※アルバート視点
「────────待って、あなたの瞳って……。っ!」
そう言って、フィレンツェア嬢が僕に手を伸ばしてきた瞬間……その表情が一瞬で“違う”モノに変わったと感じた。
「……フィレンツェア嬢?あ……」
僕がフィレンツェアを見ていた事がバレてしまったのだろうか。でもどうやって?そう思って初めて前髪が揺れたのだと気付いてしまった。
それなのに瞳が露わになったということは、無意識にでも“僕”かそれを望んでしまったからだ。まさか、今更試したいとでも思ったというのか。
ダメだ。動揺してはいけない。“僕の”魔法は……どうしても気持ちに左右されてしまう。
動揺を隠そうと咄嗟に顔を手で押さえると、フィレンツェアが一歩僕に近付いた。
「……アルバート・エヴァンス様。あの、私は……」
さっきまでとは明らかに雰囲気の違うフィレンツェアがアクアブルー瞳を潤ませている。いや、しかし僕は確かに“このフィレンツェア”を知っていた。
それはあの日……
やっと湖が見える場所まで体を引きずっていった時に見たのは……見知らぬ男子生徒に湖に突き落とされていたフィレンツェアの背中だった。
そして、助けに行く前にブルードラゴンを携えて湖から現れたフィレンツェアはまるで別人のようだった。それからしばらく様子を見ていたが、フィレンツェアは僕の事など全く覚えていないようだった。……だから確信したのだ。
だから、てっきり“以前のフィレンツェア”は消えてしまったのだと思っていたのに……。
「あなたは……“フィレンツェア”なのですね。
まだ怯えられている。そう思うと悲しかったが、それでも目の前の奇跡に喜びが湧き上がってくる。
体を震わせながら、こくんと頷いたフィレンツェアは────僕が会いたかった本来のフィレンツェアなのだから。
***
“僕”は、所謂
初めてニョロこと、自分の事を『別の世界から転生してきた』と豪語するレッドドラゴンに出会ったのは今よりもっとずっと昔のことだった。最初の頃のレッドドラゴンは本当に人の話は聞かないしわがままでひたすら我が道を行くような……まぁ、今もあまり変わらないが。とにかく大変だったのだが、彼女のおかげで僕の運命が激変したのは言うまでもない。
まず僕は、この世界で精霊に見捨てられたと言われる“加護無し”だと言う存在だった。だがそれは秘匿とされ、その事実は徹底的に隠されていたのだ。
思春期の頃は守護精霊がいないことに不満も感じていたが、それは自分の産まれた日に精霊が祝福に来なかったのだと聞かされてショックを受けたものだ。母親から言わせればそれは精霊にとって
なぜ母がこんなに冷静なのかと言うならば、僕の母親も周りから見れば“加護無し”の部類に入る存在だったからだ。そして母親自身も自分のところに守護精霊がいないのは“仕方のない事”なのだという。決して無理をしているわけではなかった。なぜならば母親にとってはそれが
だがそんな母と僕は“異質”として閉じ込められて隔離されていたのだ。
その頃の僕は
その為に表立って迫害されたりはしなかった。だが父親は僕に興味を示さないし、人前に出されることもない。病弱な母とはだんだん顔を合わす機会が減っていき引き離され、僕は隔離されて腫れ物のように扱われながら暮らしていた。
幼心に「僕が“加護無し”だから」だと自分を卑下していたものだ。“加護無し”が迫害もされずにこれだけ守られているのだから、今にして思えば贅沢な悩みだったと思う。だがその時はそれが全てだったのだ。
そんな時だった。
僕は突然の発作に襲われて苦しむことになったのだ。
息ができなくなり、四肢が千切れるかと思うほどの痛みが全身を駆け巡っていた。熱いのか寒いのかわからないくらいに体の温度もめちゃくちゃで、すぐに意識が朦朧としてくる。自分の心臓の音が異常なくらいよく聞こえてきて、あぁ、僕は死ぬんだな。とそう思った時。
『あらあら、まあまあ!これはギリギリ危ないところでございましたわ?!あの変態神様がミスったせいで全然違うところで目覚めてしまった時はどうしたものかと思いましたが、どうやら間に合ったごよう……なんてことでございますのぉ?!今にも死にそうではありませんこと!?
……えぇい!あたくしはお約束は絶対に守るメスですのよ!さぁ、どんとお任せくださいませ!!』
その時、どこからともなくそんな声が聞こえてきて……僕の口に“何か”が『ぶちゅう!!ズズズズズゥ〜!!』と勢い良く吸い付いてきたのである。
「……?!」
『も、もうふほひでふわぁ!いひまふわよぉっ!!ズズズズズゥ〜っ!!』
きゅっぽん!
「ぶはっ!な、なにす────あれ?」
その“何か”が僕の口からやっと離れたと思ったら、さっきまであんなに僕を苦しめていた痛みが全てなくなっていたのである。
『ゲェップ!苦しい……た、食べ過ぎましたわ〜!本当なら神様から預かったアイテムで吸収して押さえ込めるはずの魔力がこんな暴発寸前なんて聞いてませんですのよ!?緊急事態とはいえ直接吸い取るはめになるなんて何たる誤算でございましょうか……ですが、なんとかお約束を果たしましたのよ!後はこのアイテムを渡してこっそり消えてしまえば神様とのお約束のひとつは無事に果たしたもどうぜ……あ』