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第129話  精霊の気持ち③


「話があるのだけど……」



 そう言って顔を出したのはブリュード公爵夫人だった。そして、俺様にも話があるのだと言っきた。


「フィレンツェアちゃん、本当に学園に戻るつもりなのね?やりたいことがあるって言っていたけれど、学園にはもう安全なところなんてきっとないわ。“加護無し”狩りは必ずフィレンツェアちゃんを狙ってくるわよ」


「それはわかってます、お母様。でも、どうしても学園に行って確認したいことがあるんです……!お願い!」


 フィレンツェアお嬢ちゃんが必死に頭を下げているのを見て、公爵夫人は半ば諦めたようにため息をついた。


「……わかったわ。でも、それなら条件があります。これだけは絶対に譲れませんからね!」


「条件って?」


 首を傾げるフィレンツェアお嬢ちゃんに、公爵夫人は自分の隣……の床を指差した。それを視線で追うとそこにはちょこんとした丸っこい物体。いや、小さなたぬきがプルプルと震えていたのだ。


「あなたはお父様の守護精霊のたぬき……」


「この子が、フィレンツェアちゃんに提案があるそうよ」


 そうして、そのたぬきことポンコが提案したのがこの入れ替わり作戦なのである。


 ブリュード公爵がフィレンツェアお嬢ちゃんの姿になって学園に行き、フィレンツェアお嬢ちゃんは侍女のフリをしてついて行くこと。これが公爵夫人の出した条件だった。これから周りの注目や攻撃は全てブリュード公爵に向けられるはずだ。その間にそのやりたいこととやらをすればいいと。そして俺様にはその間、フィレンツェアお嬢ちゃんを守ってほしいと言われた。


 その場にはいつの間にかフィレンツェアお嬢ちゃんの侍女であるエメリーがいて、気が付かなかったがブリュード公爵も端っこの方にいたのだが……この公爵は、いかつそうな見た目をしているのになぜこんなに存在感が薄いのだろうか。そしてポンコと同じくプルプルと震えている。どうやら守護精霊の影響が強いタイプのようだが、心配だ。


「ただ、“加護無し”狩りが強気に出てきたら厄介ね。あちらには公爵家の威光なんて効果はないわ」


『それなら俺様がそいつらをボッコボコにしてやってもいいぜ。俺様はフィレンツェアお嬢ちゃんの護衛だしな』


「そうねぇ、それでもいいんだけど……。どうせなら、わざと捕まってあいつらの本拠地である教会に潜入できないかしら?」


 公爵夫人の目がギラリと輝く。確かにその方が手っ取り早そうだとその場にいる全員が頷いた。


「……確かに、教会の内部を調べるんなら“加護無し”の方が警戒されないし名案ですお母様!アオの捕まっているところを調べるにはそれが一番早いわ!少しくらい危険でも平気ですから、それは私が────」



『……ワタシも、アオ様を助けたい………。ブリュード公爵家がダイスキだから、役に、立ちたい……!』


 なにやら閃いた顔をしたフィレンツェアお嬢ちゃんの声を、小さなたぬきの震えてはいるが力強い声がかき消した。どうやら俺様は、臆病な上に人見知りな守護精霊が初めて奮い立った瞬間に立ち会ったようだ。


「よぉし、じゃあそれで決まりね!十中八九やつらは絡んでくるでしょうから、適当に合わせて乗り込みましょう!それに、それとなく“加護無し”を集めて何をするつもりなのか聞き出して欲しいわ。まぁ、本当のことは言わないでしょうけど……それを出来るだけたくさんの人間に目撃させたいのよ。そうすればこの国の馬鹿な貴族たちにも少しは危機感ってものがわかるんじゃないかしら?

 ……旦那様、ポンコちゃん、頑張ってね!」


『なぁ、それなら俺様に公爵とポンコの護衛をさせてくれ。なぁに、ちょいと喧嘩をふっかけてやりゃあいいんだろ?それに俺様がフィレンツェアお嬢ちゃんの守護精霊になりたがっているのに本人がそれを拒んでいるって状況を作りゃあ、すぐに食いついてくるんじゃねぇか?よぉし、そんときは俺様を思いっきり振ってくれよ!』


 そこから俺様と公爵夫人は作戦を考えた。それにこれなら、アオを助ける手助けが出来るし教会の人間の目を本物のフィレンツェアお嬢ちゃんから背ける事も出来るのだ。


『それでいいよな?フィレンツェアお嬢ちゃん!』


「さっき何か言いかけていたみたいだけど(まさか自分が乗り込むなんて言わないわよね?)……それでいいわよね?フィレンツェアちゃん」


 公爵夫人がにっこりと笑ってフィレンツェアお嬢ちゃんにそう言うと、フィレンツェアお嬢ちゃんは「モ、モチロンデス」と目を逸らしていた。


 そして翌朝、フィレンツェアお嬢ちゃんには内緒でルル嬢ちゃんとセイレーンを呼んでいた。フィレンツェアお嬢ちゃんが学園に行けるかどうかがあの時点ではわからなかったからだ。


 実はセイレーンの魔法について少し聞きたいことがあったのだが、呼んでもいない来訪者のせいで聞けず仕舞いだ。まぁ、アルバートのことは驚いたがよ。ルル嬢ちゃんは何も言わなくてもあの場の状況を察して合わせてくれた。この嬢ちゃん、やはり思っていたよりずっと頭がキレるようだ。なぜあんな馬鹿なフリをしていたのか謎でしかない。


 そして、結果としてアルバートを巻き込むことになりあの茶番劇がおこなわれたのだが……。フィレンツェアお嬢ちゃんの方も、今頃は元の姿に戻っているだろう。やりたいこととやらを無事に成し遂げれているといいのだが……。


『……お、やっとお目覚めか。大丈夫か、ポンコ』


 ぱちっと目を覚ましたポンコはコクリと頷くと、気合いを入れているのが自分の頬を自分でぺちぺちと叩いている。


『……がんばる』


 そして、『ふにゅっ!』と力を入れると……またもやブリュード公爵の体がぐにゃり曲がり、瞬く間にその姿はフィレンツェアお嬢ちゃんの姿になった。


『……だいぶ離れちゃったから、おじょーちゃまの方は変身出来ない。ひとりだけなら長い時間もへーき』


『そうか、頼もしいな』


 そして、それからわずかな時間で馬車は動きを止めた。アレスター国に到着するには早過ぎるが馬車の周りを人間が囲っているのがわかった。


「……ようこそ、ブリュード公爵令嬢。いや、精霊に見捨てられた哀れな“加護無し”よ」


 扉が開かれ俺様たちの目の前に現れたのは、教会の衣装を着た……悪魔のような微笑みを顔に張り付けた男だった。



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