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#150


 ザレックくんの言うことには。

「今から三年くらい前かな。マルケ殿下と、ルードビッヒ殿下が、うちの領地の視察に来たことがあったんだ」

 リヒター辺境伯領は、王国東北方の国境地帯。古帝国という強大な隣国と境を接する、国防の最前線。

 ゆえに、その慰問激励のため、王族が頻繁に視察に訪れるという。

 ……という体裁だけど、実際のところ、国境沿いの諸侯なんて、いつ隣国に寝返ってもおかしくない立場だからね。

 王国に繋ぎ留めておくために、きっちり監視して、必要ならば圧を掛け、釘を刺しておく、という意図だろう。変な気を起こすなよ? ちゃんと見てるぞ? ってね。

 なお、マルケとはフレイア王国第一王子マルケ殿下。現在十人いる王子らの長兄で、今年で四十歳である。三年前なら三十七歳だね。

 この人は、常々「自分は王位を継ぐ気はない」と明言している。それでも、マルケ殿下を擁立せんという諸侯がそこそこいて、一派閥として無視しえない勢力になっている。さすがに第三王子派や第五王子派とは比較にならないけどね。

 長子相続こそ正統、というのが第一王子派の論拠だけど、もと第二王子が現在の王様やってるこの国では、あまり説得力ないんだよね、それ。

「あのとき、ルードビッヒ殿下と、少しだけ話すことができた。ごく他愛ない言葉を二、三、交わした程度だけどね」

 おおう。それはなんとも羨ましい経験を。

「でも、もう言葉の端々から伝わってきてたよ。ルードビッヒ殿下は、この国の民と、その未来とを、本当に強く憂いておられる。俺とたいしてトシも違わないのに、なんて立派な、凄い御方だろうって、心の底から思った。尊敬したんだ」

 うんうん、そうでしょう、そうでしょう。ルードビッヒは立派で凄いんですよ。憂国系美形王族男子なんですよええ本当に。わかりますわかります。

「で、その翌年にね。ブランデル侯爵主催のパーティーがあって、俺も、おふくろに連れられて出席したんだ」

 ブランデル侯爵ですか。我らが聖地ルリマスの街を擁し、王国南部最大の所領を誇る大貴族。

 もともと第三王子派なのだけど、ゲーム「ロマ星」においては、ルードビッヒの死後、攻略キャラの筆頭こと第四王子アレクシスの後ろ盾となって、強い存在感を示すことになる。温和な人物で、アレクシス攻略の「王子様」ルートに登場し、ルナちゃんにも様々な援助をしてくれる重要人物なのだ。

 そんな大貴族様主催のパーティーともなると……。

「来賓のなかに、ルードビッヒ殿下と、スタンレーのご令嬢がいて……正直、驚いた。この世の中に、これほど似合いの組み合わせってあるんだろうか、って。それくらい、お二人は、すべてがぴったりと噛み合っていたんだ」

 おおー。直接ご覧になられましたかー。ルードビッヒとポーラをー。

「それ以来、俺は、あのお二人こそ、この国の王と王妃に相応しい人たちだと思うようになったんだよ」

 いいなー。いいなー。わたしはまだ見れてないのにー。羨ましい経験をしてるなー。

 でもって、その目で直接、ルードビッヒとポーラこそ、世にも稀なるベストカップルだと実感しちゃった、というわけですね。

 ……んー?

 そういえば先日、ダイアナも似たようなこと言ってたな。入学式直後の立食パーティーのときに。

 以前、ブランデル侯のパーティーに招かれて、ルードビッヒとポーラを見た、と。

 もしかして、そのときザレックくんとダイアナは同じ場所にいて、同じ感想を持った、ということだろうか。

「入学式のあと、きみたち、ルードビッヒ殿下について、楽しそうに話していただろう? だから、ひょっとしたら、きみも、俺と同じ考えなのかと思ってね。一応、確認したかったんだ」

 なるほどねー。

 ここまで嗜好が合致してるなら、もう同志といっていいレベルかも、彼は。

 なにより、悪人ではない。そりゃールードビッヒファンに悪人はいないと思いますけど、『鑑定』魔法できっちり人柄まで確認しちゃいましたからね。

 さらに、魔法使いとしても、相当な実力がある。現役のソロ冒険者であり、わたしの見立てだと、おそらく「初級ダンジョン」上層を単独踏破する程度のレベルには達している。

 ――よしっ。

 と、わたしは、ひとつの新しいプランを脳裏に思い描いた。

 段階を踏んで、彼を「推し」沼に引きずり込むべきだ。

 ダイアナについては、趣味の合う同志として一緒に「推し活」してみたい、と思っているのだけど。

 ザレックくんは、実家も本人も強い。

 協力し合えるんじゃないか、と思う。

 この先も襲い来るであろうルードビッヒとポーラの死亡フラグの数々。

 それらをことごとくへし折って、ベストカップルの幸せな未来を守るために。

 彼にも、手を貸してもらおう!

 と心に決めて、わたしは、おもむろに口を開いた。

「ザレック・リヒターくん」

「なにかな?」

「わたしは明日、ダイアナ・ガルベスさんと一緒に、新しい同好会を始めようと思っています。それに、あなたにも、参加してもらいたいのです」

「同好会?」

 首をかしげるザレックくん。

「そう。あなたには、その資格があります」

「資格……?」

「名付けて!」

 わたしは、きゅっと表情を引き締め、告げた。

「ルードビッヒ様とポーラ様の素晴らしさを語り合う会、ですっ!」

 ええ、そのまんまですとも。わかりやすくいきましょう。

 まずは彼を同好会に引き込み、さらにディープな「推し沼」に沈める。

 そう段階を踏んだうえで、あらためて、わたしの目的を語り、協力してもらいましょう。

「お、おう……わかった」

 ザレックくんは、ちょいと戸惑い顔ながら、承知してくれた。

 よしよし。素顔を見られちゃったときは、どうなることかと思ったけど……。

 結果として、とても有望な「人材」を確保できた。

 もう逃がしませんよ? ザレックくん。





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