思い込みの激しいまっすぐなノーランドが、あたしとジェスティードの噂を鵜呑みにしてジェスティードを殴りに行ったのだ。それをジェスティードが剣でやり返そうとして……ノーランドは側にいたあたしを盾にしたのである。
「これで君の愛は俺だけのものだ。誰にも渡さない」
あまりにも重すぎる愛の告白が耳に届く頃には、あたしの意識は途絶えていた。
ピロン!
『えー、なにこれドン引きなんだけど。あ、悪役令嬢用のデータが混ざってるよぉ〜、バグ?もう、バグだらけなんだけど!これも修正しないと〜!』
〈GAMEOVER! 攻略に失敗しました。ノーランドルートBADEND〉
そして
もう、思い出すのも嫌になる。
いつものようにジェスティードに目をつけられ、フィレンツェアにイジメられていたあたしはビリビリに破かれた教科書を持って中庭にいた。こんな場面で誰かに関わると必ずセイレーンが“歌”を歌おうとするので人目を避けていたのだ。
なぜ自分がこんな目に遭わなければいけないのか。何度死んだらこの奇妙な世界から抜け出せるのか。それを考えたらぽろりと涙が溢れた。
「……お、お前は誰だ」
「あ!ご、ごめんなさい……!ここなら誰もいないと思って」
その声に驚き、まさか誰かいるとは思っていなかったので声が上擦ってしまった。そしてセイレーンがまさに今、歌い出そうとしているのを見て大急ぎでその場から逃げ出したのである。
その時の相手が後から留学してきたジュドーだと知り、隣国の第二王子なんて不吉過ぎると避けていたのだが……それも全て無駄な足掻きだった。
ジュドーにはしっかりとセイレーンの魅了魔法がかかっていたようで事あるごとにあたしに付き纏うようになった。もちろん警戒はしていたがだんだんと懐いてくるジュドーに絆されかけた頃……なんと、最初のジェスティードの時に露見したあの奴隷犯罪の黒幕がジュドーの兄だった事がわかってしまったのだ。
そしてあたしが希少な治癒魔法を使えることがわかると、ジュドーの兄はあたしを捕まえて利用しようとしたのだが……後はもうご察しの通りである。王座の争いなんかどうでもいい。どうでもいいから────。
ピロン!
『うーん、全部消去しちゃうと復元が大変だからデータの上書きにしてるけど……攻略って難しいなぁ。よし、これも新しいシナリオを上書きにしとこっと!一部はそのまま使うことにしてぇ〜』
〈GAMEOVER! 攻略に失敗しました。ジュドールートBADEND〉
こうしてあたしは、それからも何度も何度も死んでは時間の巻き戻る人生を繰り返し続けていた。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……。
何十回、何百回とやり直し続けている中でいくつかわかったことがある。それは、あたしの死に直接関わる人物はジェスティードとグラヴィス、それにノーランドとジュドーの4人だけだということだ。その時のあたしがどう行動するかで相手が変わりはするがこの4人以外の男が関わってくる様子は無かった。
そして、ジェスティードは他の3人の時でも必ずあたしに執拗に絡んできてそのせいで悪役令嬢フィレンツェアに必ずイジメられるのである。
他には、同じ人物と関わっていても少しづつ変化がある事。同じように死んでしまうのは変わりないのだがその内容がまったく同じな時が無いのだ。そして回数を重ねるごとに巻き戻る時間が短くなってきている事。以前はセイレーンの魔法を初めて使う子供の頃まで戻っていたのに、それがだんだんと短くなりここ数回は学園に入ったばかりの頃で目が覚めるのだ。
後は……この4人の性格が多少マシになっているところだろうか。一番はっきり違いがわかるのがジェスティードで、最初の時のように最低最悪な性格は無くなり回数を重ねるごとになんだか……言い方は悪いが馬鹿っぽくなっている気がした。それでも違う理由で結局は死んでしまうのだけれど。
いつ頃からかはもう死んだ回数も数え切れなくなっていた。慣れたというべきか吹っ切れたと言うべきか……いや、あたしは悲観になるのをやめたのだ。悲劇のヒロインを気取っていてもなんの解決もしないのだから。
そう、だから……いつの頃からかいつも死ぬ時に見る空の文字の意味を考え出していた。あれにはいつも必ず〈攻略に失敗しました。〉と書いてある。つまりあたしは何かに失敗したから死んではやり直しを繰り返しているのだと。
そしていつも誰かひとりをどうにかしようと躍起になっていたがそれをやめたらどうなるのかと考えたのだ。例えば……ひとりではなく4人を同時にいつものように引っかき回したら“何か”が変わるのではないかと────。
その時にはすでに4人それぞれの好みや振る舞い方は身に染み付いていた。途中までは完璧に攻略出来ているとは思う。でも、いつも最後に“何か”を失敗してしまうらしい。それを探るためにも、いつもと違う事をする必要があるのではないか。新しい人生の目覚めと共に、あたしはそう決意したのである。それに、4人もいれば多少失敗してもすぐにゲームオーバーとやらにはならない気もした。
だから今回は、セイレーンにいつもと逆で魅了の魔法をどんどん使って欲しいとお願いしておいたのだ。巻き戻りの記憶の無いセイレーンは特に気にすることもなく喜んでいるがあたしからしたら結構大きな賭けである。でもまた失敗したとしてもやる意味はあるはずなのだ。4人それぞれにめいっぱいの魔法を使ったときにどんな反応になるのかを知るために……そして、“世界”を変えるために。
今度こそ生き残る為に。