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#152


 教室に入ると。

「おはよう」

 さっそく、ザレックから挨拶の声。

 もう自分の席について、机になにやら書物を広げている。教科書じゃないな。魔法書?

「おはよう。早いね」

 見渡せば、まだ数人しか教室に来てない。彼はずいぶん早く出てきたみたいだ。

「読みかけの本があってね。授業が始まる前に読み終えとこうと」

「それ? 魔法の本?」

「魔法工学の入門書だよ」

 ん? 魔法工学?

「物体に永続的魔力を付与するための基礎理論を解説してくれてる。きみはとっくに通り越してるレベルのものだけどね」

 あー、そういう本か……。

 わたしはそのへん、ガミジンさんの直接指導を受けて、いわば身体で覚えちゃったからなあ。いま掛けてる眼鏡が、まさにその産物だし。

 でも、そうだな。

 たとえ知ってる分野でも、一度はきちんと体系的に学ぶことも大事だ。そこから新たな発想が生まれることもあるし。

「その本、あとで、わたしにも読ませてくれる?」

「そうか。興味あるなら、あとで渡すよ」

「ん。それじゃ、あとでー」

 わたしは、自分の席へ向かおうと、振り向いた……。

 ダイアナが、ちょっと離れたところで、にこにこ微笑んでいた。

 それはもう楽しそうに。いいものを見た! という顔して。

 彼女、わたしたちのやりとりを、ずっとそんな顔で眺めていたらしい。

 いや、ザレックとは、そんなんじゃないんですけどね?

 その後、昼食を済ませて、ザレックから魔法工学入門書を借り受けた。

 ダイアナは、その際にも、嬉しそうな顔して、わたしたちを眺めていた……。

 なんか、あらぬ誤解を受けてる気がするけど、わざわざムキになって否定するのも、なんだし。放置でいいか。







 さて、放課後である。

 わたしとダイアナは、裏庭の桜の木の下で、二人きりで向き合っていた。

 同好会の結成式。

 わたしはよく知らなかったのだけど、同好会を結成する際は、発起人と賛同者が集い、「儀式」を執り行うのが、この学園における慣習なのだとか。

 ダイアナが、その「儀式」の詳細を調べたというので、ではその通りにやってみましょう、ということになり。

 現在、地味めな女学生二人が、こんな裏庭で向かい合っている、という。

 わたしとしては、ザレックや、メリちゃんさん一味なども呼ぼうかと思ったのだけど、ダイアナがいうには。

「まずは、二人で、活動方針などを話し合って決めませんか。賛同者を引き入れるのは、その後から、ということで」

 なるほど一理ある。そういうことは少人数でシンプルにやったほうがいいよね。人数が多いと、決まるものもなかなか決まらなくなるし、下手すると結成前に意見対立、空中分解、なんてことにもなりかねないからね。

 それで、結成の「儀式」とは、いかなるものかというと。

 まずダイアナが、ささっと地面に蓆を延べた。藁を編んだだけのシンプルなやつ。

 そこに、ふたり向き合って座る。

 次いで、わたしが用意してきた水筒から、木製のお椀ふたつへ、水を注ぐ。これは先ほど、学食のそばの井戸から汲んできた、ただの飲料水。

「さ。ガルベスさん」

「はい」

 わたしたちは、桜の花びら舞い散るなか、それぞれ水の入ったお椀を高々と掲げ合った。

 二人、声を揃えて、誓言をおこなう。

『我ら、同好の絆をここに結ばん。願わくは、この縁、とこしえに続かんことを』

 そして、二人同時に、お椀の水をぐっと飲み干す。

 ぷはー。

 なんだかなあ。桃園の誓いならぬ、裏庭の誓い?

