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第77話 隠さなくてはいけない秘密③


こうして僕は“アルバート・エヴァンス”として新たな人生を手に入れたのだった。



 髪色も元に戻し、瞳を隠すように前髪を伸ばした。黒い髪は嫌われる傾向にあるようだが、人避けにはちょうどいい。それに、母親から聞いた黒髪のを知っている人間はほぼいないようなのでもう気にしない事にした。なにより髪を染めるのは手間なのだ。



 だが、逆にこの瞳の色には母から受け継いだ特別な力があるのだとわかってしまい決して瞳がバレないよう魔法をかけることにした。レッドドラゴンと守護精霊の契約をしたからなのか、元々の力だったのか……僕はとても強くなっていった。



『さぁ、アルバート。そろそろあたくしに名前をつけてくださいませ』



「じゃあ……“ニョロ”。ヘビの姿をしたレッドドラゴンはくねくねしていて滑らかな動きをするからね」



『どうせならもっとゴージャスな名前が良かったんですけれど……まぁ、可愛いらしいから許して差し上げますわ』





それから僕とレッドドラゴン……ニョロは伯爵家の人間として共に過ごしていた。そしてニョロが神様から教えられた事を調べて、学園では裏で動きヒロインだと言う女の動向を探っていたのだ。



 成長してからも発作は度々起こっていた。それは“母親からの遺伝”が強くなっていた証拠でもある。いつもならニョロが神様から預かってきた例のアイテムの力で抑えてられているのだが、なぜかそのアイテムである宝石を僕は紛失してしまっていたのだ。



 しかもニョロがその宝石を探すために僕の側を離れていた最悪のタイミングで、急な発作が僕を襲ったのである。



 ニョロ曰く、この力が全部消えても暴走しても僕はバッドエンドとやらになってしまうらしい。



 あの時のニョロの言葉が脳裏をよぎる。結局詳しくはわからなかったが、『普段はゆっくりとそのアイテムに力を吸わせてあなた様の体を魔力に慣れさせなくてはいけませんから。でないと……空っぽになっても満杯になってもあなた様の体はドカン!でございますわ』だなんて……。果たして『ドカン!』となった僕はどうなってしまうのか。仕方が無いとはいえ、厄介な体質に生まれてしまったものである。もちろんたまにはニョロが吸い取ってくれているのだが、吸い取り過ぎて守護精霊との力のバランスが崩れるのもよろしくないらしい。それに、本当なら僕は“加護無し”のはずだから守護精霊がいる今の状態がおかしいのだ。ニョロと出会えなければ僕はとっくにその『ドカン!』とやらの運命だっただろう。



 あとは『食べ過ぎてしまいますと、あたくしが太ってしまいそうですもの!』だそうだ。まぁ、それが本気か冗談かはわからないのだが。



 あぁ、痛みを紛らわせるためとはいえ思考が逸れてしまった。最近は少し慣れてきて多少の痛みなら我慢出来ていたのだが、それも宝石があったからである。宝石も手元に無く、ニョロもいない現状でこの強い発作はさすがにキツかった。


 僕は普段から人気の無い湖の近くの森林の中に身を潜めた。


 息が荒くなり冷や汗が止まらない。熱っぽくなる体には叫びそうになるギリギリの痛みが走っていた。なによりも、瞳が熱くてたまらない。



 母より受け継いだ決して人に見られてはいけない僕の瞳が熱を帯びて、あまりの熱さに前髪をかきあげた時。




「────────っ」




 アクアブルーの瞳と目が合ってしまった。



 瞳を見られた。この苦しむ姿を見られた。そう思った時にはその怯えた瞳は僕から視線を外し森林の外へと走り出していたのだ。揺れる蜂蜜色の髪が僕を拒絶しているようにも思えた。


「……フィレンツェア・ブリュード、まさか彼女に見られるなんて……」



 彼女の事はよく知っている。ニョロが言うには彼女の中に神様の大切な人の魂が転生しているはずなんだとか。そして、ニョロの大切な人も。だがまだ目覚める兆候はない。まだ僕の事を知られるわけにはいかなかったのに。



 もしも今、フィレンツェアが僕の事を他の人間に話したりしたら大変なことになる。ニョロを待っている場合ではないと、僕は悲鳴を上げる体を引きずりながらフィレンツェアを追いかけた。






「この“加護無しの悪役令嬢”め!」






 そんな叫び声が聞こえ足を止める。



 そして僕の瞳に……だと言われる鮮やかな赤黒い血の色をした瞳にうつったのは、湖に沈んでいくフィレンツェアの姿だったのだ。



 その後、無くしたはずの宝石は湖の中から見つかった。この湖には不思議な結界が張ってあったらしくそのせいでニョロにも感じ取れなかったらしいのだ。



 そして不思議な事にそれからなぜか発作が起こらなくなっていった。



 その後は知っての通りだ。




 フィレンツェアは僕の事など知らないし、もちろん僕の瞳の事も知らなかった。だがもしもの事を考えて彼女に近付き、ニョロの願いも叶えることにした。……僕の顔にべっとりと付いたトカゲくんの唾液を嬉々として採取していたニョロの気持ちはあまり共感は出来なかったが。


 わざと力の片鱗を見せてもフィレンツェアは僕の事を思い出さない。まるで別人のようになってしまった彼女こそが僕を救ってくれた神様の望んだフィレンツェアなのだとわかってはいるが、妙なモヤモヤした気持ちがずっと晴れないでいた。だからつい、ブルードラゴンにも嫌味な態度をとってしまったこともあった。でもそれは、“フィレンツェア”を守る為には必要なことでもあった。


 でも……神様はここまで予想していたのだろうか?



 聖女の記憶が蘇り、消えてしまったはずの“フィレンツェア”が再び目を覚ますなんて────。







「……やっと会えた」



 ただそれが、なによりも嬉しかった。







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