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#148


 冒険者組合本部の両脇は、細い路地になっている。左右どちらからでも、建物裏側へ通り抜けが可能。

 その本部建物の裏は、だだっ広い空き地。

 ゲーム「ロマ星」とまったく同じだね。

 そのゲーム内、隣国からの留学生エルメキア王子を攻略する「白球熱血スポ根ルート」において、この空き地は、ルナちゃんとエルメキア王子の秘密の特訓場として使われる。

 ブラス・ボールという球技の奥義を体得すべく、ルナちゃんはここでエルメキア王子の指導のもと、さまざまな猛特訓を受けるのだ。

 ……この現実で、そうなるのかはわからない。ルナちゃんが来年、学園に入ってくるのは確実だけど、彼女がどのルートに進むのかは現時点では未知数だからね。

 ともあれ現在、ここはまったくの空き地。実は冒険者組合の所有地で、大規模な戦闘訓練施設を建てる計画があったらしいのだけど、予算不足で頓挫して、ずっとそのままになってるそうな。

 この草木もまばらな空閑地の片隅にて、わたしと、辺境伯家嫡男ザレック・リヒターは、少し距離を置いて向き合っていた。

 お互い、入学初日に教室で自己紹介をやっているので、名乗りは不要。

 まず開口一番、わたしから訊いた。

「見ましたか」

 何を見たか、なんて聞くまでもない。

 ここで無駄にトボけてきたり、茶化すような態度を取るなら、最初から話し合いの余地はない。

 悪意ある輩、話の通じぬ手合いと見做して、相応の処置をするだけ。

 ……と思ったのだけど。

「見た。眼鏡を取ったら、別人みたいな顔なんだな」

 ごく神妙な態度で、ザレックくんは生真面目に質問に応じた。

 よし。こういう人なら、まともに話が通じる可能性が高い。

「わたしは普段、この眼鏡で、いまの姿を装っています。理由があって、なるべく、素顔を人前に晒さないようにしているのです」

 わたしが語ると、ザレックくんは、いよいよ申し訳なさげに、肩をひそめてみせた。

「そうだったのか……。ただ、見てしまったのは、故意ではないんだ。そこは、信じてくれないか」

 おや。上級貴族の嫡男とは思えぬ謙虚ぶり。

 リヒター辺境伯は王国有数の武門の名家。そこの嫡男ってことで、もっと、いかにも傲岸不遜オラオラ系男子なイメージを勝手に抱いてたんだけど。

 全然そんなことはなくて、むしろ、真面目くん……なのかな?

「わかっています。素顔を晒してしまったのは、わたしの油断。あなたは何も悪くありません」

「そうか……。わかった。このことは誰にも言わない。秘密は墓まで持っていく。それでいいか?」

 百点満点な解答いただきました。まるで、こちらが何を望んでるか、見通してるかのようだ。

「ええ。そうしてくだされば、何も問題ありません」

 わたしがうなずくと。

「ただ……」

 と、彼は、少し表情をあらためて、じっと、わたしの顔を見つめてきた。

「そのかわり……というわけでもないんだけど、ふたつばかり、俺の質問に、答えてくれないだろうか」

 そらきた。秘密を守るかわりの、交換条件ってやつ?

 言い方はやんわりだけど、こんなふうに切り出されたら、お断りできませんよね。

 質問ふたつ、ですか。いったい、わたしから、何を聞き出そうというんですかね。眼鏡掛けてる理由、とか?

「わたしにお答えできるものならば」

 ちょっぴり警戒しながら、短く応じた。

「ああ、いや、たいしたことじゃないんだが……」

 ザレックくんは、少し何事か思い出すような顔をしながら、こう訊いてきた。

「今から十年ほど前。ルリマスにいなかったか? ルリマスの公園で、誰かとぶつかった記憶はないか?」

「はあ」

 十年ほど前っていうと、五歳ぐらい……。

 ちょうど王国縦断マラソンの真っ最中。初めてルリマスを訪れたのが、それくらいの時期だったはず。

 ルリマスといえば……。

 初めてレオおじさんと出会った場所だね。

 それで、レオおじさんと一緒にタコ型邪神を食べて、競馬ならぬ競豚を観戦した。あれは楽しかったなあ。

 それから……。

 公園で……。

 ああ。

 ぶつかったね。男の子と。ゴツン、と。

 それで、頭にでっかいタンコブができちゃってたので、回復魔法をかけてあげたっけ。

 たしか黒髪の、同い年くらい……の……男の子……。

 んん?

「え、あの、もしかして」

 わたしは、呟いた。

「あのとき、わたしに横からぶつかってきた……」

「や、やっぱり、きみだったのか」

 ザレックくんは、驚くというより、納得したというような表情を浮かべていた。

「思い出しました。確かに、そういうことがありましたね」

 わたしは素直に肯定した。

 なんたる偶然だろう。あのときの、かわいい男の子が、こんな男前になっちゃったかー。

「入学試験のとき、きみを見かけてから、たぶんそうじゃないか、という気がしていたんだ」

「なぜ、そう思ったんですか?」

「試験のとき、回復魔法を使ってたのが見えた。それも無詠唱で」

 ザレックくんは答えた。

「あのとき……ルリマスでぶつかったとき、無詠唱で回復魔法をかけてくれただろう? そんなことができる魔術師なんて、世間に何人もいないよ。だから、入学試験で同じことをやってたきみを見て、もしかして、と思ったんだ。年頃もぴったり合うし」

 んー。無詠唱魔法かー。それで特定されちゃったかー。十年前のルリマスの、ほんの小さな出来事をね……。

 そういえば、あのとき、小さい彼は、ずいぶん驚いてたっけ。

 詠唱無しで魔法を使ってみせたのが、彼にはよっぽど珍しいものに映っていたんだな。

 わたしにしてみれば、詠唱というのは、魔法の効果を効率よく引き出すための補助にすぎなくて、やらなくても大抵の魔法は、念じるだけで普通に使える。詠唱したら多少、威力が上がったり持続時間が伸びたりする、という程度のもの。

 わたしの父もそう。基本的に詠唱しない派だった。

 ただ、昔、レオおじさんから教わった話だと……。

「それは、きみら親子がおかしいんだ。世間のほとんどの者は、どんなに優れた素養を持っていようが、詠唱しなきゃ、魔法は使えない。おれだってそうだぞ? うちの教会で無詠唱魔法なんて使うのは、それこそ教皇猊下くらいだろう」

 だそうで。

 なるべく目立たぬよう行動しているつもりでも、つい、知らず知らず、わかる人にはわかるような真似をしちゃってたんだな、わたしは……。

 いけない、こんなことでは。

 今後はもっともっと慎まねば。

 と、海より深く反省しつつ。

 ちょっと気になることがあったので――。

 わたしはこっそり、ザレックくんに『鑑定』魔法を掛けてみた。

 もちろん無詠唱で。





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