「儀式はこれで終わりです。これで、わたしたちは同好会の同志となりました」

 ダイアナが、ほっこり笑顔でお椀を置いた。

 ううむ。そう笑うと、豊かなダイアナほっぺが、さらにふんわりと柔らかそうに膨らむ。ちょっと、ぷにぷにって、してみたくなる。しないけど。

「それで会の名称なのですけど。アルカポーネさんが決めてください」

 と、いきなりダイアナは命名をぶん投げてきた。

 であれば。

「えっと……『ルードビッヒ様とポーラ様の素晴らしさを語る会』では駄目ですか?」

 昨日、ザレックにはそう説明した。もちろん正式にそう決まったわけじゃなく、わかりやすく概要を伝えたかったので。

 実際、これでも、そんな悪くはないと思うんだけどね。

 ただまあ。

「長すぎませんか、それ」

 ですよねー。当然の反応だと思います。

「それに、ルードビッヒ様のお名前を団体に冠してしまうと、少し、難しいことになるのではありませんか」

 あ、それはそう。こちらがたんなるファンクラブのつもりでも、周囲からは政治活動の団体と見られかねない。

 色々とマズいことになりそうだ。これはダイアナが完全に正しい。

「んー、確かに。では、これは諦めます。といって、他に……」

 悩むこと、しばし。

 ここで、ふと、アイデアが思い浮かんだ。

 素早く、自分のカバンを、ささっと探る。

「えっと……あ、これでいいか」

 わたしは、一本のペンを取り出した。

 何の変哲もない、普段使いの筆記用具である。

「ガルベスさん。ちょっと見ててください」

「はい」

「……むむ」

 脳内に魔法の術式を描く。

 ペン先に、魔法を掛ける。

 脳内で編んだ術式を外部に転写するイメージ。

 ペン先が、ぱあぁっ、と、金色に輝いた。

「まあ!」

 驚声をあげるダイアナ。

「これで文字を書くとですね……」

 自分のカバンに、ささっとペン先を滑らせる。

『ルードビッヒ』

 という、金に輝く文字列が、カバンの表面に刻み付けられた。

「どうなってるんですか、これ?」

「魔法工学というものです。ごく簡単なものですが」

 パチン! と指を鳴らすと、ペン先の輝きは消え去り、カバンの文字列もかき消えた。

「ようは、道具に魔力を付与する技術です。応用すれば、もっと色々と、便利な道具を作り出せるでしょう」

「すごいですね! あ、もしかして、それでルードビッヒ様とポーラ様を応援できるような道具を作ったり……?」

「ええ、できると思います」

 簡単なものだと、拡声器とか、サイリウムみたいな光る棒とか。

 この世界にはまだカラー写真というものがないので、魔法工学でそういうのを作ってみる、というのもアリか。

 それでルードビッヒとポーラを撮影……とか。

 あ、喋るフィギュア、なんてのもいいな! そのためには盗聴、いや集音マイクで録音とか……そういうの作って男子寮に仕掛けてみるか? 駄目かな?

 いやそんな妄想はともかく。話を続けないと。

「……どんな道具を作るか、それをどんなふうに作って、どう使うか。みんなでアイデアを出し合いながら、より深く、楽しく、ルードビッヒ様とポーラ様を応援していく。そんな集まり、いいと思いませんか」

 わたしの提案に、ダイアナは。

「ああっ! いいです! それ! とっても素敵ですっ!」

 全力で乗ってきた。ええ、そう言うと思ってましたとも。

「それで、名称ですけれど。ここはあえて地味めに、魔法工学研究会、でいかがでしょう」

「はい! 活動内容に沿っていますし、とてもいい響きです! それでいきましょう!」

「決まりですね」

「ええ。あと、せっかくですから、わたしたち、ファーストネームで呼び合うことにしませんか」

 にっこり微笑むダイアナ。同好の誓いを交わした直後、最高のタイミングでの提案。もちろん、わたしに否やはない。

「わかりました。よろしく、ダイアナ」

「ええ。末永く、誼みを結んでくださいね。シャレア」

 ダイアナとわたしは、その場で、しっかと握手をした。

 桜舞う裏庭に、固い絆は、かくして結ばれた。

 ……よもや、この一幕が「桜花の義盟」とか称され、極限まで美化誇張のあげく、後世まで語り草にされようとは。

 このとき、わたしは想像すらしていなかったのである……。





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