すると、それまで何もなかったはずの場所にその“何か”が姿を現した。それは……真っ赤な鱗を持った小さな生物で、僕はその姿に驚きを隠せず目を丸くして思わず呟いてしまったのだ。
「……赤いドラゴン……まさか精霊なの?初めて見た」
『……んまぁ!?確か人間には姿は見えないように設定してもらっていたはずですのになぜ……え、────なぜかあたくしがこの方の守護精霊になってしまっていますわぁ?!あたくしそこまではお約束してませんわよぉ?!』
それからが大変だった。
彼女……レッドドラゴンは『実はあたくし、別の世界から愛しい方を追いかけて転生して来ましたの!』と、開口一番にとんでもない事を言い出したのである。
そして僕に小さな赤い宝石を差し出したのだ。
『あたくしは神様に頼まれたのですわ。あなた様は近い将来その身に秘めた力を暴走させてご自分の命を脅かす事になるのですが、どうやらそれがこの世界の未来に多大なるダメージを与えるのだとか。なんでしたかしら……えーと、そうですわ!らすぼす?とか言うのでしたわ!あなた様がしーくれっとでなんとかなアレでして、なんやかんやあってそのらすぼす?とやらになると、神様の大切な方のばっどえんでぃんぐ?がなんとかかんとか……とにかく!あたくしはそれを防ぐ為にあなた様を探していたのですわ!』
「えーと……意味がよくわからないんだけど……」
ハッキリ言ってレッドドラゴンの言っている事は支離滅裂だ。だが実際に体は楽になっているしこのレッドドラゴンに命を助けられたのは確かなようだった。
『意味など考えてもムダですのよ!今が全てですもの!それと申し訳ないのですけれど、どうやらあたくしあなた様の守護精霊になってしまったみたいですの。たぶんあなた様の暴発しかけた力を強引に吸収してしまったせいですわね。魔力の相性が良かったせいもあるとは思いますわ。まぁそれはそれとして、本来ならばあなた様には
「契約って?」
『お見受けいたしましたところ、あなた様の力は神様の想定よりもだいぶ大きいようですわ。神様から預かってきたそのアイテムだけでは少々心もとないと思いますのよ。ですから、あたくしの目的に協力して下さるならあたくしがたまにあなた様の力を吸収して差し上げますわ。あ、さすがに毎回は無理ですわよ?吸い取り過ぎもよろしくありませんもの。普段はゆっくりとそのアイテムに力を吸わせてあなた様の体を魔力に慣れさせなくてはいけませんから。でないと……』
そこまで聞いて思わず自分の口を両手で押さえてしまったが、それを見てレッドドラゴンが笑った。
『まぁ、もしかしてさっきのことをお気になさっておりますの?でしたらご安心くださいませ!さっきのはあくまでも緊急事態だったからでございますわ。それにあれはマウストゥマウスというもので、言うなれば人工呼吸……お互いにふぁーすときっすではございませんことよ!』
キス…と言うよりは吸い付かれた感が強かったのでそこは気にしていなかったが、レッドドラゴンには重要な事のようで『あたくし、愛のこもったふぁーすときっすは大切な“あの方”とすると決めておりますのよ』ともじもじと地面にのの字を書き出したのだ。よくわからず聞き返すと『乙女心がわからないと、将来苦労しますわよ?』と呆れられたのは今ではいい思い出だ。
それからレッドドラゴンは鏡で自分の姿を見て大興奮し、この姿を周りに見せるのはもったいないからと赤いまだら模様のあるヘビの姿へと擬態した。なんでもレッドドラゴンが探しているという大切な人?と瓜二つの姿になっているんだとか。そして契約をして僕に何をさせたいのか聞けば長い肢体をくねくねと動かし僕の腕に巻き付いてきた。
『ブルードラゴン様は今はまだ封印されているはずですの。あの方がお目覚めになるまでにとある方を探し出して欲しいのですわ……。あたくしは、あなた様と同じ“加護無し”と呼ばれる人間のメスを探しておりますのよ』
そうして僕は、悪役令嬢と呼ばれる女の子の存在を知ったのだった。
それから僕は変わった。
レッドドラゴンの望みを叶える為にも、僕はこの世間から隔離された生活から抜け出せなければならないからだ。
まず、周りの人間にあまりよく思われていないこの髪色を染めて父親の前に出向くことにした。守護精霊が出来たと伝えれば僕への態度はだいぶ軟化し完全なる隔離生活がやっと終わりを告げたのである。
母にも守護精霊の事を伝えると、喜んでくれたものの複雑な顔をしていたが。そして母は「外へ行きたい」と口にすることが増えていったのだ。
そして僕はとうとう
しかし母から僕の本当の姿は異母弟にも知られてはいけないと言われていたので、顔を隠すために僕の顔が認識しにくくなるような魔法をかけておく。これはレッドドラゴンのおかげで使えるようになった魔法だった。ある意味で僕は“特殊体質”になったのだ。
異母弟とはほんの数回しか会わなかったが、やたらライバル視されていたようだった。確か以前に何か余計な事を言ってしまったせいで嫌われていたのであまり深く関わることはなかったが、ちょうどその頃に異母弟がどこかの令嬢と婚約したと聞いた。そのおかげで周りの人間の僕への興味が薄れていったので僕はそのまま頭は優秀だが体が弱くて将来性がない兄としてフィードアウトすることに成功したのである。
これで休養を理由に母も一緒に“この家”を出ていける。異母弟の事が気にならないといえば嘘になるが、なによりもこの窮屈な場所から早く抜け出したかったのだ。
そのまま異母弟とは和解することはなかった。少し残念な気もするが僕らの事情を考えれば仕方が無いとも思う。周りの人間が僕と異母弟をやたら比べたがるせいもありさらに兄弟仲は拗れていった気がした。それ以来、異母弟から面会や交流を申し込まれる事は一度もなかったし僕から会いに行くこともなかった。
僕からしたら、父親に似た髪色を持つなんでも自由な異母弟の方がずっと羨ましかったのに。
でも、僕もやっと自由を手に入れたのだ。
それからすぐに僕がそのまま体を壊して寝たきりになったと噂を流した。活動的だとバレたらまた異母弟が気にするかもしれないし命を狙われる可能性もある。暗殺者を返り討ちにするなど“今の僕”には簡単な事だが、“僕”はあくまでも病弱で役に立たない人間でなくてはならないからだ。
そして今の立場と名前も捨てることにした。もちろん母も了承済みだ。レッドドラゴンはなぜか母と意気投合しており、母も僕の背中を押してくれたのである。
母から
それから母の知り合いと連絡を取った。それがエヴァンス伯爵家だったのだ。
その昔、母が若かりし頃にエヴァンス夫妻の子供の危機を救った事があったらしい。その恩を返したいと僕に本当の息子のように伯爵家の名前を与えてくれたのである。