「まぁ、そうしてたらこの有様なんだけどね……」
精霊魔法であろうつむじ風に飛ばされてきたのは学園内にある湖の側だった。桟橋のかかっている静かな湖は林に囲まれていて今は人の気配もありそうにない。全身葉っぱだらけになりながらあたしはその場にぺたりと座り込んだ。
ジュドーに向けた会話や行動は、“最初”は時間をかけてやっていた事だったが、“何度目か”からは細かい事を端折って詰め込んださっきのようなやり方でもジュドーは必ずあたしに一目惚れをして付き纏うようになっていた。でも……。
「グラヴィスに続いて、ジュドーまでも“違う”反応をするなんて────」
『……ルルったらぁ、フラれちゃったのになんでそんなに嬉しそうなのぉ?もぉう、わたくしの“歌”が届く前に飛ばされちゃったわぁ!あの人間とルルの恋愛模様が見たかったのにぃ』
思わずニヤけるのが止まらなくなったあたしの目の前にはご機嫌斜めなセイレーンがいた。普段はあたしの前にも声だけで姿は滅多に現さないセイレーンだが、今回は相当不満だったのか珍しくハッキリと姿を現し、両頬をぷくりと膨らませて唇を尖らせている。
「まぁまぁ、むくれないでよ。別にいーじゃない。まだジェスティードがいるんだし」
セイレーンは愛に盲目で一途な精霊だと言われているが、あたしからしたらただのミーハーな精霊である。とにかく人間の恋愛沙汰が大好きで恋バナが大好物なのだ。何回目かの人生の時にそれを知って少なからずショックを受けたものである。まぁそれでも、自由に空を飛び回り楽しそうに笑ってくれているのでいいかなとも思ってしまう。
それはそれとして。とにかくあたし専属の恋のキューピッドのつもりらしいのだが、セイレーンの姿は
上半身は裸の人間の女性のようだが、その両腕には大きな翼になっていて下半身は虹色の鱗を持つ大きな魚だ。それに肌は真珠のように真っ白で輝いている。同じく真珠色の髪と瞳が神秘的ながらも不気味さを増している。そんなセイレーンがため息をつき肩を竦めた。
『もぉう、ルルったらまたそんな喋り方なんかしてぇ。愛を手に入れて持続させるためにはぁ、ちゃぁんと可愛らしい口調じゃないとあの王子サマにもそのうち逃げられちゃうわよぉ?』
「わかってるわよ、セイレーン」
普段のあたしの口調は愛の教師を名乗るセイレーン直伝である。
そして……どうやらジュドーとの運命の出会いは失敗したようだが、まだあの崩落を教える音は聞こえてこなかった。
『もぉう、本当に何がそんなに嬉しいのぉ?』
「ちょっとね……」
あたしは確かに笑っていた。だって“この世界”は、今度こそあたしの期待する世界かもしれないのだから────。
その時のあたしはすっかり忘れていた事がある。この世界軸であたしがやらかしてしまった
ジェスティードとのデート中にフィレンツェアを偶然みかけたあの日。なんだか胸騒ぎがして、ジェスティードには適当に言い訳をして急いで図書館へと向かった。そこで初めて悪役令嬢とグラヴィスが揃っているのを知り慌ててグラヴィスの攻略をしようと企んだ時だ。
本をかき集めて積み上げている中で“それ”を偶然見つけた。初めて見る“それ”が何の本かはよくわからなかったが、なぜか無意識に服の中にねじ込んだのである。そしていつの間にか無くしてしまったのだが、そんなことなど気にもしていなかった。
まるで
……まさかその“賢者の本”がこの世界を変える歯車のひとつだったなんて、その時のあたしは思いもしなかったのだった。
***
ルルが“今の世界”に回帰する直前の出来事。
神様はいつものように趣味の乙女ゲーム制作に勤しんでいた。
『うーん、乙女ゲームって難しいなぁ。こんなバグだらけじゃ聖女に見せられないよ……。ヒロインはみんなにめちゃくちゃ愛されないといけないのに!でも、メインキャラクター達の修正も終わったしこれならなんとかなるかなぁ。あとは早く悪役令嬢のラストを決めないとね!……あれ────何か表示が……あ、間違えて消しちゃった。ま、いいか。どうせさっきのバグの表示が残ってただけだろうし……。さて、先にお仕事しなきゃね。神様は忙しいなぁ〜』
〈シークレットルートの
こうして、誰も知らない“新しい世界”が始まったのだった。