「フィレンツェア嬢、それは────」
「あなた達は私を恨んでいるのでしょう?前世の復讐なら全て私が受けるわ!でも、アオはドラゴンを裏切ったわけじゃなくて聖女だった私に同情して優しくしてくれた心の優しい子なの!だから……あの子に酷いことはしないで!」
「────フィレンツェア嬢」
その時、アルバートが真っすぐに私を見ている気がした。目元は長い前髪に隠されたままだが、見えていないはずの目が私を射抜くように見つめてきたと思ったその時。
『だぁぁぁぁぁ!!辛気臭い雰囲気をお出しにならないでくださいませ!あなた様こそあたくしの“大切なお方”をどこにおやりになりましたの?!早くここにお出し下さいませでございますわ!!』
アルバートの腕に絡み付いていたあの赤いまだら模様のヘビが────ぼふん!と音を立てて私に飛びついてきたのである。
「えっ……!?」
ペタリ。と、私の顔に張り付いたのはひやりとした鱗の感触だったのだが……そこにいたのは手のひらサイズの小さな赤いドラゴンだった。しかし赤ちゃんというわけではなく、前世でも見たことのあるちゃんと大人のドラゴンの姿なのだが……大きさだけがまるで人形のように小さいのだ。そして、まるでドラゴン姿のアオを色違いでそのまま小さくしたような姿だったのだ。
「────小さい。あ、でもやっぱりドラゴン……よね。え、でもなんでこんなちっちゃいの?!それにこの姿……」
『んまぁぁぁ!!レディに対してなんたる事をおっしゃるのかしら?!なんでも大きければ良いなんてことはありませんことよ?!セクシャルハラスメントなんて断固反対いたしますわ!』
そう言って、小さなドラゴンはさっと両手で自身の胸元を隠した。いや違う、それじゃない。
しかし、確かにアオも大きさは自在に変えられると言っていたがそれにしたって小さ過ぎるのではないだろうか?これではまるで神様が誇らしげに飾っていたミニチュアフィギュアのようだ。
「……ふふっ。『アルバート様もそこでお笑いになるなんて失礼が過ぎましてよ?!もはやレディの敵ですわ!セクシャルハラスメントキングですわぁぁぁ!!』あぁ、失礼。でも、ニョロが悪いんですよ?あんな態度を取っていたせいでフィレンツェア嬢が誤解してしまったんですから。ちゃんと説明しないと」
『だってあたくしはなにも悪くありませんわ!うぅ、もうっ……仕方がありませんわね!』
アルバートの言葉にぷぃっとそっぽを向く小さな赤いドラゴンはひとつ息を吐くと視線を私に向き直し、私の手のひらの上でペコリとお辞儀をした。
『はぁ……もうわかってらっしゃると思いますが、前世のあなた様ともあたくしはお会いになった事がありましてよ。大きさや見た目は少し違いますでしょうが、よもやお忘れになどはなっていないですわよね?あたくしは、闇落ちしてしまったとはいえ“大切なあの方”をあなた様に目の前で殺されてしまった憐れなメスドラゴン……ブルードラゴン様の番(予定)の、レッドドラゴンですわ。あたくし可愛い一途なメスですので、ブルードラゴン様を追いかけて転生してきてしまいましたの』
「えっ……レ、レッドドラゴン?!このルビーみたいな鱗は確かに見覚えが……でも私の知ってるレッドドラゴンとは姿が少し違うわ!だってブルードラゴンとレッドドラゴンは仲間だけど種族が違うし特徴も違ったのに……なんでこんな、アオにそっくりなの?!」
『それは、正式にこの世界の精霊として生まれ変わったせいでございますわね。先にブルードラゴン様が転生なされたせいでこの世界の“ドラゴン”という概念の認識が全てブルードラゴン様の姿だとインプットされてしまったようなのですわ。たくさんの種族がいるのならまだしも、ドラゴンはブルードラゴン様とあたくしだけですもの。個体種の違いまでは対応してくれませんようですのよ。
そんなわけでブルードラゴン様より
混乱する私の手のひらの上でレッドドラゴンは口元のヨダレを拭うと、意味ありげにニコリと笑い目を細めた。なんとなく獲物を狙う肉食獣を思わせるその瞳に背筋がゾクリと冷たくなる。
『……実は何を隠そうあたくし、あなた様に精霊の真実を教えてさしあげるためにきたのですわ。本来の目的のついでではありますけれど。これでもあたくしったらお約束は必ず守りますのよ。
さぁ、お覚悟はありまして?あら、なんの覚悟かですって?それはもちろん────』
「────もちろん、これまでの世界が変わってしまう覚悟。ですよ」
レッドドラゴンの言葉を引き継ぐようにそう言ったアルバートの前髪がその時ふわりと風に靡く。
「────────待って、あなたの瞳って……。っ!」
ほんの一瞬、これまで頑なに隠されていたアルバートの瞳が揺れた前髪の隙間から私を捉えていた気がしたのだ。それが妙に気になってしまった。
そして、その不安を確かめるために一歩踏み出そうとしたその時。ぐんっ!と、体ごと後ろに引っ張られるような衝撃を感じたのだ。
まるで、後ろに倒れていく私のすぐ横をひとつの影がすれ違うように前へと身を乗り出したような感覚。その影の姿に私は思わず手を伸ばしたがそれが届くことはない。そして私が後ろへ倒れると……私の前には“私の後ろ姿”がいたのである。
それは、私が前世の記憶を思い出してから初めて……小さなフィレンツェアが私より