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#151


 奇しくも、この世界で出会った同志、ザレックくん。

 語りたいこと、話すべきこと、まだ山ほどある。

 でも……。

 わたしのお腹が、くぅー、と鳴った。

 日もとっぷり暮れて、あたりは真っ暗。

 名残惜しいけど、今日はこれまでだね。この先も、語る機会はあるだろう。同好会にもばっちり引き入れたし。

「リヒターくんは、この後、どこに?」

「寮に戻るよ。門限、厳しいからね」

 彼は男子寮住みかー。

「そうですか。また明日、ですね」

「あ、その」

 ザレックくんは、ちょっと言いよどみつつ、告げてきた。

「俺のことは……ザレック、でいいよ」

 ほほう。ファーストネーム呼び推奨ですか。ずいぶん気を許してくれたようで。

「わかりました。なら、わたしのことは、シャレアで」

 ザレックくんがそれでいいなら、わたしからも歩み寄っておくべきだよね。今後のためにも。

 わたしをファーストネームで呼ぶ人は、まだ少ない。家族以外だとレオおじさんくらいだ。あっちゃんたち魔王一味は、いまだにレッデビ呼ばわりだしねえ。彼で二人目、ということになるかな。

 できれば、いずれダイアナともファーストネームで呼び合いたいと思ってるけど、それはあちら次第かな。

「承知した。じゃあ、シャレア」

「ええ。ザレック、また明日」

 わたしは『転移』魔法を発動させ――しゅいんっ! と、その場を離れた。

 一瞬にして、眼前の情景が入れ替わる。

 ここはもう、貴族街のはずれ、わがアルカポーネ家の別邸。その門前。

 日は暮れて、見上げれば、星の煙る夜空。月は凛として西天に浮かび、わが家の屋根を灰色に照らしている。

 煙突からは炊煙が上がっていた。

 門を抜け、玄関扉を開けると、さっそく、いい匂いが漂ってきた。

「おじょうさま! おかえりなさーい!」

 アザリンが元気一杯、出迎えてくれた。この子の笑顔を見ると、今日も一日終わったなーって実感できる。

 どうやら、晩ごはんの時間には間に合ったみたい。

 今日も色々ありすぎて、遅くなっちゃったからね。さっそくお食事にしましょう。

 ……で、今夜のメニューは、小麦粥がメイン。朝、リクエストしておいたやつね。

 普通のお粥もあるけど、香草をたっぷり入れたやつや、オーツ麦のお粥なんてのも。

「オーツ麦って、すっごいお安いですね。市場で、いっぱい買っちゃいました!」

 満面笑顔で報告するアザリン。

 オーツ麦。燕麦ともいう。小麦よりも強靭で育てやすく、収穫量が多いので、非常に安価で取引きされている。しかも小麦と違って粉挽きに税金が掛からない、庶民の味方。

 これをお粥にしたのをオートミールという……。

 スプーンを握りしめ、それらに挑むわたし。

 お味は。

「……おいしいっ!」

 どれもおいしかった。

 プレーンな小麦粥は、なんとも素朴な塩味。ふんわりと、素材の風味が活きている。いくらでも食べられそう。

 香草粥は、あれだね、小麦粥に加えて、菊菜みたいな、香りはあるけどクセの少ない食草がどっさり入ってて、たぶん鶏ガラあたりのおダシで味をととのえたもの。

 オートミールも、アザリンの味付けが絶妙だ。お魚のダシに梅の実で香りを付けてある。おいしいだけじゃなく、身体に良さそう。

 これらに、ざく切りの大根をしっかり煮込んだコンソメ風のスープも添えて。

 今日の夕食、アザリンに確認するまでもなく、材料費はかなりお安く抑えられている。

 それでいて、しっかり美味しくて満足度も高い。これなら家計も安心だ。

 やっぱりアザリンはメイドの天才だなぁ。もう一生、手放したくないな。

「えへへ、おじょうさまがよろこんでくれて、あたしもうれしいです!」

 にっこにこ笑顔でお粥をすするアザリン。この笑顔がまたいいんだ。見てるだけで、こっちも幸せになれるから。

 さてっ、たっぷり栄養とほんわか幸せ成分も補給できたことだし。

 明日も、きっと忙しくなる。今日は早めに休んじゃいましょうかね。







 翌朝。

 なんだか、頬を、つんつん突っつかれてるような感触で、目がさめた。

(れっでびー。れっでびー。ぷにぷにー)

 ホロウ・フェアリーが、白い羽をひらひらさせながら、わたしの頬に留まって、細い前肢で、肌をぺしんぺしんと叩いていた……。

「おはよー」

 と呟くと。

(ぺろぺろしていい?)

 しないでね。

 この子、悪意はまったくないんだけど、油断してると本当にお肌を齧ってくるからね。上級モンスターだもんなー。そういうものと思うしかないね。

 さしあたって、ホロウさんにやってもらうべきことはまだ何もないので、こんなふうに部屋で、てきとーに過ごしてもらっている。そのうちホロウさんの手を借りる局面もあるでしょう。

 素早く身支度をととのえ、アザリンが用意してくれた白パンとサラダの朝食をいただく。

「おじょうさま。きょうは、なにたべますか?」

 恒例、出発前のリクエスト。

「今日は、そうだね……お粥に、ちょっとお肉を入れてほしいな。お安い肉でいいよ。できる?」

「はい! おやすいおニク、買っておきます!」

 てわけで、今夜は麦と肉のお粥で決定。

 はりきって家を出ると、通学路にて、メリちゃんさん、サーラちゃん、ファナちゃんのご一行と合流。昨日と同じく、わたしが通るのを待っててくれたみたいだ。

「あれから、親父がもう興奮しちまって、うるさいのなんのって。大声で騒いで、一階の人に叱られちまったよ」

 と、メリちゃんさんは苦笑まじりに息をついた。

 はあ。それはまた、何をそんなに騒ぐことがあったんでしょうかね。わたしはただ、ルードビッヒとポーラの素晴らしさを語っただけなのに。

「手紙を書きはじめたんだ。あっちこっちの知り合いだの親戚だのに向けて。即興の詩なんかを大声で歌いながら。あんなにはしゃいでる親父を見たの、あたしも初めてだよ」

 手紙か……。誰かに自分の感動や興奮を伝えたくて、また共有したくて、そういう行動に出たんでしょうかね。

 あれだ、前世でいえば、ついつい映画の感想とかをSNSに書き込んじゃう人、みたいな?

 ともあれ、これでラヴォレ・テッカー伯爵は不動の第三王子派として、いよいよバルジ侯との対立を尖鋭化させていくことでしょう。

 この対立が致命的事態へ至る前に、わたしがバルジ侯爵をどうにかしておく必要がありそうだね。

 そうでなくとも、バルジ侯は、邪教団カタリナスと繋がりがある。ルードビッヒの安全のためにも、放置してはおけない敵だ。

 なるべく早めに、バルジ侯爵の身辺を探っておかないとね。

 また、エギュン捜索のために、王宮にも潜り込む必要がありそうだ。これも早めに計画を練っておきましょうか。

 そんなこんなで、これから何かと忙しくなるけど……。

 今日は、それらの前に。

 ダイアナと、同好会の結成式をします!





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