奇しくも、この世界で出会った同志、ザレックくん。
語りたいこと、話すべきこと、まだ山ほどある。
でも……。
わたしのお腹が、くぅー、と鳴った。
日もとっぷり暮れて、あたりは真っ暗。
名残惜しいけど、今日はこれまでだね。この先も、語る機会はあるだろう。同好会にもばっちり引き入れたし。
「リヒターくんは、この後、どこに?」
「寮に戻るよ。門限、厳しいからね」
彼は男子寮住みかー。
「そうですか。また明日、ですね」
「あ、その」
ザレックくんは、ちょっと言いよどみつつ、告げてきた。
「俺のことは……ザレック、でいいよ」
ほほう。ファーストネーム呼び推奨ですか。ずいぶん気を許してくれたようで。
「わかりました。なら、わたしのことは、シャレアで」
ザレックくんがそれでいいなら、わたしからも歩み寄っておくべきだよね。今後のためにも。
わたしをファーストネームで呼ぶ人は、まだ少ない。家族以外だとレオおじさんくらいだ。あっちゃんたち魔王一味は、いまだにレッデビ呼ばわりだしねえ。彼で二人目、ということになるかな。
できれば、いずれダイアナともファーストネームで呼び合いたいと思ってるけど、それはあちら次第かな。
「承知した。じゃあ、シャレア」
「ええ。ザレック、また明日」
わたしは『転移』魔法を発動させ――しゅいんっ! と、その場を離れた。
一瞬にして、眼前の情景が入れ替わる。
ここはもう、貴族街のはずれ、わがアルカポーネ家の別邸。その門前。
日は暮れて、見上げれば、星の煙る夜空。月は凛として西天に浮かび、わが家の屋根を灰色に照らしている。
煙突からは炊煙が上がっていた。
門を抜け、玄関扉を開けると、さっそく、いい匂いが漂ってきた。
「おじょうさま! おかえりなさーい!」
アザリンが元気一杯、出迎えてくれた。この子の笑顔を見ると、今日も一日終わったなーって実感できる。
どうやら、晩ごはんの時間には間に合ったみたい。
今日も色々ありすぎて、遅くなっちゃったからね。さっそくお食事にしましょう。
……で、今夜のメニューは、小麦粥がメイン。朝、リクエストしておいたやつね。
普通のお粥もあるけど、香草をたっぷり入れたやつや、オーツ麦のお粥なんてのも。
「オーツ麦って、すっごいお安いですね。市場で、いっぱい買っちゃいました!」
満面笑顔で報告するアザリン。
オーツ麦。燕麦ともいう。小麦よりも強靭で育てやすく、収穫量が多いので、非常に安価で取引きされている。しかも小麦と違って粉挽きに税金が掛からない、庶民の味方。
これをお粥にしたのをオートミールという……。
スプーンを握りしめ、それらに挑むわたし。
お味は。
「……おいしいっ!」
どれもおいしかった。
プレーンな小麦粥は、なんとも素朴な塩味。ふんわりと、素材の風味が活きている。いくらでも食べられそう。
香草粥は、あれだね、小麦粥に加えて、菊菜みたいな、香りはあるけどクセの少ない食草がどっさり入ってて、たぶん鶏ガラあたりのおダシで味をととのえたもの。
オートミールも、アザリンの味付けが絶妙だ。お魚のダシに梅の実で香りを付けてある。おいしいだけじゃなく、身体に良さそう。
これらに、ざく切りの大根をしっかり煮込んだコンソメ風のスープも添えて。
今日の夕食、アザリンに確認するまでもなく、材料費はかなりお安く抑えられている。
それでいて、しっかり美味しくて満足度も高い。これなら家計も安心だ。
やっぱりアザリンはメイドの天才だなぁ。もう一生、手放したくないな。
「えへへ、おじょうさまがよろこんでくれて、あたしもうれしいです!」
にっこにこ笑顔でお粥をすするアザリン。この笑顔がまたいいんだ。見てるだけで、こっちも幸せになれるから。
さてっ、たっぷり栄養とほんわか幸せ成分も補給できたことだし。
明日も、きっと忙しくなる。今日は早めに休んじゃいましょうかね。
翌朝。
なんだか、頬を、つんつん突っつかれてるような感触で、目がさめた。
(れっでびー。れっでびー。ぷにぷにー)
ホロウ・フェアリーが、白い羽をひらひらさせながら、わたしの頬に留まって、細い前肢で、肌をぺしんぺしんと叩いていた……。
「おはよー」
と呟くと。
(ぺろぺろしていい?)
しないでね。
この子、悪意はまったくないんだけど、油断してると本当にお肌を齧ってくるからね。上級モンスターだもんなー。そういうものと思うしかないね。
さしあたって、ホロウさんにやってもらうべきことはまだ何もないので、こんなふうに部屋で、てきとーに過ごしてもらっている。そのうちホロウさんの手を借りる局面もあるでしょう。
素早く身支度をととのえ、アザリンが用意してくれた白パンとサラダの朝食をいただく。
「おじょうさま。きょうは、なにたべますか?」
恒例、出発前のリクエスト。
「今日は、そうだね……お粥に、ちょっとお肉を入れてほしいな。お安い肉でいいよ。できる?」
「はい! おやすいおニク、買っておきます!」
てわけで、今夜は麦と肉のお粥で決定。
はりきって家を出ると、通学路にて、メリちゃんさん、サーラちゃん、ファナちゃんのご一行と合流。昨日と同じく、わたしが通るのを待っててくれたみたいだ。
「あれから、親父がもう興奮しちまって、うるさいのなんのって。大声で騒いで、一階の人に叱られちまったよ」
と、メリちゃんさんは苦笑まじりに息をついた。
はあ。それはまた、何をそんなに騒ぐことがあったんでしょうかね。わたしはただ、ルードビッヒとポーラの素晴らしさを語っただけなのに。
「手紙を書きはじめたんだ。あっちこっちの知り合いだの親戚だのに向けて。即興の詩なんかを大声で歌いながら。あんなにはしゃいでる親父を見たの、あたしも初めてだよ」
手紙か……。誰かに自分の感動や興奮を伝えたくて、また共有したくて、そういう行動に出たんでしょうかね。
あれだ、前世でいえば、ついつい映画の感想とかをSNSに書き込んじゃう人、みたいな?
ともあれ、これでラヴォレ・テッカー伯爵は不動の第三王子派として、いよいよバルジ侯との対立を尖鋭化させていくことでしょう。
この対立が致命的事態へ至る前に、わたしがバルジ侯爵をどうにかしておく必要がありそうだね。
そうでなくとも、バルジ侯は、邪教団カタリナスと繋がりがある。ルードビッヒの安全のためにも、放置してはおけない敵だ。
なるべく早めに、バルジ侯爵の身辺を探っておかないとね。
また、エギュン捜索のために、王宮にも潜り込む必要がありそうだ。これも早めに計画を練っておきましょうか。
そんなこんなで、これから何かと忙しくなるけど……。
今日は、それらの前に。
ダイアナと、同好会の結成式をします!