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#149


 リヒター辺境伯家。

 わがアルカポーネ家にとって「近くて遠い隣人」である。心理的な話ばかりではなく、物理的にも。

 わがフレイア王国の北東方国境を鎮守する、王国有数の大貴族。

 保有武力は王国諸侯のなかでもトップクラス。実戦経験も豊富で、下手すると国軍より精鋭なのでは、といわれるほどのバリバリ武闘派なお家柄である。

 その辺境伯家の嫡男が、いま目の前に立つ黒髪長身のなかなか男前、ザレック・リヒターくん。

 銀の肩パッド付の灰色の長衣をなびかせ、特大の真珠みたいな宝玉をあしらった短杖を手にした、いかにも魔法使い! という格好で、冒険者組合本部から出てきた。

 つまり彼は、王立学園の生徒でありつつ、現役の冒険者で、魔法使い。

 という認識で合ってるんだろうか。

 魔法使いという存在自体は、冒険者のなかでも、そんな珍しいものじゃない。うちの父もそうだった。

 ……で、その、失礼とは思いつつ。

 こっそり、彼に『鑑定』魔法を掛けてみた。

 たちまち、わたしの脳内に溢れてくる情報の奔流。

 あー……ふんふん。

 なるほどー。

 うわー。

 マジですかー。これ。

 そういえばザレックくん、入学式翌日の自己紹介のときに言ってたな。

「魔法はまあまあ得意です」

 って。

 まあまあどころか……実際は、かなり強い魔力の持ち主みたい。謙虚なんだな。

 そりゃあ、総合的にみれば、たぶん、わたしのほうが強い、と思うけど。

 ザレックくん、わたしが知らない魔法を、いくつも修得してるようだ。

 わたしとは系統が違うというか……外国の魔法かなこれ。さすが、国境近くに住んでるだけあって、国外の魔法なんてものに触れる機会もあるんだろうな。

 人格は……混沌寄りの、やや善。

 殺人履歴、無し。

 法や掟による束縛はあまり好まないけど、すすんで善行を積むわけでも、喜んで悪事を行うわけでもない。気ままで享楽的。打算より直感。ソロで動く冒険者に多いタイプだ。

 ただ、そうだなー。魔力は高いんだけど、身体能力が……低い。この国の十五歳男子の平均水準をだいぶ下回っている。取っ組み合いのケンカとなると、たぶんダイアナあたりにも負かされそう。

 こんなんで、よく入学試験の実技通ったな……大貴族の子弟だから、大目に見てもらえた、とか?

 ……というような各種情報が、一秒と掛からず、わたしの脳内に一気に流れ込んできた。

 まず信用に値する人物だと思う。この人にならば、よほどのこと以外、気軽に話して差し障りないでしょう。

「……なあ、いま」

 と、ザレックくんは、怪訝そうな顔を向けてきた。

 わたしが『鑑定』魔法を使ったこと、きっちり感知したみたい。さすが鋭い。

「失礼ながら『鑑定』を使わせてもらいました。信用に足る人かどうか、確かめたかったので」

 と、わたしは正直に述べた。

 こういうとき、はぐらかしたり誤魔化したりするのはかえって印象悪いと思うので、正直に開き直った。見ましたよ? 文句あります? ってね。

「そ、そうか。で……俺は、きみから、どう見えた?」

「んー。まあ、信用できる人と判断しました」

「それはありがたい」

「でも、そうですね。冒険者としてやっていくには、あなた、ちょっと腕力、足らないんじゃないですか?」

「俺は魔法使いだからね。腕力なんていらないだろう?」

 即答するザレックくん。意外とノリがいいなぁ。自分の身体能力が低いことも、一応、自覚はあるみたいだな。

「……それで、もうひとつ、きみに質問があるんだけど」

 ザレックくんは、なぜか、ちょっぴり声を潜めた。

「ええ。そういうお話でしたね」

 うなずく、わたし。

 質問はふたつ、とあらかじめ言ってたものね。

 ザレックくんは、ぐぐっと表情を引き締め、真面目くさった顔で、こう訊ねてきた。

「きみは、わが国の、次の王位に就くのは、誰がふさわしいと思う?」

 と。







 いきなり政治の話ですかー。

 たしか、ザレックくんの実家、リヒター辺境伯家は、継承権争いについては第三王子派……ルードビッヒを次期王へ据えようという派閥に属する。

 ただし、その理由は、消極的なものだ。

 リヒター辺境伯家は、門閥の大貴族、バルジ侯爵家と長年、敵対関係にある。

 よく知られるように、バルジ侯爵家はラムセス王子の擁立をもくろむ、第五王子派の筆頭。

 となると、辺境伯家としては、バルジ侯に対抗すべく、第五王子派の最大の対立派閥である第三王子派を味方につけたい、と思うはず。流れとして、そう考えるのが自然だ。

 実際に辺境伯家が積極的に第三王子派として動いているという話は、まだ聞いたことがないし、ぶっちゃけ辺境伯自身は、継承権争いに興味なんてないのかもしれない。

 でも、貴族社会において重要なのは、実際どうなのか、ではない。

 そういうことをやりそう、というイメージのほうが、よほど重視される場所なのだ。

 実像よりも風聞風評によってレッテルが貼られ、以後ずっとその色眼鏡が外されることはない。そんなところだぞっ貴族社会なんてのはっ。

 はー。ちょっと興奮してしまった。いやなんというかねー、わたしも、社交界では聖女候補だなんだといわれて、いまだにそういう風に見てくる人もいるからねー。

 いい迷惑なんですよ。もう聖女は二人、揃ってるのにね。

 いや、わたしのことはどうでもいいんです。重要なのは、リヒター辺境伯家は第三王子派、と世間では思われてる、認知されちゃってる、ってことです。

 おそらく彼も、ラムセスよりはルードビッヒのほうが好ましいと思ってるはず。お家の現在の立ち位置からいっても。

 ゆえに、わたしは、迷いなく、きっぱり、さっぱり、こう答えた。

「ルードビッヒさまに決まっています。他に誰がいますか? あと、正妃はポーラさまです」

 途端。

 ザレックくんは、くわっ、と目を見開いて、それまでにない反応を見せた。

「そ、そうかっ! きみもか! 俺も! ずっと、そうあるべきだと思ってた! ルードビッヒ殿下とスタンレーのご令嬢こそ、理想の組み合わせだろうって!」

 うわ。めっちゃ食いついてきた。

 これは意外。

 わたしやダイアナと同類だったのか、彼って。





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