけど、もう何年も捜索が続いているにもかかわらず、なかなか発見に至っていなかった。

 それがようやく見つかったと。

 レオおじさんには、人の本質と正体をひと目に見抜く『法の真眼』がある。

 その判定をクリアして「月の聖女」と認められたのなら、それは間違いなく本物ということだ。

「名前はルナ。フレーカ村の平民だ」

 おおっ! ルナ! ゲーム「ロマ星」主人公のデフォルトネームじゃないですかッッ!

 ゲームでは、主人公の名前はプレイヤーが好きに付けることができる。自分の名前を付けたり、あるいは小説やマンガのキャラクターの名前を付けたりする人が大半。わたしはデフォルト派だったね。あくまで主人公はルナちゃん、と毎回決めていた。稀に、変な名前を付ける人もいたみたいだけど。とんぬら、とか。

「でな。似てるんだ」

 レオおじさんが呟く。

「似てる?」

「そうだ。シャレア。きみとルナ。かなり顔が似てるんだよ。まったく同じとまではいわんが、姉妹とか双子といわれても、おかしくないくらいにはな」

「ええ……」

 それはびっくり。わたしとルナちゃんの顔が、そんなに似てる?

 ゲームのルナちゃんの顔を思い出してみる。といっても、ゲームのほうは、いわゆるアニメ絵なんで、今のわたしの素顔と似てるかといえば……さすがに、ちょっとピンとこない。

 ただ、レオおじさんがわざわざそう言ってくるってことは、その現実の月の聖女ルナちゃんと、わたしの顔は、少なくとも姉妹レベルぐらいには似てる、と。

 これは……。

 ちょっと、考えなければならない。

 主人公になりたいわけじゃない、と、わたしは常々思っている。かつてアナーヒター様にそう語ったこともある。

 ゲームの「シャレア・アルカポーネ」は、「女生徒B」という汎用モブ顔だった。

 いずれは、わたしも、「女生徒B」に近い容姿に成長するんだろう、と、勝手に思ってたけれど、実際は全然違った。なんとルナちゃん似だという。単なる偶然だろうとは思うけど。

 このままいくと、わたしは、ルナちゃんそっくりの顔で学園に入ることになってしまうんじゃないか。

 それは、かなーりマズい、と思った。

 入学当初はいいとしても。

 一年後には、ルナちゃんが学園にやってきて、同級生のイケメンズ六人と恋愛しつつ世界を救う、乙女恋愛ゲーム本編ストーリーが始まるはず。

 なのに、ルナちゃん似のモブが、既に学園にいるとしたら……間違いなくルナちゃんの邪魔になってしまう。お邪魔虫には絶対なりたくない。ゲーム本編の進行を妨害するような真似もしたくない。

 ならば!

 いま試用中の、この魔法の「偽装眼鏡」を、さらにさらに強力なものに仕上げて!

 人前では絶対に外さないように! ルナちゃん似の素顔を他人に晒さぬように!

 とことん、気を付けるしかない!

 このとき、わたしはそう強く決意したのである。







 その後、偽装眼鏡の改良を進めて、三個目が完成。『鑑定』や『解析』でも見破れないほど強力な認識阻害効果を付与できるまでになった。いま掛けてるのが、まさにそれ。

 入学の前後から、学園内ではとくに意識して眼鏡を掛けることを心がけてきた。

 極力、この素顔を晒さぬよう、細心の注意を払ってきたつもりだった。

 ……なのにっ!

 学園の外だから、油断しちゃってた。

 よりによってクラスメイトに、見られてしまった……。

 わたしの素顔。

 どうしよう? どうしてくれよう?

 いっそのこと、口封じ……いや、駄目だ。それは最後の手段に取っておこう。

 そうだ、ここは……。

 内心ほとんどパニックに陥りながら、それでも、わたしは、かろうじて口を開いた。

「話し合いましょう」

 と。

「いま、一瞬、殺気を感じたんだけど……」

 彼――ザレック・リヒターくんも、どうやら落ち着きを取り戻したらしく、いかにも怯んだような顔で、そう呟いた。むむ。なかなか鋭いですね……。

「気のせいです。こちらへ」

 わたしは、踵を返して、本部建物の裏へと足を向けた。

「あ、おい……」

 ザレックくんは、ちょっと慌てた様子で、わたしの後ろについてきた。

 さて。どうやって口封じ……じゃなくて、黙らせましょうかね。

 あまり他人に弱みを握られたくはないんだけど、見られちゃったものは仕方ない。

 ここはどうにか、交渉でカタを付けるべきでしょうね。





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